久しぶりの関三平先生からの作品です。
新規投稿の際のお願い 「記事の続きを読む」の挿入方法
デジタル青信号は、平成12年12月に開設以来、はや13年を迎えました。大概のHPは、これほどの年齢になると、投稿が少なくなり細々と運営を続けるか、消滅の道をたどるケースが多いのですが、クローバー会の皆様方の積極的な投稿は続き、益々の維持発展を続けることができております。ありがとうございます。
多岐に渡る記事は、会員以外の方もご覧いただいておられるようで、閲覧回数は、一日平均は約1,000件を数え、大変ご好評をいただいております。
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投稿が増えるとともに新たな問題も発生してきております。長い投稿記事です。原稿の長さにつきましては、投稿者の意思にお任せいたしております。しかしながら、過去に投稿された記事をスクロールして探す方には、どうしても長文記事は障害となっております。
つきましては、長文記事には、必ず「記事の続きを読む」の挿入をお願いします。

作業は、大変簡単です。投稿記事中で、ご投稿者の希望される箇所で、ツールバーから下記のマークを選んでクリックしていただくだけです。これで、一見しますと以降の投稿記事が隠されます。記事を隠す位置については、ご投稿者の意思を尊重します。※ ご投稿者のかなりのバラつきが出ましたので、致し方なく文頭から文頭を含んでの1(
2~3)スクロール(PageDown)以内、写真は1点程度に制限しております。ご了解ください。
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ご投稿者の皆様方には、少し手間を取らせますが、閲覧される方、記事を探す方のご要望をお含みいただき、ご協力いただけますようお願い申し上げます。
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よろしくお願い申し上げます。
微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part9 ウドンターニの一日
第8日目 12月9日 ウドンターニの町
▲ 朝の散歩で見かけた街路樹に水を撒くおばちゃま。日焼けしないように麦わら帽子にスカーフを巻いて厳重な対策です。回教徒なのでしょうかね。にっこり笑顔にたくましさを感じました。
▲ 今日はたくさんの笑顔を撮りましたが、その中でも一押しのナチュラル美人のお嬢さん。素朴で清楚な微笑みは、うっとりとさせられました。
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微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part8 国際列車で国境を超えてラオスへ
第7日目 12月8日
① ファランボーン前日20:00(国鉄69)→11:22ノンカイ11:50(国境列車)→11:59タナレーン
② タナレーン駅12:25→12:55ヴィエンチャンバスターミナル(BT)→市内観光→BT
③ ヴィエンチャンBT14:55(Bus)→17:18ウドンターニ
▲ さっそうとラオスの国道をスクーターで走るお嬢さん。信号待ちで我々の車の横に並ばれた時にお願いしますと、にっこりと笑って後ろを走ってくださいました。日焼けもない白い顔に、上品な笑顔がとてもすてきなお嬢さんでした。

18時前にはファランボーン駅に到着。預けておいた荷物を受け取り、駅内の食堂で小腹を満たしました。
待合室は、夜行列車の乗車を待つ客でいっぱいです。お坊さんの姿も多く見かけました。 続きを読む
微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part7 メークロン線
第6日目 12月7日
① ラーチャップラロップ(ARL)→パヤタイ(BTS)→サイアム(BTS)→シーロム/サラデーン(MRT)→ファランボーン
② ファランボーン(MRT)→シーロム/サラデーン(BTR)→ウォンウェイヤイ(徒歩)→国鉄のウォンウェンヤイ駅
② 国鉄のウォンウェンヤイ8:35(4305)→9:28マハーチャイ(フェリー・徒歩)→バーンレーム
③ バーンレーム10:10(国鉄4383)→11:10メークロン(バス)→マハーチャイ
④ マハーチャイ15:25(国鉄4306)→16:19ウォンウェンヤイ(BTS)ーロム/サラデーン(MRT)→ファランボーン
⑤ ファランボーン20:00(国鉄69)→翌日8:25ノンカイ
▲ マハチャイの駅市場で買い物をすませたおばちゃま。天秤棒にさげた籠の中にはバケツやいす、鍋やしゃもじ等々の生活用品が入っていました。熱帯の地でたくましく生きる女性の姿をここでも見ました。「頑張ってや」と、声をかけたくなりました。
今日は、みんなで揃って列車を乗り継いで、メークロンへと参ります。朝6時半にはホテルを出発してARL→BTS→BTS→MRTと乗り継いで、まずは夜行列車の出るファランボーン駅の荷物預かり所にスーツケースやらを預けます。
すぐにMRT→BTSと乗り継いでウォンウェンヤイへ、徒歩約15分で国鉄ウォンウェンヤイへとまいります。先乗りでロケハンもできていましたので、皆さんをスムーズにご誘導できました。
それでもホテルからは約2時間近くを要し、着きましたのは、列車の発車する15分前の8:20でした。BTSやMRTが開業してバンコク市内の移動が飛躍的に良くなったとはいえ、各交通機関の乗換は距離もあって、スムーズとは言えません。バンコクに来られる皆様方は、十二分な余裕を持っての行動計画を立てられた方が賢明と思います。
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微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part6 ナムトク線、旧泰緬鉄道のアルヒル桟道橋、クウェー鉄橋、C56型
第5日目 12月6日
① バイヨークスカイホテル7:30(専用車)→11:15アルヒル桟道橋
② アルヒル桟道橋13:53→14:25ナムトック駅14:40→15:10アルヒル桟道橋
③ アルヒル桟道橋15:22→16:05クウェー川橋17:50→21:00バンコク市内
▲ 「戦場にかける橋」で有名なクウェー川永久橋の駅名掲示板で気軽にポーズをとってくださったスタイル抜群のお嬢さん。白い綺麗な手が印象的でした。こんな平和な光景が永久に続いて欲しいと思った旧泰緬鉄道の旅でした。
今回のツアーですが、準特急先輩がいつも一緒に行っておられる海外鉄仲間の皆さんの企画に相乗りしました。2011年冬にも中国内新疆ウイグル自治区哈密にある、三道嶺露天掘り炭鉱のSL撮影に同行させていただきました。最近では、2012年9月に久留里線・いすみ鉄道・小湊鉄道の撮影にも同行させていただきました。メンバーは、大学は皆さん別々ですが、高校が同じ開成高校だったり、勤め先が京王電鉄で同じだったりの繋がりのある老練鉄ちゃん仲間の6名の方々です。鉄道知識のみならず人生、社会経験豊富な尊敬すべき大先輩の方々ばかりで、私のような一介の風来坊がいるのは場違いと思われますので、極力ご迷惑がかからぬように心がけました。
▲ 7:19、バンコク一の高層バイヨークスカイホテルの部屋から眼下には、空港を結ぶエアポート・レール・リンク(APL)高架鉄道とその下を在来線が見えます。丁度、DLが牽引する5両編成の客車列車が走ってくるのが見えました。
今日は乗り鉄組2名と、撮り鉄組5名に分かれて、ナムトク線(旧泰緬鉄道)のアルヒル桟道橋を目指します。撮り鉄組には、チャーターされたパンダバスが用意されていました。
▲ 10:57、走ること約3時間半、無人自動踏切を渡りましたので、降りて見ました。踏切警報器、遮断機は腕木式と道路封鎖可動式の両方が設置されていました。
▲ 11:15、アルヒル桟道橋に到着しました。70年前の悲惨な歴史とは反対に綺麗に整備された公園の中に停留所がありました。
▲ 待合室には、ご丁寧に時刻表までかかっていました。1日3往復が走行しています。
▲ アルヒル桟道橋に向かいました。補強のために4線区間をなっている間を少し歩いてみました。
▲ 全長450.06mの木橋です。よくも重機もなく人力だけで造り上げたものだと実際見ますと分かります。
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微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part5 タイの蒸気機関車撮影
第4日目 12月5日
① ファランボーン8:20(DC)→9:39アユタヤ ※実際は約30分遅れ発、約57分延着
② アユタヤ16:37(136)→18:40ファランボーン ※実際は、約45分遅れ発、約58分延着
▲ アユタヤ駅で蒸気機関車を撮っていましたら、隣のホームに着いた列車の窓からの柔らかな視線を感じました。振り返ってシャッターを押した1枚です。微笑みの国民が持つ寛容に満ちた優しさの姿がありました。
▲ 今回はもう1カット。アユタヤへ向かうDCでお向かいに座られたお嬢さん。乗車中に難解なタイ語を教えてくださいました。コォープ・クゥン(ありがとうございました)。穏やかでさわやかな微笑みが、とってもすてきでした。
京都鉄道博物館の詳細入手
京都鉄道博物館の詳細入手
こんなん ありますけど・・・
年の始めは 住吉へ
年が明けてから半月が経過しました。皆さんはどのような正月を送られたのでしょうか。
正月から早くも活動全開という方もおられると思いますが、私の場合は、昨年末に周囲の状況が変わってしまい、活動の停滞を余儀なくされました。しかし、これもまた人生、気を取り直して、自分なりの趣味人生を貫きたいと思ったところです。
遠隔地への旅行など、叶わぬ夢になってしまった現在、手始めに正月に目指したのは、住吉詣ででした。思い出すのは、毎年の恒例行事とされた乙訓老人のことです。めっきり足腰が弱った老人が、住吉詣を止めてから数年が経ちます。その老人の思いを引き継ぐつもりで、今回は、住吉大社から天王寺駅前まで、久しぶりの歩きの撮影を楽しみました。
次から次へ来る電車、どっと乗り込む乗客、正月の住吉は、まさしく路面電車の最後の聖地でした。
▲阪堺線住吉鳥居前は、正月三が日恒例の阪堺電車の大増発。つぎつぎに電車がやって来る。大勢の初詣客にも増して、カメラ人間が放列を敷いていた。
▲現役最古参となったモ161も大車輪の活躍、10両のうち、8両が稼動していた。
▲住吉交差点に立つと、恵美須町、天王寺駅前、浜寺公園、住吉公園の四方向から電車がひっきりなしに顔を出す。警笛とクロッシング音が絶え間なく聞こえてくる。
▲阪堺線では今春に新車、低床車がデビューの予定で、モ161の大増発もこの正月が最後かも知れない。
▲神ノ木で“ギラリ”を狙う。阪堺線は、大きくSカーブを描いて、南海高野線を越す。
▲Wakuhiroさんも、本掲示板で、あべのハルカスと鉄道との組合せについて述べておられた。阪堺線も姫松付近からも遠望できるのは、さすが日本一高いビルだけはある。まだ照明がついていないので夕景も寂しいが、完成後の撮影が楽しみだ。
▲東天下茶屋も、私の好きな北天下茶屋に劣らず、いい雰囲気を持った駅だ。専用軌道上に対向式ホームがある。暮れていく中を発車したモ161形を流してみる。
▲暮れてからも電車の増発は止むことなく、専用軌道上を続々と上下の電車が行く。
▲最後は天王寺駅前、あべのキューズモールの2階から流してみた。一帯はまだ再開発工事の途上だ。天王寺から難波まで、LRT新設の構想もあり、阪堺線はどう変わっていくのだろうか。ちょうど、都電カラーの502が、きらめきの中に映えた。
多摩川朝錬
立川から鳥沢へ撮りに行くのに立川始発の521Mをよく利用します。発車してすぐに多摩川橋梁を渡るのですが、寒い日などは川霧が立ち昇りとても綺麗でした。そこで本日、挑戦してみました。
ビデオ画像から切り出した画像なので車輌は流れています。黎明のこととて、ISO12,800、EV:+2.0と目一杯明るさの補正をしています。
最初は貨物83列車。通常は土日曜日運休なのですが、冬季には土日も運転される様です。

この地点から反対側を望むと多摩モノレールが見られます。太陽も顔を出し逆光気味の方が川霧がよく見えました。

台湾DR2700型
ブギウギさんの「2012年の暮れ台湾へ(上)」[28374]に登場したDR2700型気動車の光華号時代の姿。撮影したのは中華民国57年(1968年)で蒋介石、毛沢東が存命の時代であり、日台間に国交があった時代である。
台湾の看板列車は客車の観光号と気動車の光華号で、ヘッドマークは前者は台湾が、後者は中国大陸が描かれていた。
DR2700型は1966年に登場。東急車両製ステンレスカーで椅子は台湾製、機関はアメリカカミンズ製(世界の鉄道68朝日新聞社)。
↑1968.5.1 台中駅 台北発2001車次高雄行き 途中の停車駅台中、台南
↑ 当時の台湾の時刻表表紙に出ている看板列車光華号
↓ 44年ぶり撮影DR2700 海端付近を行く4682車次玉里発台東行き 2012.5.1
The Doshisha Timesより
今でも気になる江若鉄道(番外編)に寄せて
阪急 251+201
平成25年度の「昭和の電車」の幕開けは、新年にふさわしく阪急251であった。
我々の世代が現役の頃は、嵐山線専用車となっていたので桂駅で見られたり、実際に乗られた方も多いのではなかろうか。私自身小学生の頃、初めてこの電車を見た時、阪急には不思議な電車があるものだと思った。
前歴は焼失したP-5形のデロ25とフロ55の足周りを利用して昭和12年田中車輌で新製された。千里山線で使用されていたが、小型車2両固定編成のため輸送力が追い付かず嵐山線で使用された。昭和40年代になると嵐山線でも乗客の増加により朝のラッシュ時はP-6等の大型車が入り休んでいたように思う。
松尾駅の212+261+211/(39-1-25)
251+201と共に嵐山線専用車として使用されていた。前歴は新京阪から引継いだ電動貨車3000形の電装品、台車を流用して昭和31年ナニワ工機で新製された。当初は千里山線で使用されていたが、小型車3両固定編成のため使い勝手が悪く、38年頃から嵐山線専用となった。51年廃車となり212と211は広島電鉄宮島線で再起した。

桂駅停車中の131+1516/(43-8-15)
上と同じ日の撮影であるが、この日は212+261+211の代わりにP-6の2連が入っていた。

今でも気になる江若鉄道(番外編)

栗原(昭和56年1月18日)/写真の子供達は今では35~40歳になられている筈である。このバスのことを覚えておられるであろうか。
昭和44年11月1日鉄道廃止後、江若鉄道は江若交通に社名を変更してバス専業となったことはご存知の通りである。私と江若との関係はこの時点で一旦途切れたが、数年後再度江若通いが復活した。
49年秋頃だったと思うが、職場の同僚から「鯖街道を車で走っていたらボンネットバスと擦れ違った」という話を聞いた。湖西線開業後、堅田、安曇川、近江今津の各駅には何度か乗り降りしているが、ボンネットバスなど見たことがなく俄かに信じ難かったが、やはり気になるので堅田まで出かけてみた。駅到着直前左手のバスの車庫を見ると確かにボンネットバスが停まっていた。夕方になると次々出庫して、和邇行、町内循環、細川行で発車して行った。
昭和55年1月には、「滋2い1073」「滋2い1074」「滋2い1081」「滋2い1082」の4両が健在で、葛川線、和邇・途中線、栗原線、堅田町内循環線(朝・夕のみ)、浜大津線の本堅田~和邇駅間(和邇・途中線と栗原線の入出庫運用)で使用されていたが、同年2月から中型リヤエンジン車と代替で廃車が始まり、57年2月には全車姿を消した。
現役時代を写真で振り返ってみた。
滋2い1073/ (51-11-21)
41年2月初年度登録 いすゞBXD30、車体は帝国自動車製(メーカーと車体は以下の3両も同じ)、昭和55年2月13日付で廃車になった。
部品取り車として、堅田営業所、後に整備工場の片隅に置かれていたが、福山自動車博物館でレストアされ、福島県の磐梯東都バスで再起した。「森のくまさん号」の愛称で観光シーズンに桧原湖周遊線で使用されている。

滋2い1074 (55-6-1)
41年6月初年度登録で、56年2月12日付で廃車になった。廃車後、堅田の「名鉄マリーナホテル」に売却、この後近江鉄道に売却され、現在も「彦根ご城下巡回バス」に使用されてる。

滋2い1081 (57-2-11)
42年7月初年度登録で最後まで残り、57年2月16日付で廃車になった。最後の1両になった時、予備車として殆ど稼働しないのではないかと思ったが、ほぼ連日、葛川線の堅田~細川間を1往復走行した。会社主催の撮影会、趣味団体のお別れ乗車撮影会も開催され、最終営業日の2月15日には細川で折返しの間合い時間を利用して、葛川小学校の生徒を招待して葛川学校前~坊村間を往復した。廃車後は久多の小学校に寄贈されるという話を聞いたが、その後の消息は不明である。

滋2い1082
42年7月、滋2い1081と同時に登録され、滋2い1074と一緒に56年2月12日付で廃車になった。方向幕はあり得ない行先を表示しているが、このようなコマも持っていた。
廃車後は濃飛乗合自動車に売却され、ボンネット部分を古いものに取換え、扉を前部に移設等の改造を加えられ観光路線で使用されている。

【葛川線】(堅田~途中~細川)
昭和9年11月堅田~還来神社間を開業して、一足早く8年10月に個人営業の路線を譲受けて開業した和邇・途中線と還来神社でドッキングした。途中から先は花折峠前後の道路整備が遅れていたため、35年4月にやっと葛川中村まで開業して、安曇川~葛川中村間の路線と結ばれた。安曇川~葛川中村間は、8年2月安曇駅前~朽木岩瀬間、戦後の24年12月朽木栃生まで、28年2月葛川中村まで開業した。
堅田駅前に停車中細川行、隣のマイクロバスは町内循環線。(55-2-10)

途中で発車待ちの和邇行 /(56-1-25)

花折峠を登る /(56-11-22)

坊村/雪の比良山にアタックする登山客 (54-3-3)
比良リフト、ロープウェイが廃止されたため、比良の最高峰武奈ケ岳へはここから登るのが最短距離となるため、現在でも多くの登山客が利用する。

細川終点/(54-3-3)
小さな車庫があり、堅田発と安曇川発の最終バスと乗務員が宿泊した。

【和邇・途中線】(和邇~還来神社前~途中)
歴史は古く昭和8年10月に個人営業の路線を譲り受けて開業した。現在は、栗原道~還来神社前間が廃止されて、「和邇・途中線」の名称もなくなった。
出口~上龍華/ (55-3-23)
この時点での風景は戦前と変わらないような気がするが、現在はどのように変化しているだろうか。

還来神社前/ (55-4-23)
戦時中は親族の無事帰還を願う多くの人々の参拝で賑わったそうであるが、今はひっそりしている。

【栗原線】(栗原道~栗原)
昭和44年7月「和邇・途中線」の支線のような形で栗原道~栗原間を開業して和邇駅から栗原までバスの運行が開始された。その後、栗原集落の先に宗教団体の施設が開設され信者さんの輸送のために51年1月栗原~妙道会聖地間が延長された。但しこの区間にボンネットバスが営業で走った実績はない。「和邇・途中線」が廃止されたため、現在は「和邇・栗原線」と名称が変わっている。
栗原を発車して和邇に向かう/ (57-2-11)
廃車直前に1年振りにボンネットバスが栗原線を走り、栗原のバス停では地元の人が記念撮影する光景が見られた。

栗原道~栗原/ (55-3-23)
雪の比良連山をバックに走る。

【堅田町内循環線】
堅田町内循環線の経歴は複雑で、元は浜大津線のバスが町内を経由して運行されていたが、38年1月のダイヤ改正で下り便の全便と上り便の堅田以北の便が町内を経由しなくなったためサービスダウンの救済策として設定された。
48年2月専用のマイクロバスが新製されたが、朝夕のラッシュ時には捌き切れないためボンネットバスや大型車(BA20)が使用された。
【さよなら運転】(昭和57年1月17日)
「滋2い1081」の廃車日を約1カ月後に控えた1月17日、お別れ乗車・撮影会が開催され当会からは私と特派員さんが参加した。参加者は35名位で全員が着席できないため補助席代わりのパイプ椅子を積んで出発した。運転士はお名前を忘れてしまったがよく知った方、車掌兼添乗員は本社総務課長の畠中氏自らが乗務された。コースは堅田から国道161号線を北上して安曇川営業所で昼食。県道23号線から朽木に出て朽木車庫で休憩。国道367号線(鯖街道)を南下して細川から堅田行のルートで堅田に戻るというもので、距離は約75㎞、下車して撮影した個所は22カ所に及び参加者一同大満足の1日であった。ボンネットバスが走ることがない場所で撮影できたことは良かった。また「滋2い1081」の最初の配置は安曇川営業所であり、その意味でも良かったと思っている。
当時バスの営業所に鉄道から異動された方がおられて、鉄道時代の思い出話をしながらバスについてお教えいただき、車両の動きがある度に連絡をいただいた。ボンネットバス運行最終日直前の2月11日と14日には運用変更をしていただき、和邇~途中線、栗原線を走行して地元の方に喜んでいただけたこともよき思い出である。
2012年 微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part4 ファランボーン駅、メークロン東線(マハーチャイ線)
第3日目 12月4日
① ファランボーン8:34(MTR)→シーロム/サラデーン(BTS)→8:58ウォンウェイヤイ(徒歩)→9:26国鉄のウォンウェンヤイ駅
② 国鉄のウォンウェンヤイ9:40→10:36マハーチャイ(フェリー・徒歩)→バーンレーム
③ バーンレーム(フェリー・徒歩)→マハーチャイ14:25→15:22国鉄のウォンウェンヤイ
④ ウォンウェンヤイ(BTS)→サイハム→バヤタイ(徒歩)→ホテル
⑤ ラチャーテウイ(BTS)→サイハム→シーロム/サラデーン(MTR)→ファランボーン
▲ 空港と市内を結ぶエアポート・レール・リンク(ARL)の高架下には在来線が走っています。その線路脇にはバラック住居が立ち並んで、高層ビル周辺とは違っての庶民の暮らしがあります。住居内は狭くクーラーもなく暑いので、夕刻になると皆さん外へ出て夕涼みでした。
そんな貧困の暮らし中にも笑顔を振りまく親子がいました。思わずシャッターを切りましたが、やっぱり元気で笑顔を絶やさないことが1番の幸せなんだなとなと感じました。
▲ 今日は1日どこへ行こうかなと思っていましたが、まずは明日本隊と合流するSL列車の発車ホームを確認するためにファランボーン駅に参りました。5番線と確認できましたが、隣の6番線には、珍しく国旗を掲げた機関車が着いていました。短編成で客車も新車でもありませんが、何か特別な列車なのでしょうかね。
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微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part3 バンコク ウォンウェンヤイ駅
第2日目 12月3日 2の2
① 羽田空港00:15(JL033)→5:20バンコク(スワナブール)空港
② 空港6:27(APL)→6:43マッカサン(MRT)→7:23ファランボーン
③ ファランボーン15:29(MRT)→15:36シーロム/サラデーン15:51(BTS)→15:57ウォンウェイヤイ(徒歩)→16:35国鉄のウォンウェンヤイ駅
④ 国鉄のウォンウェイヤイ駅17:53(徒歩)→18:13ウォンウェイヤイ(BTS)→サラデーン/シーロム(MRT)→18:50ファランボーン
▲ 何を買ったのかビニール袋に入れて、犬走りを家路へと走る少女。黒く日焼けした手足は、熱帯で暮らす子供たちの元気の証しなのでしょうね。
微笑みの国、タイ王国鉄道の旅 Part2 バンコク ファランボーン駅、タイ王国お召し列車、C56形蒸気機関車
第2日目 12月3日 2の1
① 羽田空港00:15(JL033)→5:20バンコク(スワナブール)空港
② 空港6:27(APL)→6:43マッカサン(MRT)→7:23ファランボーン
③ ファランボーン15:29(MRT)→15:36シーロム/サラデーン15:51(BTS)→15:57ウォンウェイヤイ(徒歩)→16:35国鉄のウォンウェンヤイ駅
④ 国鉄のウォンウェイヤイ駅17:53(徒歩)→18:13ウォンウェイヤイ(BTS)→サラデーン/シーロム(MRT)→18:50ファランボーン
▲ ファランボーン駅は、タイ各地から来たり戻る人たち、また出かける人たちで賑わっています。列車が発車していったホームの中で、裸足でたたずんでいる坊やは、駅で働くお姉さんの子供です。「僕の保育所は、ファランボーン駅のプラットホーム。」友達もなく一人ぼっちで退屈そうに欠伸をしていました。もう、たくさんの機関車や客車は見飽きたのでしょうかね。





































