江若鉄道の思い出 -高島展- 開催中 

今春、大津市歴史博物館で開催された「江若鉄道の思い出」展は好評のうちに幕を閉じましたが、このたび、江若鉄道のもう一つの地元である高島市に会場を移し、「江若鉄道の思い出-高島展-」が、高島市安曇川町の「藤樹の里文化芸術会館」で開かれています。会期はわずか8日間のみ、忘れないよう、ぜひ足を運んでください。

江若鉄道の思い出ー高島展ー
   会期 9月5日(土)~13日(日) 9~17時 7日(月)は休館
   会場 藤樹の里文化芸術会館(JR湖西線安曇川駅下車、東へ徒歩15分)

今回の展示は、大津市歴史博物館の展示の中から、高島市内の写真を中心に再構成し、さらに新しい写真も追加しています。もちろん西村さんの高島町、白鬚のジオラマも再展示、クローバー会有志は、開催初日の9月5日(土)、見学に向かいました。
sP1090894 sP1090871午前10時前、JR湖西線安曇川駅に集まった7人は、クルマに分乗して会場へ。想像していたより広くて明るい会場、充実した展示に目を見張った。天井も高く、ゆったりした気分で見学することができた。当時、鉄道と言えば江若しかなかった高島市のこと、江若への思いは、さらに強いものがあるだろう。三々五々、来場された方々は、食い入るように写真の一点一点を観覧されていた。さて、新しく展示されたなかで、注目は本会会員の大阪通信員さんの撮影になる「近江今津の風景」だ。全点カラー撮影である点が特徴で、車両の塗色や、駅前に並ぶバスやクルマまでもがカラーでよみがえり、終着駅の雰囲気を伝えている。当時から財を成し贅を尽くされた大阪通信員さんらしい写真展となった。

sP1090930 sP1090907見学のあと、高島市内の鉄道巡りに移った。「今津までの各停運用に113系原色が入っている」との会員情報を得て、湖西線の撮影地へ向かった。場所は、江若鉄道時代から馴染みの乙女ケ池を望む高台へ。編成すべてが原色の113系は、このC10編成と、あと岡山に一編成だけと言う貴重品だ。ほとんどが抹茶色になった京都周辺では、心やすらぐカラーであり、参加者一同、深い感動とともにシャッターを押し続けた。
sP1090971 sP1090967琵琶湖を望むレストランで、ゆっくり昼食・会談のあとは、江若鉄道唯一の遺構と言える近江今津駅舎へ向かった。数年前から解体の噂があったものの、今も当時の面影をとどめている。ただ、仔細に眺めると、線路側の小屋根が造り直されて瓦が葺きかえられたりして、手直しされていることも分かった。さらに、支柱の古レールを観察すると、製造年の刻印があり、明治期の鉄道省時代のものと判明した。その当時は、鉄道と縁の無かった今津に、どのような経緯でレールが運ばれてきたのか、メンバーで謎解きする時間も楽しいものだ。 sP1090988 sP1090977sP1090997最後は浜大津ジオラマの新たな展示場となった、びわ湖大津館へ向かった。びわ湖大津館? 聞いたこともない名だったが、タネを明かせば、桃山様式の和風の外観を持つ旧琵琶湖ホテル本館のことで、同ホテルが浜大津へ移転後、大津市が多目的文化施設として新たに開館したもの。ジオラマは歴博から移されて、3階ロビーに展示された。絞り気味のライティングが、ジオラマに陰影をつくり、より立体的に見ることができる。ここでも、メンバーの旺盛な知識欲はとどまるところを知らず、琵琶湖ホテルに宿泊した有名人の生死を当てるクイズまで、談論風発の和やかななかにも有意義な見学となった。ツアーはここで解散となったが、すっかり秋の兆しのなか、「39度を記録した8月の京津線、おとぎ電車の廃線跡歩きに比べたら全然問題ない」と張り切った最高年齢70歳を筆頭とした老人3人は、勇躍、駅を目指して歩き始めたのだった。

 

2 thoughts on “ 江若鉄道の思い出 -高島展- 開催中 

  1.  総本家青信号特派員さまより過分のお褒めのご紹介をいただいた「近江今津駅の風景」ですが、廃線迫る1969年に日本の色!サクラカラーポジフィルムで撮影したものです。撮影した月日や誰と近江今津駅へ行ったのかなどは感熱紙の印字のごとく薄れてしまっています。妻に掲示板の記事を見せると、「1996年ゆうたら1月に結婚して12月に出産したんやから、お腹が大きくてしんどかったときに、あんたは鉄道写真撮りにウロウロしてたんや」と一喝されました。
     ずっと愛用していたサクラカラーポジは今でも退色がなくすぐれたフィルムでした。しかし商業的にはフジカラーに大きく水をあけられ消えていきました。高価なカラーフィルムなので、狙ってシャッターを押す習慣はデジカメになっても連写ができません。
     1969年というとすでに二等級制になっていた一等車がグリーン車と名称が五月に変わった年です。当時、優等客車を示すため窓下に淡緑6号の帯を塗装していたのがグリーンの由来です。淡緑6号の前は何色の帯だったか覚えてますか、年金をいただいておられる方なら、同じ色の年金手帳を昔お持ちだったことがあるでしょう。

    • 大阪通信員さま
      コメント、ありがとうございました。見学当日は、とんだニアミスだったようで、失礼しました。江若をカラーで撮影された際、通信員さまが、どのような経緯で近江今津へ行かれたのか、もう一度、預かっていますさくらカラーを見返しましたが、その前後には、白鬚付近が写っていました。たぶん、メンバーとともに、一日、江若沿線へドライブされた際に写されたのではと想像しています。
      さて、さくらカラー、私も使っていました。フジのカラーが、ほとんど色が抜け落ちて、カビだらけなのに、さくらカラーは、多少の褪色はあるものの、カビもほとんどなく、ちゃんと見られる状態で残っています。当時、さくらカラーは二流の評価で、フジに比べて、値は安いが、品質は良くないと言われていました。ところが、50年経って、まるで反対の結果になっています。製品の評価と言うのは、アテにならないものと痛感しています。

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