やっぱり蒸機が好き! 《区名板》で巡る九州の蒸機 ㉕

大分運転所(2) C58

大分にはC58が5両配置されていました。働き場所は、豊肥本線の大分~豊後竹田の旅客牽引と、大分~宮地の貨物牽引でした。豊肥本線は早くから旅客はDC化されていましたが、朝夕のラッシユ時には、大分口、熊本口にそれぞれ蒸機牽引の客車列車が残っていて、大分区のC58は、大分~豊後竹田で、平日3往復を担当していました。

大分C58で写した唯一の駅間の走り、朝の列車を撮るため、豊肥本線の列車に乗ったが、どこで降りたらいいか分からない。奥まで行ってしまうと、交換してしまうため、なんのアテもなく、緒方で下車、適当な山に登ると、C58 350に牽かれた貨物が通過した。緒方~朝地 昭和46年12月

C58

C58なんて、どこにでもいると思われがちだが、昭和42年の大分に限っては違った。5ヵ月前の昭和41年10月の大分国体の際に、お召列車を牽いたのだった。しかも、運転区間が多岐にわたり、大分区にいた5両すべてが、お召の装備を受けることになった(使用4両、予備1両)。訪問した時は、まだその面影を十分に残していた(以下、特記以外昭和42年3月)。

昭和25年に豊後森区から移ってきたC58 105 昭和41年10月25日、別府→大分→三重町→大分でお召をC58350とともに牽いた。三重町には転車台がないため、背中合わせの重連で運転されたようだ。さらにその3日後、C58105のみ、お召を牽いて、赤水~熊本を運転している。ふだんは9600しか入線しない豊肥本線西部でC58お召が運転されたことは特筆される。

 

C58 112  昭和25年に大分に来た。斜めになったK-9デフを付けている。昭和33、35年に他区へ貸し出され、お召牽引の実績があるが、この大分国体の時は唯1両の予備機となったが、金モールも残って面影が伝わる。そのあと、志布志区へ移り、現在は志布志市内に保存展示中。K-7デフを付けたC58 115 お召は大分→由布院→日田→由布院を、C58277とともに担当した。久大本線をC58お召が走った、たいへん珍しい例となった。 昭和43年になるとお召実績のないC58が転属していた。高松区から来たC58 124で、他よりも高いデフ、シールドビームを付けた異色機(昭和43年3月)。 C58 277  K-7デフを装備、C58115とともに久大本線でお召を牽いた。その後、志布志区に移り、現在は小林市内に保存展示されている。 C58 350 こちらもK-7デフを取り付けている。このように昭和41年のお召は、予備も含めてすべて小倉工場製の切取り式デフ機で運転された。

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