5月26日にはDRFCクローバー会のイベントで豊橋鉄道市内線、名鉄西尾・蒲郡線を訪ねるツアーが開催され、現在15名の方から参加申し込みを頂いています。
そのメンバーのおひとりである丹羽さんより、豊橋鉄道市内線の珍しい写真を送っていただきましたので紹介させていただきます。丹羽さんは、湯口さん、沖中さんと同世代の大先輩ですが、昨年の長良川鉄道の乗車会に参加され、今回も参加申し込みをされました。
丹羽さんはよく海外に行かれ、昨年発行したクローバー会会報第6号には英国ブラックプールのトラム、終戦直後の名鉄の思い出を投稿されました。
今回送っていただいた写真は1961年から現在まで幅広い年代のもので、今回はすでに廃車された車両についてご紹介をさせていただきました。尚、写真はプリントしたものを頂き、私の方でスキャンしましたので、画質が落ちてしまいましたがお許しください。
↑ モハ200形(203号)1962.1撮影
旧旭川市街軌道12号で、1949年2月に4両購入した。1965年5月廃車 続きを読む
第107回:快速急行の停車駅名
私鉄特有の種別である「快速急行」は、特別料金不要の上位種別です。「特急」でないこともあり、乗車機会確保のため、各駅に停車する区間もあります。
今回は、私も難波・三宮方面に向かう際、大変お世話になっている快速急行にスポットライトを当てました。皆さんの最寄りの快速急行停車駅は何処でしょうか。

5月の台湾(5月7日)その5

5月の台湾(5月6日)その4

エンジン音ははっきり言ってけたたましく、遠くからでも近づいてきたことが判ります。これに比べるとDD51やDF200の何と静かなことか。
5月の晴れ間に 日常+αを記録する ②
今読んでも面白い老人文章
最近、2009年11月29日の大阪通信員さんの「通信だより」にコメントがあり、通信員さんの女性車両誤乗の話に加えて乙訓の老人さんの京都名物(?)のアイスクリームの天婦羅などの話に飛び、多くの方々からコメントが入っている。乙訓の老人さんは電車に関しても独特の隠語が入っているがとにかく面白い。今さら言うのも失礼かと思うがとにかく文才抜群と思う。
これだけではつまらないので吉田さんの札幌市電の続きを始めさせていただく。ローレル賞を取ったA830の一部が美濃の国に行った話をしたが早速紫の1863さんが美濃時代の写真を入れてくれた。札幌時代のA830の写真が少ないので拙写であるが、駅前の姿を発表する。1969.3.10 北24条行きA833 ▼
総本家さん程うまくないがもう1枚。1969.3.18 北24条行きA838 ▼
「あんな。札幌のA830はやなー。」 京阪、京都市電だけではなく日本全国の電車、ドイツの路面電車にも造詣が深くデジ青にも必ずと言っていいほど説明をいただいた日々が懐かしい。改めてご冥福を祈りたい。
5月の台湾(5月5日)その3

5月の台湾(5月4日)その2

5月の台湾(5月3日)その1
莒光666次を始発潮州から終点台東まで12時間乗り通します。週末の金曜日のみ運行されている座席夜行ですが、貴重な定期運行です。近いうちに動力集中式の電車E1000型(広義には前後に機関車が付いた客車か)運用に変わるとの報もあります。台湾を九州になぞらえると、例えばですが、鹿児島の東、国分か隼人から鹿児島、熊本、博多、大分を経て宮崎に行くような列車です。潮州から台東までは南廻り線の自強号(特急)に乗れば、遅くとも2時間かかりません。国分か隼人から宮崎まで特急きりしまに乗ってもそんなものでしょう。それをわざわざ遠回りする莒光号に乗るのも我ながら物好きと思います。わざわざというか全線乗り通す客は想定しておらず、高雄など南部の都市から台北など北部の都市に夜遅くに到達するのと、夜行列車として台東をめざすのは同じ列車でも異なる使命を併せ持っていると言えましょう。さて莒光号の客車は、リクライニングシートもよく倒れ、快適な乗り心地なのですが、空調を効かせ過ぎで寒すぎます。そんな時に限って車掌がつかまらない。他の人も申し立てないのか、言ってもどうすることもできないのか、着込んで耐えている人が多かったように見えました。かつての客車急行のように長時間停車もありません。莒光666次は、潮州を17時35分に出発、高雄18時18分、台南19時、嘉義19時50分、彰化20時57分、台中21時15分、新竹22時35分、台北23時55分、宜蘭1時47分、花蓮3時5分、玉里4時37分、終着台東には5時48分に着きました。
▲始発、潮州駅で出発を待つ莒光666次 続きを読む
駅名喫茶店(第106回:神戸市営地下鉄の駅名)
神戸市営地下鉄には、西神・山手線(通称名)、北神線、海岸線の3路線があります。
京都市営地下鉄線、大阪メトロ線、神戸市営地下鉄線を完乗しましたので、次は名古屋市営地下鉄でも乗りに行きましょうか。

札幌の路面ディーゼル車 ~路面電車あれこれ噺⑯
今回は。昨2023年5月に亡くなられた吉田耕司さんのネガから、札幌市で走っていた路面ディーゼル車を見ていただきます。吉田さんは、DRFC現役時代には、各地を旅行され多くの鉄道写真を残されました。このたび、ご遺族から米手さん経由でネガをお預かりしデータ化しました。なかでも昭和40年に北海道へ行かれた際に、札幌市交通局の鉄北線を走っていたディーゼル車を撮られていて、その一部は現在発売の「鉄道ピクトリアル」6月号「札幌都市圏の鉄道輸送」にも、ご遺族の了解を得て掲載することができました。日本では唯一の路面ディーゼル車を今回は見ていきます。
▲札幌市の北部を走る鉄北線は、順次延長されて、昭和34年に北二十七条、昭和38年に麻生町、そして昭和39年に新琴似駅前まで延長された。北二十七条以北は、人家もまばらで、コスト節減のため非電化で開業した。すでに昭和33年から路面ディーゼル車の製造・増備が進められており、鉄北線延長後は同線に集中して使用された。
愛知県の気になる乗り物
少し前の話となりますが、青春18きっぷを使って愛知県の気になる乗り物に乗ってきました。
東海交通事業城北線、リニモ、ガイドレールバスの3か所です。このうちガイドレールバスは鉄道の範疇に入るのかと気になったのであえて気になる鉄道ではなく、気になる乗り物とした次第です。
最初に訪れたのは東海交通事業城北線です。名古屋の隣の枇杷島から中央線の勝川に行く全長11.2kmの路線です。名古屋という大都会を走るのに愛知県唯一の非電化路線です。開業は1991年と新しく、当初は瀬戸までの計画路線でしたが、勝川以遠はその後工事は凍結されたままになっています。
↑ 枇杷島駅:名古屋方面と線路はつながっていますが直通列車はありません。地平の駅を出ると東海道線を越えて高架となります。
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大相撲夏場所が始まりました。
駅名喫茶店(第105回:「住吉」)
50年前の広島電鉄市内線 ~路面電車あれこれ噺⑮
広島電鉄市内線では、広島駅と直結する駅前大橋線の新設工事が最終盤を迎えています。デジ青でも、西村さんからの現地レポートがあり、ネットニュースでも進捗状況を確認しています。新しくできる広島駅ビルの2階まで高架で乗り入れ、改札口を出たら、すぐ市内電車に乗れる、本当に楽しみです。その開業まであと一年となりました。
さて、私が初めて広島を訪れたのは、昭和30年代の後半でした。被爆直後にできたコンクリートの固まりのような小さい駅舎を出て、市内線に乗って原爆ドームへ行きました。まだ単車が走っていたことは覚えていて、駅前の闇市のような商店街とともに、失礼ながら、発展から取り残された田舎都市の印象を受けました。その後も呉線の蒸機撮影で何度も広島に下車していますが、路面電車は撮影の対象ではなく、やっと写したのが昭和49(1974)年のことでした。ちょうど50年前のことになります。その後、広島へ来ることになる1900形は、まだ京都市内を縦横に走って活躍していた時代で、広島は、戦前、戦後の自社製造車や、大阪・神戸から来た電車で占められていて、“軽快電車”と呼ばれた新型車両のデビューもまだでした。では50年前、広島市内で見られた電車たちを見て行きます(以下すべて昭和49年9月)。
▲50年前の広島駅前で発車を待つ市内線、右の504号500形は、昭和28年の自社発注車、501~505があった。京都市電800形と酷似の広電800形を継承したスタイルで、こちらも京都市電に通じるところがある。左の766号750形は、もと大阪市電1600形などで、いずれものちに廃車されている。
名鉄岐阜市内線 “長良線” ~路面電車あれこれ噺⑭
準特急さんの「お城と鉄道」特集号に多くの応援コメントが入りました。皆さんの関心の高さを思いましたが、なかでも、西村さんや紫の1863さんから名鉄岐阜市内線のレポートがありました。金華山の岐阜城から市内線を超俯瞰した写真もあって興味深く拝見しました。岐阜市内および近郊へは多くの路面電車が走っていましたが、市内中心部で最初の廃止が、この岐阜市内線の徹明町~長良北町、通称“長良線”でした。廃止は1988(昭和63)年6月で、ことしで36年目になります。私も一度だけ、短時間でしたが撮ったことがありました。 ▲岐阜の繁華街である柳ヶ瀬から、写真の岐阜城のある金華山のふもとを通り、長良川を渡って岐阜市北部を結んでいたのが“長良線”、城下町・岐阜の歴史ある町並が続いていた(昭和50年12月)。公園前
5月の晴れ間に 日常+αを記録する ①
阪堺電車、大阪メトロ、南海を記録する
5月に入って連休期間中、いい天気が続いています。連休の人出とは、関わりを持たないようにしている高齢者ですが、新緑と青空を見ると、ついカメラを持って外へ出たくなります。デジ青投稿最高齢を誇る準特急さんも、散歩がてら近くを徘徊するとコメントに寄せられています。準最高齢の私も、これに刺激を受けて、昨3日(金)は大阪へ出掛けました。大仰なタイトルとなりましたが、要は、準特急さんのように、日常の鉄道をこまめに記録しておくこと、さらに自分なりの撮影スタイルもプラスすることが大事と感じた一日でした。皆さんからも、日常の鉄道、ぜひ投稿お願いします。
▲最初はコレ、阪堺では連休期間中、旧型車モ161を連日運転するとリリースされていた。午前中に、我孫子道~浜寺~天王寺駅前を2往復するもので、あべのハルカス狙いで行ったが、間に合わず、途中の併用軌道区間となったが、クルマにも被られず、赤電カラーの162号を、まず一枚。
2箇所で撮った名鉄モ750形
「お城と鉄道」では思わぬところで岐阜金華山の岐阜城が紫の1863さんや西村雅幸さんから市内線の電車とともに紹介があり、さらに話が谷汲線まで飛んで嬉しい限りである。岐阜市内、揖斐線、谷汲線で活躍したも510形とともに最後まで残っていたモ750形についてもその前に活躍していた瀬戸線のそれも同番号で紹介するが尾張や美濃を75年間も走り去った老優であった。
モ750形は1927(昭和2)年、旧名古屋鉄道デセホ750形として10両製造された。本線昇圧後広見線系統、その後瀬戸線に移り活躍した。そして瀬戸線昇圧で揖斐、谷汲線に転属し2001年9月30日両線の廃止とともに廃車となった。モ755は旧谷汲駅舎とともに保存されている。
1972.9.11 瀬戸線尾張旭₋三郷間 準急瀬戸行きモ755+ク2222 後のガソリンカー改造と思われるクハが気になる。▼
スカイレールが運行終了しました
代行手段の電気バスの準備が遅れたために、スカイレールの廃止日が延期されていましたが4月30日をもって25年余りの運行が終了しました。
なお、ゴンドラが「ヌマジ交通ミュージアム」に寄贈予定とされています。「ヌマジ交通ミュージアム」とは、かつて「広島市交通科学館」と呼ばれていた施設で、アストラムラインの長楽寺駅すぐそばにあります。アストラムラインの車両基地に隣接しています。交通科学館ですので、陸海空すべてが対象で、どちらかというと子供向けの体験型施設です。屋外展示ですが、広電650型654号が保管されています。「ヌマジ」とは何かと思われるでしょうが、命名権料の関係で現在の施設名に変わったのですが、「ヌマジ」とは「沼田自動車学校」の略称で、地元の人にしかわからない 一般受けしないネーミングです。
広電原爆ドーム前電停から少し北に公園内を進むと、「広島市こども文化科学館」横にC59161が保存展示されています。それを見て、紙屋町か県庁前からアストラムラインに乗って長楽寺に向い、ヌマジの654号を見学するのもいいかもしれません。
2024年春 桜前線追っかけ旅 長良川鉄道
今年も桜前線追っかけ旅をしたいと計画を練り出しましたが今年は桜の開花時期が遅くなって各地の満開時期が読み切れません。また、いつもは車に乗って出かけていましたが高齢を意識するようになって長距離を運転する自信がなくなってきました。
1カ所に絞ろうと昨年雨に降られて悔しい思いをした長良川鉄道北濃へのリベンジを果たしたいと決めました。問題は桜の開花状況です。いつものように近くの事務所や飲食店を探して実際の様子を聞いてみることにしました。
電話を入れたのは撮影予定地の向かいで昨年昼食を食べた道の駅「清流長良川 あゆパーク」です。返ってきたのは「今年は桜が咲くのが遅く心配していましたら昨日に突然咲き出して今日はあっという間に満開になりました。来られるなら直ぐが良いですよ。」との事で、びっくりしました。直ぐに出かける用意をしました。
▲ 昨年4月6日に訪問撮影しました。ただ残念ながら霧雨模様の天候で望んでいた光景にはならず、春の日差しの中で撮りたいとリベンジを誓いました。今年は天気も良さそうですので予約はしていませんが粘るつもりで宿泊の用意もして楽しみに出かけました。
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