【83158】異形式連結電車ー1ー

国鉄90系、後の101系以降の新性能電車は同一系列の車両で組成された長編成が基本であり、大手私鉄でも最近は8~10両(一部12両もある)の長編成が当たり前で中には中間に運転台のない固定編成も数多く見られる。ところで最近電車を撮影していると異なった形式で編成された列車を見ることがあり多少気にし始めた。特に鋼製車とステンレス車は異形式連結の典型であり編成美は崩れるがそれはそれで興味深いものがある。その一部を発表してみたい。なお、吊り掛けモーターの旧型電車の時代には元電動車を付随車化するなどして異形式を中間に挟んだり異形式電動車同士の編成も結構見られたがここでは新性能電車の異形式連結を中心にしたい。

まず、ステンレス車と鋼製車の連結である。小田急や名鉄等に数多く見られる。

2011.11.9 相模川橋梁を渡り厚木を通過する急行新宿行き5255~3559 5000形は既に消滅しており鋼製車は8000形が残っているだけである▼

 

2011.1.22 鶴巻温泉-伊勢原間 急行新宿行き1051~8566

2012.2.20 開成-新松田間 酒匂川橋梁を行く快速急行8000+3000

2015.12.9 愛甲石田-伊勢原間 急行小田原行き3000、8000の連結部分 ▼

 

2007.4.5 南大沢-京王堀之内間 各停若葉台行き6712~9755 京王電鉄にもあったが6000系は既に消滅しており初期9000系8連の増結車としては現在は7000系2両組が使用されている ▼

 

2016.12.25 八幡-国府 急行一宮行き3254~3511 名鉄のステンレス2両組も他形式との連結もあるようで異形式連結の全体を把握するするに至っていない ▼最近はVVVF化したり各種改造したりして性能等も複雑で異形式連結が問題がないのかよくわからない。ただ異形式の連結は単調になり易い撮影に変化をもたらしてくれる。

 

 


【83403】保存蒸機39685と山形の鉄道その一部

さいたま市は浦和、大宮、岩槻、与野の各市が合併してできた政令指定都市であるが、保存機39685が展示されていたのはさいたま市中央区役所で、ここは元の与野市役所である。撮影は2013年4月26日である。

正面アップ ▼

 

後方俯瞰 ▼

 

左横 雨ざらしの展示で機関車の荒れが目立つ ▼

 

説明板 ▼

 

なお、さいたま市にはデジ青投稿や撮影旅行等でお世話になっておりますクモハ73-106東ウラさんが浦和区にお住まいです。

ところで山形地方は関西からは本当に遠くて行き難い所であったが、新幹線ができて便利になり特に東京からは日帰り圏である。このためtsurukameさんの投稿へのコメントで山形方面に出かけることが多くなったことを申し上げたがこの場を借りて山形方面での若干の拙写を見ていただこうと思う。

2016.2.2 雪の日の今泉駅 山形鉄道(元国鉄長井線)荒砥行きYR883とJR米坂線米沢行き1130Dキハ110-224 ▼

 

2014.6.25 初夏の今泉駅 坂町行き1129D キハ112-201+キハ111-201 左後方の山には残雪が見られる 冬場はこの駅からさらに豪雪地帯に入る勇気がない▼

 

2014.6.25 左沢線羽前金沢付近を行く寒河江行き1337D キハ101-5+キハ101-11 ▼

 


【82591】七里の渡し他

乙訓の老人さんの東海道シリーズ[82419]「東海道の電車を楽しむ-その7-」では冒頭で七里の渡しの話がありました。旅人はワクワクしたそうです。私などは乗る前から船酔いに悩まされそうですが、当時はどうだったのでしょうか。用を足すのはどうしたのでしょうか。

さて、七里の渡しの前に前回の[81902]のコメントで触れさせていただきました御油の松並木とこのあたりの名鉄電車を見ていただきます。御油の松並木は見事なもので江戸時代にタイムスリップしたような感じがします。坂本龍馬も八重さんもここを通ったことであろうと思いながら歩けるのが五十三次の徒歩の旅の面白いところです。2013年12月7日▼

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【81669】電車になった気動車、気動車になった電車

デジ青2017年1月26日[81165]東海道の電車を楽しむ-その5-を投稿された乙訓の老人さんはコメントの中で豊橋鉄道渥美線について訪問した時期が1962年と1993年で1993年の訪問時には気動車改造のトレーラーは廃車後で寂しい思いをされたとある。「待てよ!その車両撮ったことがあるかもしれない」と探し回ってみたら整理のできていないフィルム箱の中に見つけることができたので報告させていただく。ついでと言っては恐縮であるが気動車→電車、電車→気動車の改造車について私の記録したものも併せて紹介させていただく。ただ撮ったというだけで特に詳しい説明ができないのでその点はご容赦願いたい。

 

①気動車→電車    1978年9月16日 豊橋鉄道高師 ク2402

この車両は元は神中鉄道の発注で1938(昭和13)年に日本車両東京支店で生まれた流線形気動車キハ40形である。ここでややこしいのは神中鉄道というのは現在の相模鉄道(通称そうてつ)のことで神中鉄道と同じ1917(大正6)年創立で茅ヶ崎-橋本間を結ぶ現在のJR相模線の前身相模鉄道(旧)という会社もあった。1943(昭和18)年に神中鉄道は相模鉄道(旧)に吸収合併されたがその後直ぐの1944(昭和19)年に相模鉄道(旧)の相模線は国鉄に買収され、残った神中線部分は東急の傘下に入った。部分的に支援の電化等を経て1947年(昭和22)年に新生相模鉄道として独立し現在は大手15社の一角を担っている。1965年夏に相鉄を始めて見た時は神中鉄道時代の面影が駅舎や木造のラッチ等に残っておりローカルな感じがしたことを覚えている。この神中キハ40形はその後客車化されたり電車化(制御車)されたりした後1956年8月に相鉄から豊鉄に譲渡された。この間改番もなされてきたが最終的には1968年にク2400形のク2402となった。廃車は1982(昭和57)年である。 ▼

この時の主目的は戦前の関西国電の雄モハ52の撮影でクモハ73106東ウラさんと織田・徳川連合軍対武田軍合戦場近くの長篠で泊まりその翌日に豊鉄を訪問した。

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【81119】少し昔の三原、糸崎駅界隈

山陽鉄道の遺構や広島地区の情報で大活躍の西村雅幸さんのお住まいの三原駅付近で撮影したものが少々ありましたので御笑覧下さい。

まず、最初は糸崎区のC59161が牽引して三原駅に進入する東京発寝台急行23列車呉線経由広島行き「安芸」。1965年4月4日の撮影。先頭は座席指定の2等でオハニ36、2両目はマロネ41、3両目の大柄な車体はオロネ10、6両目は遠くて分かり難いがマシ38と思われる。客車の大家に判定をいただきたいが要するにこういう列車が最も輝いて見えたように私には思われた。「安芸」は三原を出ると車窓左手に瀬戸内海を見て広島までの2時間近くを走る。ワイドビューとかオーシャンビューとか言われる特急列車よりも豪快な汽笛を聞きながらの蒸機急行の旅の方がずっとよかったと思うのは私だけか。なお。このC59161は広島市内に保存されている。▼

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【80516】下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる?

最近はどこに撮影に行ってもその場所が既にネット等で紹介されていることが多く、昔経験した発見の喜び、楽しみはほとんどなくなってしまった。そこで近頃は変化球と称して流し撮りをよくやるようになったがこれが何年やってもピタリと止まったことがない。ゴルフをやる人、あるいはやった人はよくわかると思うがグリーン周りのバンカーショットも難しい。バンカーショットと鉄道写真の流し撮りはジャンルは全く異なるがどちらも緊張感がある。バンカーは球の手前何センチだったか忘れたがそこに打ち込んで砂を薄く取ってやればうまくい行くと聴いたような気がするが結局マスターできずに終わってしまった。プロはバンカーを苦にせずピンに寄せるが、私は砂を沢山取ろうが出ればホッとしたものである。

さて表題の件であるが、昔のフィルム時代は流し撮りの成功率が低い。これは一発勝負の難しさと思うが、最近のデジカメでは連続撮影ができ、私の場合は2発目、3発目で成功率(といっても1発目よりはマシであるというだけである)が高いようである。デジカメでも列車速度に合わせて1発目を切るのは難しいということである。因みに私の基本はシャッタースピードは1/60秒、ISO100である。当然のことと思うがそれよりシャッタースピードを上げると成功率は高まるが、流し撮りの感じが弱まるし、下げるとその反対であり、私は流しでよく使われている1/60を速い列車も遅い列車も同じように使っている。馬鹿のひとつ覚えかもしれないが1/60の感触で自分なりの流し撮りをマスターしたいと考えていたからである。そうするとこれも当然であるが遅い列車の方が合わせ易く成功率は高い。それでは撮影例である。 記事の続きを読む