前回の1000形の発展型量産タイプで1956(昭和31)年より神戸線1010系35両、宝塚線1100系51両が製造された。両型式とも今津線での撮影が少なく1984.04.01小林駅の1112くらいしか記録がない。2扉車や3扉車が混在したが最終的には前照灯が2灯化され、全車3扉に統一され、1010系と1100系の違いはほとんど同じで見分けがつかなかった。▼

京都線の1600系と同じ考え方で神宝線の1010・1100形式と同じ車体に旧型車の台車、部品を流用。最終的には台車は900・920形、電気品は600形を流用したとあるが、この時代の阪急のタライまわしは難しくて理解しがたい。1200系は1956(昭和31年)から20両製造されたがその一生はほとんど宝塚線で過ごしたと言っても過言ではない。1978年3月18日門戸厄神-西宮北口間の撮影で行先板には仁川-西宮北口とあり、これも競馬開催時の臨時電車と思われる。▼




































