2014~2015年 凍える大地への旅 Part13 中ロ朝国境見聞録その2 琿春図們橋、南陽図們橋、三峰橋、検問に引っかかる

第11日目 1月5日

7:30 今日は昨日来た道を図們まで戻り豆満江の上流を目指して、中朝国境沿いを南下します。ナローゲージに走る鉄路が俯瞰できる場所を紹介しますとの小竹先生のお言葉にナローファンとしては楽しみに出発しました。
01_地図03_1▲ 赤線が今日の走行移動軌跡です。南坪から下が目的地なのですが直前で和龍に向かっています。その訳は・・、予想だにしない事件が発生しました。
続きを読む

1962年合宿と峠の釜めし-半世紀前-

1962年9月5、6、7日、信越線碓氷峠の合同撮影会とテント持参の合宿が開催された。5日の撮影会の後、碓氷湖畔にテントを3張り、夜を過ごすつもりだったが、夜来の大雨でとてもテントは持ちこたえられず、湖畔のボート小屋に頼み込んで一夜を過ごしたものです。

▼翌朝、雨も上がった小屋のテーブルと椅子を拝借、朝食事の模様。1962.9.6
写真右から岩波君、吉田君、中林君、別所君、鶴君、魚住君の面々。   05613
05613 続きを読む

2014~2015年 凍える大地への旅 Part12 中ロ朝国境見聞録その1 琿春の3国国境 朝俄鉄路大橋

DSC_1486_120▲ 13:42 中国・ロシア・北朝鮮、3国国境の見渡せる展望台(龙虎閣)に上がって滅多に走る事はないであろうロシア・北朝鮮国境に架かる橋を見ていましたら、それは突然にやってきました。慌てて小竹先生を呼んでの撮影です。DL、客車とも北朝鮮所属と思われます。霞みかかる中、ゆっくりと鉄橋を渡ってきました。
まさかこれが撮れるとは・・、幸運としか言いようがないショットでした。この图们江(防川)に架かる朝俄铁路大桥(俄はロシアの意味)は、戦後の1983年8月8日に完成しています。長さは650mの鉄路橋です。
続きを読む

信越線・横川-熊ノ平間(2) -半世紀前-

前回に続いてDRFC合宿中に撮影した写真です。
始めは、熊ノ平-丸山(信)間の第3橋梁を行くED42です。

この碓氷線には18の橋が架かっていますが、碓氷川に架けられたこの第3橋梁が最大の橋です。全長90.8m、高さ31.4mのレンガアーチ橋で、建築師長・ボーナルの設計による。レンガ202万8000個、セメント2,720樽を使用。”めがね橋”の愛称で呼ばれ、1993年には国の重要文化財に指定された(『越境のドラマ!』鉄道博物館刊行より引用)。他にレンガ造りのアーチ橋がもう一つ、中尾川に架かる第13橋梁(中尾橋)が存在しました。

▼上り(峠を下る)DC急行列車と本務機ED421、一補、二補。 1962.9.6  05627 05627 続きを読む

保存蒸機とその現役時代(34)

保存機久し振りの投稿でC11とする。

只見線会津柳津駅前保存のC11244

1943年5月 日本車両 製番1172  新製後大館、秋田、青森を経て最終配属は会津若松。生涯を東北一筋で過ごし1973年に廃車された。 撮影2013年9月22日▼s-13.9.22柳津C11244

続きを読む

2014~2015年 凍える大地への旅 Part11 T304次とK7367次との連続3泊4日乗り鉄旅 豪華な車内食

DSCN7324_100 11:28 乗車3日目となるとすっかり食堂車の常連となり、コック長とも朋友になりました。一般客はトレイに入った車販弁当ですが、小竹先生と私にはコック長から「さあ食ってくれ」と、お任せ料理の数々がドンと出されました。

朋友となると歓迎は半端じゃありません。イヤ~、ここまでしていただけるとは・・、参りました。
しかし、狭い厨房でこれ程、数々の料理ができるとは驚きです。また数多くの材料も積込んでいるのですね。勤務状況をお聞きしますと、この列車の2泊3日の仕業が済みますと4日間の休暇があるそうで、このパターンの繰り返しだそうです。と、いう事はT304次だけでも7組のスタッフを必要とします。メニューはコック長に任されていますので、同じ列車でも乗車日が違うと、7通りの料理が味あえるのでしょうね。
続きを読む

信越線・横川-熊ノ平間(1) -半世紀前-

2回に渉り、信越線アプト区間の写真です。いずれもDRFCのメンバーと一緒の撮影でした。乗り鉄時と1962年開催、DRFCの合宿・撮影会の時です。
初めは、1960年DRFCメンバーと高山線、富山港線を尋ねた帰り、厳島健一君と二人で上越、信越、小海、飯田線を乗り鉄した時です。高崎から313レに乗車。横川までは勿論蒸機、D51246でした。

横川駅に到着、蒸機から電機へ付け替え。最後尾の本務機などを撮影して、再び乗り込みました。いよいよ古代以来の交通の難所・碓氷峠を初めて越えます。
▼横川駅 下り313レの本務機ED426と、
前へ順に一補および二補機 1960.11.26 00729
00729 続きを読む

元京王電軌23型生き残りの記録

米手作市様のデジ青[55094]「京王電軌23型」に関して保存されていた函館市電405号の写真を探していたら出てきたので発表する。京王電軌23型44両のうち函館に譲渡された元京王54号(大正11年)の函館市405号は1961年の廃車後1970年まで駒場車庫に保存展示されていた。写真は1969年3月19日の撮影。尚、函館市電は東京都(都電ならびに都営新宿線)、玉電(東急世田谷線)、京王線と同じ1372ミリゲージである。▼s-69.3.19函館405(1)

 

2014~2015年 凍える大地への旅 Part10  中国鉄路時刻表、最長乗車列車

1985年版~1998年版_200▲ 1985年に初めて訪中した時に買って、2度目の1995年から行く度に集めている中国鉄路の時刻表です。年に1回の発行でしたが表紙はデザインと言えるものではなく、中の編集具合も毎年変わっていました。逆に今年はどんな具合になったのかと楽しめました。

続きを読む

2014~2015年 凍える大地への旅 Part9 三道嶺 5日目 最後の朝

今日は2015年元旦ですが、ここ中国では0時に爆竹が少しなったぐらいでお祭り騒ぎはありません。春節(旧正月)がお正月になっていますので普段と変わらずの2015年を迎えました。DSC_1361_104▲ 8:47 夜明け前の東站ヤードも出動前の静かな朝を迎えていました。左はJS8190号機、右は昨夜見事な大輪の花火を上げてくれたJS6209号機です。
【DATA】 ズーム32㎜ F3.8 1/10秒 ISO1000 露出補正-1.3段

明け方は刻々と露出が変わっていきます。カメラのクオリティを信じてシャッタースピード、絞りと露出補正を変えての出来上がり具合を楽しむ事にしました。
続きを読む

2014~2015年 凍える大地への旅 Part8 三道嶺 4日目 大輪の花火

DSC_1237_200▲ 19:07 皆さんが待ち焦がれていたそれは突然に夕闇の中から現れました。高く火の粉を吹き上げて突進してきました。花火と言うよりも火の玉列車のようでもあります。こんな蒸気機関車を見るのは生まれて初めてです。無我夢中でシャッターを押し続けました。
【DATA】 ズーム90㎜、F5.3、 1/25秒 ISO6400 露出補正-1.0段

第6日目 12月31日 その2

18:24 花火の最後の挑戦に期待して東露天掘りの高台に来ました。皆さん思い思いに撮影場所を決められて運炭列車を待ちます。

続きを読む

2014~2015年 凍える大地への旅 Part7 三道嶺 4日目 

DSC_0959_100▲ 8:28 遥か西にある三道嶺の朝は遅い。ようやく夜が明け出した暁の頃、停車場には照らし出された白煙が静かに流れる幻想の世界が演じられていきました。
【DATA】 ズーム28㎜、F4、1/15秒、露出モード;マニュアル、露出補正;-0.3段、ISO6400

第6日目 12月31日 その1

昨日はゆっくりとできましたので体調も元に戻りました。今日は三道嶺を終日撮れる最終日ですが、まだ新線を走行する蒸気機関車、そして花火を一度も撮れていません。このままではここへ来た目的を果たせません。今日こそはと、早朝から皆さんと一緒に東站に向かいました。

続きを読む

現役生 四大学合同写真展のお知らせ(概要)

この度、現役鉄道同好会では四大学(関関同立)合同の写真展が行われる運びとなりました。詳細は後日お知らせいたしますが、先に概要を紹介させていただきます。

同志社大学鉄道同好会公式Facebookページをご覧下さいませ↓
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=383941468433068

皆様のご来場をお待ちしております。

東武東上線8000系10連Final-Run

東武鉄道8000系は1963年から1983年までの20年間に712両という私鉄界最大両数で製作された車両である。発電ブレーキを持たず経済車というイメージが強いが、台車はミンデンドイツ空気バネFS356で当時よく乗車した阪急の新型車のFS345と似た台車であったがどういう訳か阪急は空気バネではなく、このことがよく話題になった。なお、8000系の後期の車両はS形ミンデンである。関東地区では現在、ステンレスやアルミ車が全盛で鋼製車である京王6000系、小田急5000形などは消え、京成3300形も風前の灯である。このような状況下東武8000系も今回の東上線池袋~小川町間からの撤退により、伊勢崎線系統も含め支線、ローカル線の運行が中心になるものと思われる。

最近の東武鉄道では8000系のリバイバルカラーや6050系改造の展望車スカイツリートレインが話題を提供しているが、1月11日に行われたリバイバルカラーの併結運転を期日を間違えてしまい、やむ無く17日の10連のFinal-Runを撮影したので、過去の8000系の写真とともに報告させていただく。

2015.1.17 霞ヶ関~鶴ヶ島 小川町行き臨時列車8606  JRのイベントと異なりホームに撮影者がいる程度で私の撮影場所は私以外は一人しかいなかった。 ただ、このイベント列車は早期に満杯となった様である。 ▼s-15.1.17鶴ヶ島8606 続きを読む

東風吹かば 鯰の鳴動 街砕く Ⅱ

鯰が暴れたころの老人はDRFC、海外鉄研、JTC(日本路面電車同好会)のメンバーで、連絡が取れない会員の情報集めに熱中していた。26日、姫路の木村氏から「JTS二井林御大に連絡が取れた。マンション入居OKで自宅に帰られたので訪問したいが、須磨以東は山陽本線不通の為で芦屋へ行くのは困難やけど……」と電話が入った。「甲子園-青木間が運転開始となる。誰か誘って行ってくる!」と返事。JTC・Ku、Am両君に連絡、午後3時30分阪神芦屋駅集合とした。二井林御大に電話を入れ「明日行くから、何を所望するや?」と聞き、結果を3人で分担購入する事にした。

昼間は急行になる直通特急

昼間は急行になる直通特急

続きを読む

2014~2015年 凍える大地への旅 Part6 三道嶺 3日目 今日も見えぬ花火

夕刻からの撮影地は、小竹先生が昨夜花火の大爆発が見えたと言われる東露天鉱の信号所付近です。私もお立ち台から見てはいますが、発車時のみだったのと、余りに大きく明るく輝いていましたので花火?とは信じられませんでした。本当なのかどうかは行って見れば分かります。粘ってみました。
DSC_0775_129_1

▲ 18:46 粘った最後の走行写真です。牽引機は6209号機。この時は分からなかったのですが、この機が花火を演出できるポテンシャルを持った機でした。

【DATA】 ズーム116㎜ F5.6 1/125秒 ISO4000 露出補正-1.0段
DSC_0819_131

この列車だけ、信号所で一旦停車して5分後に発車していきました。そしてお立ち台下の急勾配を駆け上がる時に花火が見えだしました。

続きを読む

2014~2015年 凍える大地への旅 Part5 三道嶺 2日目 花火は見えず

DSC_0256_112▲ 16:39 夕刻、斜光となった東露天鉱の信号場を発車する運炭列車。西露天鉱のズリ捨てが廃線となった今、夕陽を題材に撮れる撮影地です。

暮れてからは初めての三道嶺の花火に挑みます。さてどんな花火になるのか楽しみです。

続きを読む