こんな通りを走っていた(2) 本町通を走った16号系統
“こんな道を走っていた”市バス続けます。「16」のバスが昭和の時代には走っていました。よく知られているのは、「上賀茂神社前-稲荷・藤ノ森神社」の方向幕の時代です。京都の市街地を北から南まで縦断し、とてつも長い距離を走っていた系統でした。しかも狭隘区間があって、遅くまで中扉のみのツーマン車で残り、車掌を乗せて繁華街の四条通を行く姿は、市民からも怪訝な顔で見られていたものでした。
▲正月の祇園石段下、右折する16号系統の稲荷・藤ノ森神社行き、ほとんどがワンマン化されていた時代、初詣客のなかへ、いきなり現れた古いツーマン車。16号系統は、上賀茂神社前から、千本通、四条通、東山通を通り、稲荷・藤ノ森神社方面に向かって行った。昭和45年8月に一部径路を46号系統と統合し、終端部の藤ノ森付近がさらに複雑な径路になった。師団街道を南下して、聖母女学院、京都教育大学の東側を半周して、藤ノ森神社前へ出て、帰りは本町通を北上して行き、ちょうど「8」の字に一方循環していった(昭和49年1月)。





















