2012年の暮れ台湾へ(下)

 24日月曜日は、早朝から台東の北郊、鹿野の駅付近で数本の列車を撮影しました。駅から線路に沿って南へ5分ほどバナナ畑の傍と、駅の北側とで何往復かしてディーゼルカーの自強号、DR2700の普快車、客車列車の莒光号(急行に相当)の撮影をこなしました。
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「鹿野駅に入るDR3000型の自強号」

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「莒光号 鹿野駅付近」

 その後鹿野8時56分発の復興685次で玉里まで出て自強号乗換えまでの約一時間、玉里麺という約45円の汁そばを食べます。今流行の腰が強い麺と濃い味のスープのラーメンとは異質ですが、細めの麺と肉、もやしの具材があっさりしたスープとよくあいなかなかいけます。復興号は普快と莒光号の中間、つまり準急に相当する客車列車でブルーの濃淡二色の塗りわけになっています。客車の見かけはほとんど莒光号の客車と変わらないのですが、定員が莒光号客車が52人のところ60人となっているのでシートピッチが若干狭く、窓割りとシートの並びがあっていません。玉里からは10時39分発のディーゼル自強301次、花蓮から13時3分発の自強175次で福隆まで乗ります。この175次は、プッシュプル方式の12連ほどの長大編成で、前後の電気機関車が南アフリカ製、間に入る客車が韓国製となっています。普通電車で大里まで戻り、亀山島を望む海沿いの道でカメラを構え、何本かの列車を撮影しましたが、生憎どんより曇っていました。
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「莒光号 大里駅付近」

 その日の泊まり先は、近くの礁渓温泉です。台北からも列車で1時間半程度で行けるとあってなかなか賑わいのある温泉地です。台湾は温泉も多く、礁渓温泉のように賑やかな行楽地と山深いところなどいろいろあります。台湾の場合、水着で入る大浴場か個室の風呂になります。ホテルは日本風の畳部屋でしたが、部屋は温泉の出ないユニットバス式の風呂しかありませんので、外湯となる系列施設の個室風呂に行きます。カラオケボックスのように各個室に大小もあるようですが、通された部屋は3人用とかで、ゆったりとした浴槽の蛇口をひねると無色透明の湯が勢いよくほとばしり出ました。この日も、蟹のフライなど海鮮中華の味を楽しみました。
 25日火曜日は、東部幹線と平渓線の分岐駅となる三貂嶺駅での撮影です。ここは、総本家青信号特派員さんも寄稿されておられますとおりかつての福知山線道場-武田尾間のような趣です。補機がつく貨物列車と機関車の切り離し、平渓線ローカル列車のタブレット交換の他、幸運なことに試運転中の日本車両製の新鋭TEMU2000型も撮影することができました。
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「補機も付けてあと一息 三貂嶺駅」

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「平渓線ローカル列車 三貂嶺駅」

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「試運転中の新鋭TEMU2000型 三貂嶺付近」

 その後、台北近くの有名撮影地、汐科駅で釣り掛け式電車EMU1200型で運用される自強112次、127次などの優等列車の他、懐かしい荷物客車やセメント貨物などの撮影をこなしました。ここは、編成を撮るのに好都合なカーブがあり、東部幹線と西部幹線が交差する位置でもありますので、かなり高い効率で撮影をすることができます。
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「荷物列車 汐科駅」

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「配給列車も通過 汐科駅」

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「自強112次 EMU1200型 汐科駅」

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「自強113次 EMU300型 鶯歌駅付近」

 この駅で、デカンショまつり号さんと新所沢都民さんと別れ、私は翌26日水曜日、桃園近くの鶯歌駅近くの陸橋で彰化行きの釣り掛け式電車EMU300型の自強113次を撮った後、帰阪しました。また行く機会があれば、その時は是非、客車急行となる莒光号に台北から高雄、あるいは台東まで弁当を買い込んでゆっくり乗り通してみたいと思っています。あとは時間があれば、観光列車化してはいますが、SL牽引がある渓湖糖廠など糖廠のナローゲージトロッコにもまた乗ってみたいと考えています。

2012年の暮れ台湾へ(上)

 夏に集集線の蒸気を撮った後、総本家青信号特派員さんの寄稿を拝見し、台湾でもそろそろ乗車優先から走行写真を、と思っていたところデカンショまつり号さんから熱烈な台湾行きのオファーをいただきました。そこへ台湾の鉄道に深い関心を示していた新所沢都民さんも誘い、それぞれ航空便は関西、成田、羽田からとばらばらながら12月22日(土)16時50分、台北駅中央切符売り場に3者が集合しました。今回はTR-PASSの3日間用(1800元)を使うことにします。これは、台湾の在来線ならどの列車(商務車(グリーン車)は除く)でも乗れ、座席指定も窓口で指定券を発行してもらうだけの便利な切符です。
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「クリスマスの装いの台北駅」

 この日は少し雨がぱらつく肌寒い天気です。先ずは花蓮までの移動の前に階上のフードコートで腹ごしらえです。このフードコートは台湾の料理をはじめ、ファーストフード、洋食、日本食など多く選べますが、せっかくですので鶏肉の焼き物と中国野菜の炒め物と台湾風らしい食事を食べました。あっさりしていて結構いけました。花蓮までは17時40分発の自強282次のタロコ号です。
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「タロコ号 花蓮駅」

 タロコ号は人気列車とかで花蓮まで切符がとれたのは初めてでした。専ら充当されるTEMU1000型はJR九州885系をもとにしているとあって車内の窓周りはそっくりですが、シートの前後の間隔はタロコ号の方が相当ゆったりしていました。花蓮は漁港に近いとあって、海鮮料理の店で夕食をとりました。太刀魚、しじみ、イカなど材料を選び、焼く、茹でる、揚げるなど調理も選択できるのですが、よく分かりませんので炒め物中心でも新鮮なのかさっぱりしていておいしくいただきました。
 翌朝23日日曜日、5時47分発の普快車4676次に乗り込みます。この列車にはDR2700型ディーゼルカーが充当されています。かつては台北高雄間の特急光華号で活躍したとのことですが、今は花蓮-台東で余生を送っています。ビニール張りの回転式クロスシートは相当くたびれていますが、DR2700は、カミンズ製のエンジンを勇ましく轟かせ、なかなか鋭い加速をします。
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「DR2700型」

 ホテルで朝食のサンドイッチと豆乳を用意してもらいましたが、少ないのでコンビニで買った国民弁当も食べます。国民弁当は、台湾のコンビニに必ずといってもいいほど置いてある弁当で、ご飯の上に、豚肉や鯖の焼き物の他、炒め野菜や卵焼きなどを載せただけですが、これをほおばると台湾にいる実感が体の底から沸いてきます。ただし、国民弁当が一番美味いということではありません。台湾にも独自の弁当の文化が根付いており、日本のような豊富なバリエーションや盛り付けの美麗さはありませんが、車内販売でよく見る台鉄弁当の他、ご当地弁当ともいえる池上弁当や関山弁当などもご飯の上の具材をそれぞれ工夫しており、これらを食べることも旅行の楽しみの一つとなっています。
 この日は、旧型客車に乗ることが目的なので、鳳林6時46分発の自強304次のDR3100型ディーゼル特急に乗り換えます。こちらはリクライニングシート、空調つきの大型固定窓で、特急と呼ぶにふさわしい車でDR2700とは隔世の感があります。大きな町の台東をやり過ごし、トンネルの多い新線区間を一気に枋寮まで快走し、10時16分着。駅で暫し撮影をした後、駅前の餃子専門店に繰り出します。焼き餃子、水餃子それぞれ普通の味に加えキムチ餃子やカレー餃子など変わった種類もあり、ビールも進みます。
 枋寮から台東までは日本製の旧型客車3両を連ねた普快車3671次で戻ります。旧型客車といっても日本で多く見られたオハ35やスハフ42そのままではなく、10系客車でもし特急専用車があったらこんなんだっただろうというスタイルです。狭窓が並ぶ回転クロスシートは、スハ44の軽量客車版といってもいい形です。
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「普快車3671次」

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「SPK32700車内」

 この日も天気はぱっとしませんでしたが、窓を開け放って風を受けるのは気持ちいいものです。この旧型客車SPK32700ですが、もはや枋寮12時8分発の普快車3671次とその返しとなる台東17時25分発の普快車3672次の一往復しかありません。SPK32700もかつて対号特快として台北高雄間で活躍していた車両で、大井川に残存するスハフ43と内装もよく似ているように見えます。
 枋寮-台東間は開通して20年足らずの新線なので路盤もよく、時折海岸線に接するもののトンネルも多く、旧型客車といえどもかなり高速で走ります。

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「快走」

2011年の9月に乗車した際は、この列車に団体客が大勢乗り込み騒がしかったのですが、この日は他に鉄チャン風と地元の客がちらほら乗っているだけで至って車内は静かです。戻りもこの旧型客車の返しに乗り、枋寮20時38分発の自強753次で台東に22時25分着後、駅前のホテルに投宿しました。

8月台湾へ

 ここ数年台湾の鉄道にはまっております。旧型客車、釣り掛け特急、客車急行、トロッコ列車、きれいに整備された古い駅舎などなど個別には言い尽くせませんが、自分なりに国鉄の時代の古き佳き鉄道を追体験しているのかも知れません。

 今回は、はじめてTR-PASSを使いました。これは台湾鉄路管理局全線乗り放題の切符で3日間用1800元、5日間用2500元があり、「旧正月には使えません」と書かれています。また高鉄(新幹線)も使えません。高鉄には別途3日間2400元の乗り放題パスがあります。台湾の鉄道はもともと安い(台北-高雄の特急乗車で843元)ため、元を取る?つもりなら結構一生懸命乗ることになります。実際私も、全て計算した訳ではありませんが、5日パスで何とかとんとんくらいだったと思います。でも、優等列車は指定するだけで着座できますし、普通列車や優等列車の立ち席ならパスを持っていれば、いついかなる時でもふらっと乗れる便利さは値段以上のものがあります。

 さて、初日(8月9日)は、午後遅くに雨が降ってきましたので、乗ってばかりです。それでも基隆から台北まで釣り掛け特急(自強号)EMU1200にも乗ることができました。翌日、花蓮始発の鈍行ディーゼルカーDR2700に乗るため、花蓮駅前の宿に投宿します。

 今回、車両についての説明は、他のインターネットホームページや書籍をご覧いただければと思います。

 朝6時花蓮発玉里行きの普快DR2700は、かなりくたびれていますが、カミンズのエンジンは勇ましい音をたてて快走します。非冷房で窓を全開にして風にあたり、肥料の臭いが車内に飛び込んでくるのも懐かしく感じました。

鹿野駅を発車するDR2700型

 
 
 玉里では朝ごはんがてら玉里麺と書かれた店でモヤシとひき肉が少し入った簡単な湯麺をいただきます。なかなかいけます。値段は45元(130円程度)。

 玉里からはディーゼルの特急に乗り、大武まで乗ります。ここでついに一往復になってしまった旧型客車をつかまえ台東まで戻るのです。旧型客車は今や、枋寮12時8分発台東14時20分着の3671次普快車とその逆、台東17時25分発枋寮19時34分着の3672次普快車しかなくなってしまいました。

 この日の客車は3両編成、インド製はなく全て日本客車でした。沿線での走行写真を撮りたいと思いつつも、つい乗ることに執着して今回も駅撮りになってしまいました。

大武駅に入る3671次


 
 台東から鹿野までDR2700に再び乗り、その後、旧型客車で枋寮まで。そこから客車急行(莒光号)で高雄まで乗り、駅前のホテルに投宿しました。

 その次の日は、釣り掛け特急狙いです。EMU1200は高雄発基隆行のEMU1200運用は7時発と12時発の2本ありますが、この日は7時発に乗り、彰化まで乗り、基隆発彰化止まりのこれまた釣り掛け車EMU300の特急自強113次を迎えることとします。

 彰化では時間があったので基務段(車庫)の一般開放ものぞきます。これも以前はパスポートのような身分証明が要りましたが、今では受付で名前、住所、電話を書くのみです。

 あと高架工事中の員林のホーム端でも何本か撮影を行い、二水まで足を延ばし、蒸気機関車運転列車の時間を確認しました。翌日、日曜日も高雄から同じEMU1200の7時発、自強112次に乗るつもりで高雄の泊まろうとしたのですが、週末の夜遅い時間、昨日泊まった宿だけではなく近隣の駅前ホテル約10軒ほどみな満室です。かつて他の都市でも夜遅い時間からの飛び込みの宿探しで困窮したことがありましたが、だんだん心細くなるものです。通勤電車で1時間、台南まで下ってやっと汚い安宿に投宿することができました。飛行機が遅くに着くといった条件でもなければ基本は飛び込みで宿を見つけることにしていますが、体力と次の日を考えるとやはり早めに宿を確保する必要があると改めて痛感しました。

嘉義駅に入るEMU1200型、自強号(特急)112次

 8月12日の日曜日は集集線の「2012南投火車好多節」のSL列車が目当てです。

 今年は、7月15、22、28、29日と8月4日、5日、11日、12日の8回運行され、私が行ったのが最終日でした。運行時刻は、下りが(2777次)濁水9時37分発、水里10時8分着、(2779次)濁水13時34分発、車程14時12分着、上りが(2778次)水里10時20分発、濁水10時48分着、(2780次)車程14時15分発、濁水14時55分着となっています。

 先ず、一番人が集まる中間の集集駅で2778次を迎えます。日本のイベント列車と同様に相当の人出ですが、SL撮影だけを目的に来ている人の割合は低いようです。白い高級望遠レンズがずらりと並ぶ光景はここではありません。

 その列車の構成ですが、昨年復活なったDT668(日本形式D51)と客車(インド製2扉)4連と補機のDLです。その後、2779次を水里の近くで撮影し、折り返しの2780次に乗って濁水まで乗りましたが、これは余裕で座れました。その日は、水里からバスで更に奥に入って廬山温泉に泊まろうと思っていましたが、何でも台風被害であらかた休業中とかであきらめざるを得ません。廬山温泉は心残りですが、気分を変え、嘉義からバスで1時間、山間の関子嶺温泉に投宿することにしました。ここも戦前からの温泉地で、泥水のような湯がなかなか効きそうでお奨めです。

集集駅に入る2778次

 

DT668の雄姿

 
 
 翌日は、台北まで戻り、近郊の汐科駅で撮影をしました。今回だけではなく高鉄(新幹線)とほぼ並行する西部幹線でも、優等列車ですと直前では予約もままならないくらい結構混雑していました。今回の訪問では行けませんでしたが、日本時代からの木造駅舎や、製糖鉄道ゆかりのトロッコ列車も興味深いものです。みなさんも活気あふれる台湾の鉄道を訪問されてみては如何でしょうか?

汐科駅を通過する莒光号(客車急行)

 

民國100年のはじめに、台湾へ2

 台湾でナローゲージ(五分仔車)のトロッコに初めて乗りました。台湾では、かつて精糖工場輸送のナローゲージ鉄道が数多くありましたが、現在ではほとんど役割を終えて、かつての日本の軽便鉄道のように廃線になっていきました。

 しかし、その一部は観光用に残り、中には蒸気機関車の運用を行うところもあります。 

 今回は、台湾糖業公司の2箇所、高雄花卉農園と圓林の溪湖花卉文化園區に行ってきました。

 

 高雄はMRTの橋頭糖廠駅からすぐ、往復切符のみで80元、始発は10時半から、あと11時半、13時半、15時半、16時半の最終まであり、帰りもそれぞれの30分後に出るパターンです。ただし、定期列車は土日のみで、平日は団体予約を受けることとされています。機関車の銘板を見るとドイツ製ということはわかりましたが、この手の車には全く知識がありませんのでわかりませんでした。トロッコはもとは貨車のようでしょうが、観光用に改造されています。路線は片道7分弱田舎道を走り結構本格的です。遊園地鉄道ではないので当然といえば当然でしょう。

 路線は、西部幹線としばらく並行するので、特急や鈍行電車からもよく見えます。特急(自強号)から眺めていると橋頭駅の手前で観光用塗装を施していない機関車がたくさん車庫に留まっているのが見えて「しまった」と思いました。また機会があれば撮影してみたいと思いました。

 

 次いで、圓林の溪湖花卉文化園區中心です。こちらは少し行きにくく、圓林駅を降りて左に暫く歩き、圓林客運(バス)の溪湖生きで30分程度まず乗ります。そこを降りてからさらに10分歩くと到着です。

 こちらは、かなり本格的で路線も片道約15分、9時の始発から16時30分の最終まで7本、うち2本は蒸気機関車による牽引です。初発の9時は私一人の貸切状態でした。高雄と同様切符は往復券のみで100元。土日のみの定期運行、平日は団体予約のみです。団体観光客も結構いるようでしたので、平日も走っていることと思います。ディーゼル機関車はロッドが懐かしい1967年の日立製でした。客車はやはり観光用に改造したものでした。車庫にオリジナルと思われる客車もあり、私にはそちらの方がよかったのですが、観光トレインですのでそうはいきません。

 

溪湖糖廠の五分仔車
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橋頭糖廠の五分仔車
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溪湖糖廠のDL
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溪湖糖廠のSL、1948年ベルギー製で現役
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渓湖糖廠の廃車体
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民國100年のはじめに台湾へ

354次普快 金崙駅

354次普快 金崙駅

 成人の日の連休に台湾へ行ってまいりました。

 夜、台北に着くと結構寒い。ダウンジャケットやコートを着ている人も結構います。着いた日に夜行の急行(CK63次)で台東へ向かいましたが、車内の寒いこと。足元の暖房がほしいと思いました。ところが南の高雄や台南まで行くと日中はかなり暖かく、彰化駅の温度計は25℃でした。

 12月22日にダイヤ改正があり、花蓮台東間の普快199次、200次の旧型客車は復興型の空調付客車に置き換えられました。時間と列車番号はそのままで区間車となっています。西部幹線の復興号もなくなっており、このタイプの客車は余剰となったものと考えられます。

  あと、1月2日に新線の沙崙線が開業しました。これは台南から終点の沙崙まで全て通勤電車が走ります。終点の沙崙は高鉄(台湾新幹線)台南駅に直結しています。

 

 旧型客車ですが、南廻線(台東-枋寮)の2往復はそのまま残っていました。普快352次、353次、354次、355次全て2両編成で、割合は日本製とインド製と半々でした。南廻線は新しい線なのでトンネルが多いのですが、太麻里-大武の間は太平洋を眼下にとても気持ちのよい線です。ただし私が乗った1月7日は曇りでしたが。数年前まで旧型客車を冷房化して冷気平快として運用されていた35SPK2300型客車が加禄駅の構内に大量に留置されていました。

 旧型客車といっても製造は1970年前後、たたずまいは10系客車のようです。もしもスハ44の10系客車タイプがあればこのようになっていただろうという形です。シートはビニールクロスの回転式で、阪急6300系のような棒の足置きがあるタイプもあります。

 

 沙崙線にも乗ってみましたが、8日までは無料の体験乗車ができました。何と太っ腹のことと思いました。そのまま高鉄台南から新幹線で高雄まで戻り、釣掛式EMU1200型の自強号(特急)に乗ります。次いで週末だけ運用されているEMU300で始発の斗南から自強1024次で台北まで向かいます。EMU300も釣掛式車両です。これらの電車は釣掛式といえども特急車なので、空調固定窓、絨毯敷、リクライニングシートで快適です。EMU300はイタリア製でEMU1200も台湾で更新したとはいえ元は南アフリカ製、他の形式では日立や日本車両、韓国製もありなかなか多彩です。

 今回、日本製の最新振子電車TEMU1000型タロコ号にも乗ることができました。こちらは、JR九州の885系をもとに作られたことは有名です。実際よく似ています。台湾鉄路管理局はTEMU1000型を136両増備し、2012年から就役させるとアナウンスしています。

 

普快客車35SPK32700の車内
普快客車35SPK32700の車内
開業間もない紗崙駅
開業間もない紗崙駅
EMU1200型 高雄駅
EMU1200型 高雄駅
EMU300型 斗南駅
EMU300型 斗南駅
EMU300型の車内
EMU300型の車内
タロコ号 TEMU1000型 台中駅
タロコ号 TEMU1000型 台中駅

 

 

台湾の旧車両

最古のディーゼルカーDR2700型も活躍中

最古のディーゼルカーDR2700型も活躍中

台東行199次普快
台東行199次普快

 いささか旧聞に属しますが、今年の6月に台湾に行きましたので賑やかし程度のものですがアップさせていただきます。関東のデカンショまつり号様とご一緒させていただきました。第一の目的は電化完成後は恐らく淘汰されるであろう旧型客車です。日本製とインド製があり、インド製はドア自動扉のセミクロス車で117系300番台風の車内レイアウトです。日本製はスハ44軽量客車にしたような形す。10系客車で回転クロスの3等車があればこんなんだっただろうというような形です。花蓮発の199次に鳳林から台東まで、台東からは354次で枋寮まで乗りました。旧型客車は大井川以外では久しく乗ってなかったので懐かしく感じました。でも路盤がよいのか乗り心地も悪くなく相当とばします。

 

 台東~枋寮の区間は大武付近が昨夏の台風で鉄橋が流され不通になっていた区間です。まだその災禍の痕が残っていましたが鉄橋が流れるくらいですから相当なものです。台湾は中央部の峻険な山から海まで短く、大雨洪水になると大変です。高雄からは台北までは座席夜行の客車急行で戻ります。グリーン車並みにリクライニングするのですが座席は座席です。寝台があればと思いました。

 

 台北に戻ってからは、釣り掛け式の特急電車に乗ります。イギリス製のEMU100型、イタリア製のEMU300型とも固定窓のリクライニングシートで特急にふさわしい設備です。EMU100型は製造後30年足らずですがもう1編成しかないとか。こちらはM車でも遮音が効いているのか車内はいたって静かですが、EMU300型は豪快な釣り掛け音が轟き釣り掛けファンにはたまりません。名鉄7300でもはたまた80系300番台でもない不思議な世界です。

 

 台湾の鉄道シーンは日本、英国、イタリア、韓国などさまざまな国で作られた車両が活躍し、車両だけでなく日本時代の古い駅舎もまだ大事に使われています。関空から台北までLCCも就航し、行きやすくなりました。また行ければ年明けにでも行こうと思っています。

 

 

夜の高雄駅 台北行きの夜行が停車中
夜の高雄駅 台北行きの夜行が停車中
EMU100型
EMU100型
EMU300型
EMU300型