懐かしの電蒸運転
この言葉もすっかり“死語”になった感があります。非電化区間の電化工事が進み、まもなく営業開始という頃、電機の試運転と乗務員訓練を兼ねて、電機+蒸機が牽引する列車がありました。電化に当たっては、“オイラン車”という建築限界・車両限界を測定する特別な列車もありましたが、電蒸運転は定期列車で行われていたことが特徴で、また蒸機は非常時の牽引用で、通常はブラ下がっていただけで、協調運転ではありませんでした。当時は、特別な関心もなく、来たら撮っていただけでしたが、いまとなっては、昭和の時代に限られた線区、限られた時期だけに見られた貴重な記録だと思っています。
▲呉線小屋浦を行く電蒸運転、呉線は昭和45年10月に電化が完成、9月に最後のC59・C62の撮影に行くと、盛んに電蒸運転が行われていた。624レを牽くEF58 44+C62 17(昭和45年9月)










