やっぱり蒸機が好き! 《区名板》で巡る北海道の蒸機 ㉓

C58② 原生花園の夏と冬

釧網本線へは、昭和43年に訪れてから、その後も何回か訪れて走行中を撮影しています。釧網本線の撮影地と言えば、やはり原生花園の付近でしょう。夏は花、冬は流氷がアクセントになります。今でこそ原生花園の駅がありますが、当時は乗降場扱いで、ごく短期間の停車でした。そのため北浜、または浜小清水から歩くことになりますが、その釧網本線で客貨を牽いていたのが、北見区とともに、釧路区のC58でした。前記のとおり、釧路にC58は28両もいて、日本一のC58配置区で、釧網本線。根室本線で客貨混合列車を牽いて、活躍していました。

夏の原生花園、と言っても、訪れたのが8月の終わりから9月上旬で、花の季節は過ぎていて、ほぼ草原が広がるだけだった。北浜、浜小清水からいずれも歩いて行けるが、とにかく、どこまで行っても同じ風景が続いているだけで、いくら本数が多くても、ワンパターンの写真で終わってしまう。貨物692レを牽くC58 408〔釧〕 客車(混合)列車だけでなく、このように純粋の貨物列車も少数ながら走っていた。北浜~浜小清水(昭和43年9月)

網走発釧路行き627レを牽くC58 160〔釧〕 ▲▲釧路発遠軽行き628レを牽くC58 119〔釧〕 全国版の時刻表には、網走で区切られる別の列車番号になっているが、実際は客車は通しで遠軽へ向かっている。北海道時刻表には、その旨が記載されていた。北海道時刻表には、全国版時刻表には載っていない情報があって、北海道へ着くとまず求めたものだ。 網走発釧路行き629レを牽くC58 408〔釧〕 戦後製の特徴である船底テンダーと鋳鋼製台車がよく分かる。貨車数両+客車3両は、当時の釧網本線の混合列車の標準で、途中駅の貨車入換のため、機関車の次位が貨車になっている。

この時の宿泊は、北浜の近くにあるユースだった。余りにも同じ風景が続いて、途中で飽きてしまい、早めにユースに着いた。旅装を解いてから、ユースの下駄を履いてカメラ一台で、近くの濤沸湖がオホーツク海に流れ込むところの鉄橋へ向かった。まもなく697レか通過した。これからは、冬の北浜~浜小清水。3月とは言え、右手のオホーツク海はびっしり流氷に覆われていた。左手は濤沸湖が続いている。夕方の駅の寒暖計は、マイナス8度を指していた。この時は、西村さんやT君と一緒で、再び北浜ユースに泊まった。629レを牽くC58 84〔釧〕 (昭和46年3月)

629レを後部から狙うと、向こうに夕陽を浴びた斜里岳が聳えていた。

再び北浜ユースに泊り、翌日も4人で周辺で撮影した。ずっと直線区間が続いているが、浜小清水の近くまで来ると、やっとSカーブがあって、少し変化のある写真となった。693レを牽くC58 139〔釧〕

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日と同じ斜里岳が見える地点まで行って、628レを牽くC58 139〔釧〕を撮影。このC58は計呂地の交通公園に保存展示されている。

もう少し歩くと浜小清水駅になる。小高い丘に上がって、627レの発車を撮影、C58 409〔釧〕の牽引、こんな寒駅にも、側線に多くの貨車が留置されていて、当時の貨物輸送の活発さが伺える。この日の仕上げは、北浜駅近くの鉄橋で、629レをシルエット撮影。極寒期なら流氷で覆われるはずだが、さすがに3月の岸辺は緩んでいた。

 やっぱり蒸機が好き! 《区名板》で巡る北海道の蒸機 ㉓」への6件のフィードバック

  1. 一人コメント、続けます。北浜、浜小清水、と言えば、いつも、大先輩の山科の人間国宝を思い出します。国宝さんは,ある時期、毎冬、同区間に行かれて流氷との撮影をされていました。流氷に乗って撮影していると、流氷が離岸し始めて沖に流れ出し、必死になって流氷を飛び越えて岸にたどり着いたと、九死に一生の話をしてもらいました。

    • 米手さま
      鮮明なカラー、ありがとうございます。先ほどコメント返信を入れたC5833も、この時に撮影されたのですね。鮮明なうえに、ずいぶんキレイに整備されていますね。

  2. 総本家特派員殿
    春が近いとは言え、歩きにくい雪の線路際を重い荷物を背負って長い距離をよく歩いたものですね。今では考えられませんね。それにつけても、特派員殿と並んで撮っていたはずなのに、余りの違いに投稿するのをためらってしまいます。斜里岳を望む砂丘の上は、いかにも北海道らしい風景でした。写真の出来はともかく、想い出に残るポイントです。

    • 50年前の思い出、ありがとうございます。重い荷物を背負って、空腹と睡眠不足に耐えながら、よく歩きましたね。この浜小清水でも、みんなで一緒に撮影しました。この日は北浜のユースに泊まったのかと思っていましたが、新設された浜小清水ユースに泊まっていたことを、添付のスタンプから分かりました。でも翌日は、付近で撮って、北浜から650Dに乗車と記入されていて、結局、浜小清水~北浜のひと駅を歩いたようです。

  3. 昭和46年3月7日 無風だったのでしょうか、猛烈に煙を噴き上げて浜小清水駅を発車してゆくC58385牽く693レです。

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