【62068】大連弾丸紀行 その1

大連の旧満州国時代の街並みや旧型の市内電車にはかねてより興味があったものの、訪問は困難と諦めておりましたところ、先般、機会を得て2泊3日という行程ながら行ってまいりました。

今回の訪問に際しては、ぶんしゅう様より事前に懇切なご指南を賜り、おかげさまで短い時間内での見学を有効に行うことができました。どうもありがとうございました。遅くなりましたが、見聞録を投稿いたしますのでご笑覧ください。

市内観光の前にまずは、大連駅へ。かつての「あじあ号」の始発駅で、駅舎は上野駅をモデルとしたと言われています。IMGP3636

記事の続きを読む


【55931】2014~2015年 凍える大地への旅 Part19 大連路面電車(トラム)、帰国

DSC_2263_135200m級の高層ビルがあちこちで建築中の大連を走る路面電車、満州国建国時には想像だに出来なかった発展の中を走ります。当時に製造された路面電車と最新のLRTが同じ路線を走っているのを見るのは路面電車ファンとして引きつけられます。いつまでも続いて欲しいと思いながらの訪問です。

記事の続きを読む


【54178】2014年 塩の海 復州湾の塩田ナローと瀋陽路面電車への旅 Part13 瀋陽⇒大連 瀋陽駅、中国高速鉄路

DSCN634304_1▲ 哈大高速鉄道開業に伴い大幅リニューアルされた沈阳站コンコースのエキナカにあった「招き猫」ショップ、中国語では「招財猫」というようだ。
招き猫の発祥は江戸時代の日本であったそうでWikipediaによると、由来については今戸神社豪徳寺自性院伏見稲荷大社と名乗りを上げてはいますが、何処なのかは定かではありません。ただ陶器としては愛知県常滑市が日本一だそうです。
右手を上げている猫は金運を招き、左手を上げている猫は人(客)を招くとされているそうな、他にも色によっても意味があるようです。
中国でも店屋や食堂でよく見かけますが、なぜにこの駅にこれほどのショップがあるのでしょうか、???です。

記事の続きを読む


【53598】2014年 塩の海 復州湾の塩田ナローと瀋陽路面電車への旅 Part6 復州湾塩田ナローを撮る その4

DSC_883618 ▲ 14:35 復州湾ナロー鉄路五島運輸站路線にはもう1つのハイライトがありました。14基の橋脚に支えられた鉄橋です。本土側から海の中道へは1992年に建築された比較的新しいコンクリート橋でした。中国鉄路を撮影してきていつも戦前か中華人民共和国建国後かを判断する1つの基準として、鉄橋は戦前の日本統治下または列強各国が建築したもの、コンクリート橋は建国後だろうと思っています、そう考えるとこの鉄橋は日本統治下時代に大日本塩業㈱によって建築されたと思われます。ここまで塩田開発が進んでいたとは驚きです。今のように機械化はなかったでしょうから数千人もの作業員が塩の採取、製塩作業に従事していたのでしょうね。
記事の続きを読む


【53555】2014年 塩の海 復州湾の塩田ナローと瀋陽路面電車への旅 Part5 復州湾塩田ナローを撮る その3

第3日目 10月12日 その2

DSC_85022310:26 食後は五島運輸站に戻りこれからの運行状況を聞きますが、まだ指示が来ていない様子で確認できません。

作業車編成を牽引していた06号機が単機で待っています。

DSC_850624▲ 10:35 撮影地① Google座標; 39.469295, 121.483682
ダイヤが分からずとあれば、仕方がありません、一路順風!さんが撮りたいが、今まで列車が来ず撮れなかったといわれる第5~7塩場への路線が俯瞰できる道路橋上に向かいました。道路脇に車を停めて、いつかは来るであろうソルトトレインをひたすら我慢の待ちです。
確かに第8塩場の海の中道を俯瞰できる小高い丘と同様に待つに値する絶景の撮影地です。強風を避けるために車の中でお昼寝しながら待機します。
記事の続きを読む


【53485】2014年 塩の海 復州湾の塩田ナローと瀋陽路面電車への旅 Part4 復州湾塩田ナローを撮る その2

DSC_8450_1▲ 8:27 塩田から採取された塩山が連なる横を第8塩場へと向かう作業車編成。今朝は青空が見えていますが、風が半端ではありません。日本に上陸した台風の影響をこんな離れたところでも受けて、風速20m以上はあります。塩の海も荒れて、塩田には珍しい波の花が舞っています。今日は強風との戦いになりそうです。
記事の続きを読む


【53326】2014年 塩の海 復州湾の塩田ナローと瀋陽路面電車への旅 Part3 復州湾塩田ナローを撮る その1 五島運輸路線

DSC_82850915【復州湾塩場ナロー鉄路・大連塩化集団
大連からは車で約2時間余り、北約90キロにある遼東半島西岸の復州湾一帯は、温帯大陸性季節風気候に属し、年平均気温は10℃、平均年間降雨量は687mm、年間日照時間は2600時間、年間無霜期間は190日です。冬は厳寒がなく、夏も酷暑がなく、古くから汚染なしの海にめぐまれて品質が高い塩の産地で、広大な塩田が広がっている地域です。
日本統治下時代には大連は自由港であったため関税収入が見込めず代わりに塩税が関東州の財政を支えていたそうです。関東州も積極的に塩の生産拡大を図り、やがて塩田の90%以上は日本企業(大日本塩業㈱)の経営となり、ソーダ工業の原料用として内地に大量に輸出され、日本の化学工業を支えていました。
大日本塩業㈱は、天日製塩のために広大な塩田を造り、その輸送のために762㎜のナローゲージ鉄道を敷設しました。最盛期には総延長約100キロにもなったそうです。機関車は当初からDLで今も改造を受けながら現役使用されています。小さな木造トロッコを牽いて海を渡る姿はとても可愛いと、ナローファンが訪れる所となりました。
記事の続きを読む


【53250】2014年 塩の海 復州湾の塩田ナローと瀋陽路面電車への旅 Part2 大連路面電車

DSC_818907
大連
は、日露戦争後の1905年、ポーツマス条約により日本の租借地である関東州に入りました。都市計画を進めるための路面電車建設については、南満州鉄道運輸部運輸課電気係が当初を担当しました。1909年9月25日に大桟橋(大栈桥)から電気遊園(电气游园)間、2.45キロ(DC750V、ゲージ1,435㎜)の路面軌道を開業したのが、大連路面電車(大连有轨电车)始まりです。
最初の電車は車体は米国製、台枠は英国製、電気部品はドイツ製と国際都市らしく、木造11車型電車37両が投入されました。会社名は、後に「満電鉄課」と改称され、1927年には営業路線も33.80キロに延伸、車両数も100数両となり、ピークを迎え市内ネットワークが完成しました。何度か替わった社名は、「大連都市交通」と再度改称されています。

記事の続きを読む


【53192】2014年 塩の海 復州湾の塩田ナローと瀋陽路面電車への旅 Part1 旅立ち 天津地下鉄、空港乗り入れなる

01
2013年北満一人旅では初めて復州湾の塩田ナロー鉄路を訪問しました。しかし、塩運搬作業は終わっていて、作業員輸送車と金城運輸区でどこからか着いたソルトトレインを見ただけで走行するシーンは見る事も、撮る事も出来ませんでした。いつかはリベンジしたいと思っていましたが、チャカ塩湖にご一緒させていただいた一路順風!さんより、吉報が届きました。
「復州湾の塩田ナローの金城・五島ともに、やはり国慶節明けが最も頻繁に走ることが判明しました。前回の事もあります。ぶんしゅうさんのサポートをさせていただけます。」
中国ナロー鉄路の第1人者であられます一路順風!さんが2度目の惨敗をするわけはありません。満を持しての訪問とあれば乗らないわけにはいきません、即決で決めました。

記事の続きを読む