【19886】2012年冬から春への中国鉄路一人旅     ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅 総集編

海外旅行では欠かせない、クレジットカードを忘れるという大失態から始まった旅でしたが、倹約を重ねて何とか手持ちの現金でやりくりしながら、O氏に自宅から送ってもらったクレジットカードを持ってきていただくまでを凌ぎました。
O氏と合流できなかった場合は、街角に這いつくばって道行く人からの施しをお願いするしかないかと覚悟しておりました。O氏様、助かりました。ありがとうございました。

44日間の人生最長の旅は、前半の「2012年冬から春への中国鉄路一人旅」と、後半の「ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅」になっております。まとめましたので、ご覧ください。


▲ 今回の旅では、成都から广州までと、深圳から大連までは、飛行機を利用しましたので、乗車地図では、つながっていません。

▲ 昆明のメータゲージ区間は、時刻表に記載がないので、現在調べております。分り次第に差し替えます。广州~九龍間の乗車距離は、中国鉄路区間のみです。

下記をクリックしていただきますと、内容をご覧いただけます。

【2012年冬から春への中国鉄路一人旅】

Part  1  とほほのスタート
Part  2 1891次に乗って齐齐哈尔へ
Part  3 富拉尔基(フラジル)の蒸気機関車
Part  4  国境の町、黒河(ヘイフー)へ
Part  5 国境の町、黑河(ヘイフー)のあじあ号展望車
Part  6 ( ハルピン )から鸡西(ジーシー)へ
Part  7  鶏西鉱業集団鉄路 その1
Part  8  鶏西鉱業集団鉄路 その2
Part  9  鶏西鉱業集団鉄路 その3
Part10 大地横断5,010キロ 鸡西から昆明へ
Part11 昆明のメータゲージ、 湏越(雲南)鉄道
Part12  昆明のミシェラン 雲南鉄路列車陳列館
Part13  成昆鉄路に乗って、グースの里 北碚(ベイベイ)へ
Part14  江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その1
Part15 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その2
Part16 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その3
Part17 北碚(ベイベイ)から重慶(重庆)へ
Part18 重慶モノレール(重庆軌道交通)
Part19 重慶から芭石鉄道へ
Part20 芭石鉄道その1
Part21 芭石鉄道その2
Part22 芭石鉄道その3
Part23 簡単便利に購入できる中国国内線航空券と鉄道切符
Part24 一旦出国、再入国で大連へ
Part25 大连市電(大连軌道交通)

【ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅】

Part  1 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その1
Part  2 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その2 展示車両
Part  3 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型)
Part  4 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型) その2
Part  5 平庄炭鉱から阜新炭鉱へ
Part  6 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その1

Part  7 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その2
Part  8 北台製鉄所 その1
Part  9 北台製鉄所 その2
Part10 北台製鉄所 その3
Part11 錦州八角台発電所の建設型
Part12 瀋陽から天津へ、そして帰国

以上です。現在、次の中国鉄路乗車の旅も始まっております。近々にアップロード始めさせていただきますので、またご覧いただければ幸いです。


【19138】2012年冬から春への中国鉄路一人旅 Part22  芭石鉄道 その3

第26日目 3月15日
① 蜜蜂岩6:35(芭石鉄道)→6:55菜子坥
② 菜子坥站 (徒歩)→18:00蜜蜂岩站


▲ 今回は、撮影地を蒸気機関車が正向きで走行する区間に絞ろうと決めていました。今日は一番列車で菜子坥下車して、朝の貨物を狙いました。

▲ 7:19、朝の下り貨物です。今日はドレインを目一杯吹き出してくれました。


7:55、今日の狙いは朝の通学列車です。絶好のポジションにいたつもりでしたが、乗客も走っているように、停車位置をオーバーして止まりました。菜子坥駅から上に住む小学生にとっては、菜子坥小学校だけです。降りると元気よくダッシュで学校に向かっていました。列車は珍しく混合列車でした。
▲ 8:00、落ち着いたところで朝食を食べたいと昨日の農家食堂でお粥と漬物が欲しいと頼むと、席を外している間に並べられたのは、別物です。食べる前に料金を聞けば別の農家に行ったのですが、空腹だったので食べてしまいました。
料金を聞くと40元と、とんでもない高額を言います。これには怒りました。お粥と漬物だと5~10元が相場です。観光客と思ってなめています。田舎で素朴と信じていたのが間違いでした。
30元に値切って去りました。

▲ 9:35、今日は、早くから太陽が見えて晴れてきました。昨日気に入っていた撮影地で粘りましたが、上り勾配なのに煙が見えません。


▲ 12:20、撮影地を探していましたら、鉱石を乗せた6両の貨車を牽引して山に向かった蒸気機関車が珍しく単機で戻ってきました。貨車を取りに行く時は、他の列車に重連で上がるかもと勝手に期待しましたが、この日は戻しはありませんでした。

▲  14:28、気を取り直して、別の撮影地に挑みましたが上り列車の煙が出ません。下り列車の安全弁からの蒸気だけでした


▲ 15時の帰りの通学列車の撮影に挑みましたが、中国人鉄ちゃんが前に出てきて上手く撮れません。小学生の動きももう1つ。おまけに駅手前で止まってしまいました。保線係員と何やら話をしています。

天気も15時過ぎには悪くなってきました。曇り空は光線がなく、日中天気が良くなると気温も上がって煙が出ないと、中々狙ったカットを撮るのは難しいと思い知らされた1日でした。

明日朝に芭石を離れます。30日ビザを取ってきましたが、そろそろ一旦中国を出ないと罰金です。广州で鄭州鉄道日記さん中国倶楽部の隊長さんが待っています。


【19122】2012年冬から春への中国鉄路一人旅 Part21  芭石鉄道 その2

第25日目 3月14日
① 蜜蜂岩6:35(芭石鉄道)→7:10芭沟
② 芭沟站 8:30(徒歩)→16:00蜜蜂岩站

今日は朝1番の列車で芭沟に行ってみることにしました。着いた芭沟駅は駅舎の工事中です。観光路線として着々と新しい施設が建設されています。
芭沟駅では、昨日菜子坥でお会いした中国人鉄ちゃんがいました。芭沟の市場で朝食を共にしました。お名前は彭さん、仕事はコンピュータプログラマーで、休みを7日間取って北京からやってきたと、若くて熱心な鉄ちゃんです。

英語が堪能でしたので、汽車を待っている間、中国の蒸気機関車についての話をしました。最近撮った写真を見せてくれましたが、その中にフラルジの発電所専用線の写真がありました。私が今回の旅で最初に訪れたチチハル近郊の町です。しっかりと爆炎を上げて走っています。私が行った時はDL化されていたので、いつ撮ったのかと聞いてみましたら、昨年12月中旬と言います。わずか2ケ月の差で撮り逃したようです。今後、情報交換をしようと約束しました。
彼は今日のお昼の列車で帰るというので、分れて 菜子坥を目指して歩き始めました。まずは定番の沼が見える撮影地です。


▲ 定番撮影地近くに菜の花満開の場所がありましたので、上に上がってみました。貨物列車を撮ろうとしていましたら、直前で止まったり後進したりの観光列車ショーをやっています。土日だけかと思っていましたが、予約客がいたのでしょうね。
9:362両の観光車を牽引してきました


▲ 9:40、昨日は4往復の貨物が走ったので期待していましたが、今日は観光列車に代わったのだと諦めて先に進むと、貨物列車がやってきました。この時期に毎年来ていますが、こんなに来るとは予想外です。今年は石炭需要が高いのでしょうね

▲ 9:53、2両行ったはずの観光列車でしたが、折り返してきたのは1両だけでした

▲ 10:38、定番の撮影地ですが、下り勾配ですので絶気です。

▲ 10:43、石炭満載の15両のセキを牽引して上がってきましたが、気温も上がってきたので、これも煙が出ません。


▲ 13:51、新たに見つけておいた撮影地ですが、煙が出ないと今一ですね。

▲  今日は一日中、霞がかかって太陽は見えませんでした。風邪が治ってきていますが、油断は禁物と早め宿に引き上げ、ビールでアルコール消毒に努めました。


▲ 夕方の蜜蜂岩駅恒例の石炭ガラ拾い。夕食準備の基本作業です。

▲ 夜の列車の到着と出発を見ながらの陳民宿の夕食タイムです。宿賃は40元(約520円)と格安ですが、正直言ってここの夕食のまずさは、宿泊した誰もが認めるところです。滞在期間の長い日本人は、レトルト食品を持ってくる人もいるそうです。カレー ルーを持ってきて、野菜は現地調達で作った人もいると聞きます。

ここではインターネットができませんので、飯を食ったら即、就寝です。 明日は晴れてくれるでしょうか。


【19098】2012年冬から春への中国鉄路一人旅 Part20  芭石鉄道 その1

第24日目 3月13日
① 犍為5:20(Taxi)→5:38芭石鉄道石渓駅
② 石渓6:00(芭石鉄道)→6:32蜜蜂岩

夜明け前の5時20分に予約しておいたTaxiに乗車して、芭石鉄道の石渓駅に向かいました。電話連絡しておいた蜜蜂岩の民宿に今日から3連泊して、撮影に励みます。

6:32、明るくなり始めたホームでは、民宿のご主人陳さんが待ってくれていました。荷物を運んでくれますので助かります。 荷物を部屋に入れて、朝食を食べたら早速行動開始です。
蜜蜂岩駅構内には、昨年まで機関区に置いてあった古いDLが移動されて展示されていました。

▲ 7:35、1番列車が山に上り、降りてきた折り返し列車は、蜜蜂岩駅から下に住む小学生の通学列車でもあります。 元気に乗って行きました。駅には昨年にはなかった駅名板が建っていました。毎年、生き残りをかけて観光鉄道へのグレードアップも進められています。


▲ 9:00、蜜蜂岩上のお立ち台ですが、今年の菜の花満開はまだのようです。空のセキ14両を牽引して貨物列車が上がってきました。

▲ 10:23、2番客列車が上がってきました。今日は、定期列車に観光客車2両を付けています。芭石鉄道の観光シーズン到来を告げていました。朝は、四川盆地特有の霧(スモッグ?)で覆われてぼやけていましたが、この頃より薄日が差し込みました。重慶、グース撮影時ではずっと曇天か、小雨模様が続いていましたので、ほぼ1週間ぶりに太陽を見ました。ただ、気温も上がってきて、煙が見えなくなってきたのが残念です。

▲ 10:06、先ほどの貨物が木材を積んだ貨車2両を増結して降りてきました。今日は貨物も活発に走りそうです。トンネル付近まで来ると、菜の花も満開模様になっていました。

▲  12:35、Ωカーブの菜子坥でビールを飲みながら昼食をとっていると、ドラフト音が聞こえ貨物が上がってきました。この時間帯は客車列車が走行しない時間帯ですので、順光で撮れました。
ただ、菜子坥の線路際にできた農家食堂ですが、これで30元です。材料、味からして高すぎます。行かれる時は、初めに交渉してから注文した方が良いです。黙っているとボッタクられます。ちなみに町中食堂なら15元程度です。ロケーションが良い場所にあるますので、利用するにはもってこいですので、気を付けてください。


▲ 13:28、帰りの石炭列車です。この辺りは菜の花満開が絵になる撮影地ですが、7日前後来るのが早すぎたようです。それでも昨年は農地の区画整理があって、荒れていましたので棚田が見られるだけでもまあまあと納得しました。

▲ 芭石鉄道沿線には桜も咲いている所があります。陽の当たりも良く菜の花も満開でお気に入りの場所ですが、列車が見えるのは木々の間からです。16:05、第3次定期列車が降りてきました。
▲ 17:15、いつも霞の中で、夕日など無縁の芭石鉄道にも珍しくその時がやってきました。夕日に染まる水田を見ながら石炭列車が降りて行きました。

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▲ 18:11、陽も沈み、今日最後の撮影でした。崖を上って待ちましたが、残念ながら上り勾配ながら煙が出ません。今日は日差しが良かったので気温も一気に上がりました。菜の花満開で、日差しも欲しいと望むのは中々難しそうですね。

今日の陳民宿の宿泊客は私一人でした。明日明後日も天候に恵まれるように祈って休みました。


【19024】2012年冬から春への中国鉄路一人旅 Part19  重慶から芭石鉄道へ

第23日目 3月12日
① 重慶北 8:00(D5101次)→9:55成都東
② 成都東駅10:22(Bus91路)→11:25石羊バスターミナル
③ 石羊バスターミナル12:00(高速Bus)→14:15犍為南門バスターミナル

今日は、毎年恒例となった菜の花咲く芭石鉄道へと向かいます。朝1番の高速列車で新しくできた成都東駅まで参りますが、いつもの成都駅と違って、初めての下車駅です。ここからどうやって犍為行きのバスが出る成都市内の石羊バスターミナルまで行くか課題でした。


▲ 重慶駅に隣接した食堂で朝食、平打ち麺の朝食。毎日のように食しましたが、薄味で辛くなく安くて一人旅にはもってこいです。

▲ 重慶北から成都東まではCRH1型が使用されています。最高速度は、195km/hとおとなしい走行でした。

心配していました石羊バスターミナルまでの交通機関は成都空港に行くバス(91路)が経由すると駅員から聞き出せましたので、駅前ターミナルから乗車しました。

▲ バスは市内の外環線に沿って、約1時間を走行して、石羊バスターミナル横の道路際に着きました。途中下車ですので、バス内ではウトウトもできず、停車する度に掲示してある現在の停留所名を望遠レンズを覗いては、確認していました。
犍為までの高速バス代は、なぜか毎回異なる67元でした。
今日のバスのおともは、写真のとおり、成昆線同様の可愛い20才のお嬢さん。
高卒後は广州で働いていたが、今は給料が2,500元(約3万円)と、良いので成都近郊都市のブティックに替わったそうです。芭石鉄道沿線の三井にご両親が住まれているので、今年2回目の里帰りの途中とか、日本人と会うのは初めてですと、質問の嵐です。電子翻訳機を取り出して、 返答していました。おかげで2時間もの長くて単調な高速バス乗車も楽しい旅になりました。ありがとうございました。座席ですが、切符購入時に指定されますので、こういったことはたまたまです。

犍為到着は、午後2時を過ぎましたので芭石鉄道石渓駅の2時半の列車には間に合いません。次は5時半発ですので、インターネットができる犍為に飛び込みで宿を取りました。
芭石鉄道は明日1番列車(6時発)に乗ることにしました。


【7018】芭石鉄道 冬編 反省とご案内

今回は、相棒の都合もあって、出発・帰国日がガチガチの8泊9日の、芭石鉄道への初めての旅でした。そのため、成都到着後は、インターネットで調べた、下記の旅行社ツアーを利用しました。
http://www.tf-travel.com/guanguang/tds.html
日本からのツアーもありますが、個人で手配するのに比べると、中身が濃い代わりに、融通性がなく、料金もそれなりになります。しかし、中国語が全く話せないとなると、一人で行くのは、かなり難しくなります。

それでも、電子辞書を片手に、行ってやろうとされる方々へ、私の反省をこめて、ご案内させていただきます。
と、思っていて、買い物に行ったら、本屋で『地球の○○方・’09-’10、成都・・・』に訪問方法が掲載されていて、びっくりしました。もうすっかり、メジャーなんですね。買って読んでみましたが、現状とは違っているところもありますので、最新版をまとめます。

現地2日目に、D300に装着したSDHCが粗悪品で、『トホホ』となった時に、予備に撮っていたHDDムービーです。

【日本からのアクセス】
日本の成田・関空から成都までは、直接の直行便は、ありません。中国国内空港を圣由しますので、約8~10時間かかります。当日の夕刻には到着しますが、芭石鉄道近くの楽山市まで行くのがやっとでしょう。知らぬ外国で、夜間移動は、禁物です。一旦、成都での宿泊が無難です。

日程に余裕があれば、私と同様に、一旦北京で宿泊して、翌日に北京西駅からのT7列車、約26時間乗車をお薦めします。移り行く車窓の見応えは、充分あります。また、食堂車で、その車窓を見ながら、本場の四川料理を味あえる楽しみもあります。芭石鉄道への旅を始めるには、最も相応しいと思いますが、問題は、軟座寝台切符の入手方法です。

私は、何とかしましたが、現地で知人でもいないと、困難です。インターネットで、頼める方法もありますので、研究して下さい。ダメな場合は、ご一報いただければ、購入方法をご提案させていただきます。但し、春節(旧正月)、国慶節(10月1日)、黄金週(5月連休)は、余程前に予約しないと、確保は難しいです。また、法外な手数料を覚悟する必要性があります。

【成都からの楽山へのアクセス】

初めての方、中国語ができない方は、現地旅行社に頼むのが、無難です。乗り鉄なら問題ありませんが、現地での撮影を望まれる方は、引率者の力量次第となります。
独自で行動される方は、『地球の○○方・’09-’10、成都・・・』を、購入ください。

但し、どちらにしても、大敵は、成都盆地特有の『霧』です。ほぼ、日常的に発生しています。晴れた日にめぐり合えるのは、年に数回のようです。成都からのアクセスも、記載されているのは、環境が良かった場合です。まず、遅れる事は、必至と考えていたほうが言いと思います。

私の場合で、成都市内のホテルから、芭石鉄道の出発地、石渓站まで、チャーター車で、約5時間30分(昼食休憩55分含む)かかっています。復路も事故で、同じくらいでした。

バスで行かれる場合は、市内のホテルから、石羊客運站、または成都旅游客運站(バスターミナル)に行きます。約20~60分程度は必要です。

ここで、20~30分間隔で出発する楽山市行きの中型バスに乗車します。約136km、遅れなければ、高速道路を走り、約2時間強で、到着します。人口133万人の大きな街です。朝に出れば、丁度、昼ぐらいに着きますので、レストランも多いです。ここで、食事をされた方が良いです。

【楽山から石渓站へのアクセス】
ここから、石渓站までは、約55km、迂回路のない片側1車線の1本道です。楽山からのバスは、犍為行きです。10分間隔で運行され、約70~80分は必要です。犍為からは、またコミュニティーバスに乗換えが必要です。面倒ならタクシーで向かったほうが、石渓站まで乗換えなしで、到着できます。

午後の列車の出発は、14:00です。バスなら、到着時刻に不安がありますが、タクシーなら、まず大丈夫です。料金は、100~150元(1400~2100円)程度だろうと思われます。

【現地での宿泊】
楽山市には、宿泊施設がたくさんありますが、石渓までは、1時間以上必要です。乗り鉄なら、問題ありませんが、撮り鉄となると、犍為で宿泊するか、芭石鉄道沿線駅近くに宿泊しないと、撮影は困難です。食事別で、30~50元(420~700円)で、宿泊できます。私も、次回3月の菜の花シーズンは、芭石鉄道沿線に宿泊予定です。

【列車ダイヤ】
1月でも、結構観光客がいましたので、菜の花シーズンは、かなり多くなると思われます。早めに駅に行って、切符を買わないと、満席お断りもありのようです。同業者が多くなると思われます。2010年1月の列車ダイヤを作成しましたので、ご参考して下さい。早延着がありますので、ご注意下さい。尚、現地では、必ず運行状況をお尋ね下さい。


【旅費】関空以降、2名で行った場合の1名分
1、国際線航空券 関空~北京 JAL             57,420円
2、現地、芭石鉄道ツアー料 3泊4日             45,000円
3、北京2泊・成都1泊3朝食込みホテル代          16,870円
4、北京~成都 運賃・現地タクシー代            27,840円
5、現地、飲食費                         10,500円
6、その他、雑費                          9,430円
                      合計          167,060円

今回は、往路・復路共日程変更ができませんでした。そのため、国際線航空券は、正規運賃では、安いWeb悟空を購入しました。
現地ツアーは、通訳、チャーター車、運転手、3泊分ホテル代・食事代<朝3・昼2・夜3>、2日分鉄道運賃を含んでの金額です。1人で行っても、2人分必要です。ホテルの宿泊代も、1室料金ですので、同様です。

無駄遣いは、あまり気にせず、飲食も適当に、極めてナチュラルに過ごしました、8泊9日の全旅費です。現地ツアーを頼まなければ、20,000円ぐらいは、安くなりますが、移動に余分な時間がかかりますので、難しいところです。
もっとも、日本から、旅行社に頼むと、6泊7日で、25万円前後しますので、かなり安くはついたろうと思います。

治安は、用心さえ怠らなければ、問題ありませんが、何かと、予期せぬ事が起こるのが、旅先です。そんな時は、運が悪かった。仕方がないと諦めて下さい。私は、悪運に慣れていますので、いつも、そうしています。
では、お気を付けてお出かけください。

私は、菜の花が満開となる3月上旬頃には、向かう予定です。今度は、近くのナローゲージ電気機関車が走る沫江煤電も、訪問予定です。また、現地のWebサイトを見ていましたら、報道が皆無な専用線のナローゲージも近辺にあるようですので、下見に行ってこようと思っています。广州~武漢を走る新幹線にも乗車してみたいので、次回は楽しみ満載です。
相乗りは、大歓迎しますので、ご希望の方がおいででしたら、コメント欄にご記入下さい。追って、ご案内をします。


【6740】冬の芭石鉄道へ Part10 撮影最終日も『トホホ』

第6日目 2010年1月3日
① 犍為天波大酒店8:30-(チャーター車)→8:50石渓站9:32-(第2次)→10:01蜜蜂岩駅
② 蜜蜂岩站12:45-(バイク)→石渓站-(チャーター車)→13:20飯店14:00-(チャーター車)→18:50成都 
今回、最後の撮影日です。いつものように、朝起きて窓の外を最初に見ますが、滞在で1番の濃霧です。日頃の行いを悔やみますが、こればかりは、どうしようもありません。今日は、撮影後石渓站から成都のホテルまで戻りますので、スーツケースをチャーター車に積み込んでの出発です。
8:50石渓站に到着後、ゆっくりと時間が取れたので、構内を散策できました。

遅れましたが、これが、切符売場と待合室です。でも、待合室に待つ人はいません。みんな、ホームでたむろしているのが、日常的です。

観光客車の車内です。綺麗ですが、室内灯はありません。一般客車は、ロングシートです。これでも、窓上には、番号が記載されている座席指定車です。左下は、有名な家畜も運ぶ車両です。

今日の第2次は、№9(機関車)+№10(テンダー車)+12+9+15+16の一般客車と観光客車№2の5両編成です。連休最終日とあって、1番空いていました。

胡小姐は、今日のダイヤを聞いています。第1日目に聞いた時は、今日は観光列車が運行しない日でしたが、走りますとの返事を聞いてきました。ラッキーです。2本は撮れます。
発車後、ビデオで走行を撮りますが、市街地を抜けると、益々霧は濃くなりました。


蜜蜂岩站を発車する、第2次。背景は、霧で見えません。下は、相棒の写真です。

列車が走り去ると、いつものように、火床から落とした石炭ガラを求めて、村人がひらう光景が見えます。そして、竹を蜜蜂岩站へと運ぶ、人力台車が降りてきました。

10:01蜜蜂岩站到着。相棒は、発着風景を撮りたいと言うので、ここで分かれて、絶壁の岩が出口にある、第5トンネルへと向かいました。

まず、折り返しの第2次を撮ろうと、待ちましたが、シャッターを押しても、切れません。『???』の世界です。試しシャッターは、確認したのですが、肝心の時に、濃霧が原因なのか、AFが正常に作動してくれません。以前のD300には、こんな事はありませんでした。

左のカットで試し撮影は、出来ましたが、肝心の列車通過時に、シャッターが切れません。AFをONにしたのが間違いでした。霧のある日は、濃淡が少なく、AF機能に障害が出るようです。代わりに、胡小姐が撮ってくれた写真を掲載します。

設定をいじくったのが、原因と思っても分りません。今日も『トホホ』です。仕方ありません。以後、全ての高機能を解除して、全マニアルモードに変更しました。
 

 

そして、観光列車を待ちました。山間に、待ちに待った、ドラフト・汽笛が響き、カメラを構えますが、今度は、列車は来ません。どうして、『???』です。

胡小姐に聞きますが、彼女も『???』です。そうだ、昨日もらった蜜蜂岩站の民宿の名刺があります。聞いてみて欲しいと言って、電話をしてもらうと、SLは、確かに来たが、戻って行ったとの返事です。線路際を走ってきた、バイクを呼び止めて聞いてみましたが、同じ返事です。

撮影しようと、待ち構えたカットです。霧が晴れれば、列車が来れば、希望の写真が取れるのですが・・・。

これは、来るわけないと判断して、蜜蜂岩站へと戻りました。途中に相棒がいて、聞くと、SLは、ここまで来て、貨車のレンガを降ろして、返ったと言います。



また、相棒が撮った写真です。観光列車のダイヤを利用して、石渓站からレンガを輸送したようです。相棒は、こんなにたくさんのレンガをどうするのと、聞いています。胡小姐は、これで家を造りますと、答えると、誰が造るのかと、聞きなおします。家の人が自分で造るのと、言われると、『ええ~』です。

田舎では、自分でレンガを重ねて、家を造ります。支柱は鉄筋を入れていますが、わずかで、大地震があれば、あっけなく崩れて大惨事をもたらす事は、必至ですが、耐震建築方法は、知りません。

胡小姐が、今日朝、石渓站で聞いた事は、間違っていたのです。と、すると、我々が石渓站まで戻る、観光列車がありません。次は、15:58蜜蜂岩站発の列車です。我々は、それでも良かったのですが、胡小姐は、19:30までにホテルへ着かないと、キャンセルとみなして、部屋がなくなる。それでは間に合わないと、必至に言います。

とにかく、蜜蜂岩站まで歩きました。13:40着、ここから、石渓站まで歩くと、約10キロ近く、約2時間は、かかります。我々は、そのつもりをしましたが、胡小姐は、民宿のオーナーと、何やら交渉しています。

そして、ここでは、食事も取れないので、今から戻ります。民宿のオーナーが、今、バイクを持っている友達に電話をしてくれています。石渓站まで、送ってもらいますと言いました。

台湾に続いて、2回目の体験です。バイクの後ろに乗って、芭石鉄道の線路沿いの狭い、犬走りを走ります。直ぐ横は、谷底の場所も多くあります。スリル満点の下山でした。

日本より暖かいとはいえ、5度程度です。走り始めると、結構寒くなります。帽子、サングラス、マスク、ホカロン、手袋と、防寒対策のおかげで助かりましたが、何もない胡小姐は、降りると、何度も何度も『寒い、寒い』と半泣き状態で、寒さに震え上がっていました。直ぐに、ホカロンを渡してあげましたが、食事に行くまで震えていました。



石渓站
で乗換えたチャーター車に乗って行った食堂も、昨日の民家と同様な、地元の家庭料理で、これには、相棒も大感激で、またまた、厨房に入って、調理方法を見ていました。
私も普段は、家で昼夕とコックさんですので、新しい調理方法やメニューが増えました。

これで、ゆっくりと成都に戻れると思って、暖かい車内でウトウトし始めたら、大渋滞に遭いました。原因は、交通事故です。楽山→成都への道路は、片側1車線の迂回路のない1本道です。全く動きません。痺れを切らして、前を歩いていくと、運転席が潰れたトラックが、進路を遮断しています。おまけにその先の車線には、反対方向から来る車で溢れています。自分勝手が多く、交通マナー等考えないドライバーが多い中国です。これでは、先へは行けません。

白バイも来ていますが、お手上げ状態です。どう解決するのかと、思っていたら、約1時間半後、壊れたトラックを移動させて、反対側車線を動けるようにしてから、ようやく渋滞を解除しました。

楽山からは、高速道路を猛スピードです。行きは濃霧、帰りは、交通事故渋滞に巻き込まれて、約5時間をかけて、18:50、成都に到着しました。


成都では、今までとは違って、立派なレストランで、本場の麻婆豆腐等の四川料理を堪能しました。胡小姐のお薦めで、四川演劇観賞、按摩と旅の疲れを癒し、ゆっくりとしました。


【6707】冬の芭石鉄道へ Part9 竹の香り

投稿前に準特急先輩の『電車は4両がええ』を読ませていただいておりましたが、私の小学生時代は、校庭から、阪急と国鉄の両方が見え、阪急京都線は、まだ2両編成が走っていました。一方の東海道線は、SL全盛期で、汽笛と共に、白い煙をはいて走っている列車を、いつも見ていたのを思い出しました。
当時は、我が町も人口1万人強の田舎町で、田畑が殆どでしたので、何処からでも、こんな光景を見る事ができました。    

第5日目 2010年1月2日
① 犍為天波大酒店8:40-(チャーター車)→9:10石渓站9:27-(第2次)→10:22菜子埧站

② 菜子埧站-(徒歩)→蜜蜂岩駅
③ 蜜蜂岩站18:03-(観光列車)→18:35石渓站  
道を歩き、未舗装の凸凹道に出ると、殺風景な集落が続いていました。胡小姐は、その中に建つ2階建ての民家に入っていきました。いったい、どうするのでしょうか?

見れば、雑貨店です。胡小姐は、何やら交渉をしています。そして、『丁度、お昼ご飯の準備をしているそうです。家族の人と一緒に食べてもいいですか?』と、聞いてきます。原住民の方の食事をいただけるとは、感激です。勿論、OKを出しました。

外で、一服していると、バイクに乗ったお姉さんが、『マントー=蒸しパン、ラオメン=パン』と、大きな声で走ってきました。バイクには、箱が取り付けてあります。”老面”と書いてありますが、麺類ではありません。中華風パンの1種です。農家からは、親子連れが出てきて、買っています。ここでは、屋台はありませんが、行商があるのですね。

雑貨店の厨房を見ますと、相棒は興味ぶかく調理を覗いています。

春節用の貴重な食材を追加しての料理の数々でした。相棒は、沖縄料理と食材も、味も似ていると、美味しいと、喜んで食べていました。

ご飯には、サツマイモが入っていました。楽山と同様の木桶に入れた米を中華なべに入れて、蒸しあげますが、日本と違って、粘り気のないパサパサ感のご飯です。  
  

聞けば、以前にSL撮影をしていたドイツ人が、何か食べさせて欲しいと来て以来、2度目の外国人との食事だと言っていました。

満腹感があると、落ち着くものです。リックサックに予備のCFカードを入れておいた事を思い出しました。1GBですが、午後からの撮影には、充分です。カメラが生き返りました。

丁重にお礼を言って、撮影地に戻りましたが、今回の旅で、1番印象深い食事でした。

胡小姐が言う時間になっても、中々列車は来ません。昨日、運行表を写したことを思い出しましたが、宿に置いたパソコンの中にあります。悔やみましたが、どうしようもありません。
後で確かめたら、列車は、終点で直ぐに折り返して、石渓站に戻ったようでした。一日何本も撮れません。貴重な撮影チャンスを失いました。

待ち過ぎたために、次の定期列車は、同じ場所でしか撮りようが、ありませんでした。


14:46、定期の第3次が、朝乗車した同じ編成でやってきました。

撮影後、菜子埧站に停車した列車は、中々、発車しません。何処からか乗客が集まり、列車に向かって、ゆっくりと歩いています。ダイヤは関係ありません。急がすふうでもなく、乗客を待っての発車です。ここでは、ゆっくりとした時の流れを、体感できます。

蜜蜂岩站へ向けて、歩きました。途中、蜜蜂岩站に留置してあった、貨車に積まれた、同じ竹が、線路脇に集められていました。15:18、ここで、昨日乗車した観光列車との写真を撮りました。
この竹の1束、5元=70円で引き取られるそうです。用途は、経済発展進む都市のビル建築の足場として、使用されます。

№10(テンダー車)+№9(機関車)+13+12+9+15+16(客車)+2両(観光客車)
ご覧のとおり、こちら側に乗降口はありません。車体番号も同じくありません。

15:30、第5トンネルに到着。ここで、撮りたかったのですが、列車は、既に通過済みです。次の列車は、18時過ぎで、暗くて、また待っていては、帰れません。仕方なく、短いトンネルを抜けて、帰りの定期列車を待ちました。
15:58、警笛とドラフト音が、山間にこだまして、第3次が返って来ました。ただ、編成は、往路と同じではなく、後部に2両の観光客車を連結した7両編成でした。


16:20竹の香りがする線路際を歩き、スイッチバックの蜜蜂岩站に到着。18:00に出発するであろう観光列車を待ちました。

蜜蜂岩站に留置してあった客車と貨車です。竹を満載した貨車があるという事は、貨物か混合列車が運行されると思いますが、ダイヤは、その都度の不定期らしいです。聞いても、定期列車が、早遅延が、日常的です。確かの事は、分りません。ここでは、沿線にある竹と同じく、列車の通過する時の、風を待つしかないのでしょう。

蜜蜂岩站駅舎には、2009年版ですが、10月1日からの国慶節(建国記念日)休みと5月1日のメーデーを挟んでの労働節休みの時刻表が、貼ったままになっていました。ほぼ、今日の運行と同じです。観光列車は、不定期です。これが、走る時が、効率よく撮影できます。

これらの休暇期間は、春節休みと同様に、約2~3週間前に、毎年、政府から発表されます。この期間中は、行政機関や銀行の業務は、停止します。会社関係も休みますが、都合で出社を命じると、3倍の給与を支給しなければならない法律があります。


民宿の連絡先です。誰か中国語の堪能な方を通じて、予約をされたら良いと、思います。

時間が充分ありましたので、胡小姐の通訳で、構内の民宿のオーナーと、話をして、部屋を見せてもらいました。3室(5人用と、3人用2室)あります。列車本数が、通常4往復だけです。犍為に宿泊すると、移動もこの列車になりますので、朝晩を走る列車を撮るには、ここに宿泊するのが、1番です。菜の花シーズンは、満室になると言っていましたので、挑戦される方は、ご予約を早目がよさそうです。

17:52、珍しく定刻どおり観光列車がやってきました。ビデオを撮っていたので、写真がありませんが、№10(機関車)+№14(テンダー車)+6+2+4+8(観光列車)の4両編成でした。

胡小姐の言うとおり、最後部車両へと行きますが。乗務員は、ここは満席だから前の車両に行けと、攻撃的に命じます。切符は、最後部車両ですが、乗務員はガンとして受け入れません。仕方なく、指示に従いました。

18:03、夕闇が迫る中、上下左右に車体を振りながら、来た道を下りていきます。
18:35、定刻5分遅れの、石渓站到着でした。

今日は、『トホホ』で泣かされた日でした。夕食は、あっさりと、野菜料理を求めました。
明日は、撮影最終日です。石渓站から成都まで、約4時間は必要です。夕刻前には、石渓站に、戻っていないと、いけません。帰りの列車は、明日ダイヤ確認後、決める事にして、早寝しました


【6667】冬の芭石鉄道へ Part7 『トホホ』のスタート

第5日目 2010年1月2日
① 犍為天波大酒店8:40-(チャーター車)→9:10石渓站9:27-(第2次)→10:22菜子埧站
② 菜子埧站-(徒歩)→蜜蜂岩駅
③ 蜜蜂岩站-(観光列車)→石渓站

6:30、今日は、1日中、芭石鉄道を撮影します。張り切って起床し、部屋の窓の外を見ますと、昨日と同様に、霧です。四川盆地特有の気象ですが、とりわけ大渡河沿いのこの辺りは、霧発生が日常的だそうです。何とか、撮影時には、晴れて欲しいと祈りながら、石渓站に向かいました。

途中で、昨日、石炭ガラが目に入って、眼の痛みがひかないのを、心配した胡小姐は、病院に寄ってくれました。同じ症状の患者が多いそうで、目を洗浄してもらいますかと、聞いてくれましたが、芭石鉄道撮影を優先したいので、丁重に断りましたが、しかし、その後も、ゴミは取れず、北京に着くまで、痛みが続きました。

今日は、サングラスとマスクは忘れず、ホカロンも衣服に付けて、準備は万全と思っていましたが、昨夜、今までの撮影をパソコンにバックアップした際に、CFメモリーをカメラに戻すのを、忘れてしまっているのに気づきました。しょっぱなから、また、『ドジ』を踏んでのスタートでした。

しかし、今回の旅のために、デジタル1眼レフを、NIKON-D300からD300Sに買い換え、パワーアップしました。以前のようにCFカードのみの使用から、主流のSDカードも併せての使用が可能です。これで、RWA+JPG画像に分けての使用ができるようになりました。

SDカードは、上海の電器屋街で格安で購入したSD-HC16GBが、入っています。試しに、連写をして、撮影後のモニターを見て確認しましたが、問題ありません。

併せて、カメラにGPSを装着しました。何処で撮影したかを、自動的に記録できます。撮影後、パソコン上で、インターネットの地図にリンクしますので、世界中、何処で撮影したかを記録し、見る事ができます。これは、便利で、優れた機能です。
この写真、どこで撮ったかなと言わせない、優れものです。

もっとも、カメラ本体に、数多くの機能が増えたので、全て理解して、使いこなすのは、大変な苦労です。アナログ世代に育った私にとっては、便利な機能が、まだ分っていません。

何度、説明書を読んでも、老朽化した頭では、時間がたてば、忘れてしまっているので、設定を間違い、シャッターチャンスに、シャッターボタンを押しても、切れない事も、しばしば発生します。『トホホの世界』に入り込んで、高機能を解除して、マニアルモードで撮らなければなりません。まさに『猫に小判』状態です。


今日の最初の撮影地は、菜子埧站付近です。生活感漂う石渓站から、定期の第2次に乗車して、向かいました。


試しに、GPSで見ますと、この位置になります。

№9(機関車)+№10(テンダー車)+13+12+9+15+16(客車5両)の編成

9:27、交換の小型ELの牽引する、石炭列車が到着後、定刻より3分早くの発車です。

客車の窓は、ガラスではありません。落とし込み式ですので、寒くても、明かり窓で走ります。

希望の最後尾に乗車して、連写です。

今日も屋台が並ぶ、躍進站。石炭を運ぶコンベアー橋をくぐると、山間を走ります。

10:00蜜蜂岩站着。SLの方向転換が行われ、10:07、発車、10:22菜子埧站着
ここで、後続する観光列車を撮影するため下車して、約1時間を待ちました。

11:39、山間にドラフトがこだまして、観光列車がやってきました。夢中でシャッターを切りましたが、NHKです。何か手ごたえがありません。モニターを見てみると、何も写っていません。え~どうして、『???』。

原因は、SD-HCカードです。高速連写に書き込みが追いつかなかったようです。ケースもラベルも、メーカー品でした。購入の際に、容量は確認したのですが、中身は、偽物の粗悪品でした。やはり、中国で購入する物には、格安なだけに、リスクがつき物です。分っているのに騙されます。
メモリーカードのないカメラは、いくら高性能でも、ただの箱です。今日も『トホホ』のスタートで、がっくりと肩を落としました。

代わりに相棒が撮影した写真です。
№10(機関車)+№14(テンダー車)+1+3+5+7(観光客車4両)

胡小姐が、『次の列車まで、時間があります。昼食にしましょう。』と、言うので、先行する相棒の後を、重い足取りで付いていきました。しかし、この山奥の農村に食堂があるとは、思えません。狭い農道を行くと、未舗装のやや広い凸凹道に出ました。


【6416】冬の芭石鉄道へ Part6 蜜蜂岩站→黄村井站乗車

今日は、阪神大震災から、15年目を迎えました。私ごとで、申し訳ありませんが、当時、私は、勤務していた会社の神戸支店の責任者として赴任して、業務も順調で、意気揚々としていましたが、突然の惨事に啞然とするばかりでした。

鉄道網もズタズタとなり、5日後、三田からの神戸電鉄が開通したので、地下鉄新神戸駅圣由で、市内へと、行く事が出来るようになりました。徒歩で、三ノ宮に近づくにつれて、目の前に拡がる光景は、想像を絶するものでした。

高校生時代にも予兆がなかった突然の心臓発作で倒れ、10分搬送が遅れたら死んでいたと言われた経験を持ちます。人間、何処でどうなるか分らない。人生は、1回のみ、一瞬一瞬を大切に生きようと、あらためて思った日でした。
こんな日に、神戸と同様に、四川大地震で大被害を受けた地の、紀行文を書くのは、自然と力が入ります。

第4日目 2010年1月1日
① 成都クラウンプラザ8:30-(チャーター車)→13:50石渓站14:30-(観光列車)→15:08蜜蜂岩站15:20-(観光列車)→16:20黄村井站
② 黄村井站17:35-(観光列車)→石渓站18:45-(チャーター車)→19:15犍為天波大酒店

15:20、地形上、カーブできる土地がなく、やむなくスイッチバックとなった蜜蜂岩站を発車しました。進行方向を逆に変えた列車は、Y型になったポイントを渡り、石渓から来た線路を左に見ながら、山の斜面に沿って、大きく右にカーブします。そして、路線最大の36.14‰の急勾配を必死に駆け上がっていきます。

短い手掘りの後が残る、第5トンネルを抜けると、右手に絶壁の高い岩壁が見えます。欧米ファンが好む撮影地です。この辺りからは、カーブまたカーブで、ゆっくりと登り坂を走ります。

15:30蜜蜂岩站から3.2km、左手に春には、菜の花が一面に咲く、段々畑で有名な撮影地の大カーブを、左に大きく曲がりますと、菜子埧站がありますが、通過します。人家も多くなってきました。


15:38菜子埧站から2.0kmを走り、列車交換できる仙人脚駅に到着しました。ここで、石渓站を30分前に出た定期列車の折り返し便と交換待ちで、しばしの停車をしました。

ホームはありませんが、線路横には、駅舎と間違う雑貨店があります。駅の周りには、集落が広がっています。
15:53、定期列車が出た後に、発車しました。

15:58、コンクリート造りのトイレとホームが見え、停車しました。付近に人家がないので、定期列車では、停車しない、観光列のみの站だそうです。

胡小姐が、みんな降りて撮影しますと言いますので、降りますと、列車は、築堤を逆走して、警笛を鳴らし続けながら、勢い良く煙とドレインを出して、戻ってきました。陽がさして、運が良ければ、ドレインに虹が出る、芭石鉄道一の撮影ポイントとなっています。

お立ち台も整備されていて、全員がカメラを向けます。残念ながら、この日は、曇っていましたので、虹は出ません。
観光列車のみのサービスですので、こられる方には、乗車をお薦めします。3月には、段々畑は、菜の花が咲き、右上の站の壁の写真のような光景が拡がるそうです。

16:08 交換設備のある焦埧站を、最徐行で通過しました。站を過ぎると。使われなくなったホッパーを左に見ながら、加速していきます。しばらく行くと、かなり長い第2、第1トンネルを連続してくぐりました。通過中、車内は、真っ暗です。時折、トンネル内の裸電球で、車内が明るくなりますが、一瞬です。


站に掲示されていた時刻表です。1日4便の定期列車です。芭溝站か、蜜蜂岩站近くの宿に泊まらなければ、効率的な撮影は難しそうです。

16:12 トンネルを抜けると、直ぐに芭溝站着きました。ここで、大多数の乗客は降りていきます。
かつて、芭石鉄道は、国営の嘉陽集団により沿線炭鉱開発の輸送として、1959年に開業されました。最盛期には、10,000人余りの炭鉱休業者家族が居住した町でしたが、炭鉱閉鎖によって、会社も去り、今では約3,000人に衰退しました。

職を失った労働者は、出稼ぎへと出て行き、老齢者の町となっています。そのため、古い町並みと芭石鉄道を観光名所として、売込みを図っています。

16:14 終着駅に向けて、芭溝站を発車。眼下に古い町並みを見る事ができます。


16:20、運行表の定刻に5分遅れて、黄村井站着でした。残っていた観光客は、ホームから橋を渡って、炭鉱服に着替え、炭鉱見学ツアーへと行きます。観光料金は、50元(=700円)だそうですが、我々は、何の興味もないので、パスしました。

胡小姐は、ここから溝站まで歩いて、芭溝の古い町を散策に行こうと誘いますが、我々の興味は、線路の先に見えるホッパーと、その上にあるトロッコ集団です。こちらを選択しました。

帰りも来た観光列車に乗らないと、次の一般列車は、18:45です。発車時間は、17:20と、確認して、向かいました。

登ってみますと、トロッコしと、ナローゲージより狭い380㎜の軌道がありました。
インクラインは、石を上に上げるようになっていましたが、はっきりとは、分りません。

ホッパーは、上のトロッコから石炭を落とす原始的な物で、トロッコを見ていると、炭鉱の責任者が来て、相棒が質問する事に答えてくれています。こういった時は、通訳がいると、詳細を聞けるので、ありがたいです。私の片言では、通用しません。
この炭鉱は、この地区でも最も古い物で、トンネルの壁は、石造りです。この先、1500mが採石現場だそうです。

相棒の撮影です。かれは、こんな風景を気に入っていました。

17:35
、炭鉱見学者が、遅くになったので、定刻を15分遅らせての発車です。列車は、日暮れが近い帰りの坂道を下りていきます。
18:08芭溝站以外の途中站は無停車で、定期列車が交換待ちをする、蜜蜂岩站に到着。
18:11、定期列車が、黄村井に向けて発車した後、大急ぎで、SLの方向転換を行い連結して、下山しました。

18:28躍進站到着。18:30躍進站発車、18:45、定刻には15分遅れで、暗闇になった石渓站に着きました。往路は、1時間50分。復路は、1時間10分の芭石鉄道全線19.8キロ乗車の旅は、終わりました。

相棒のたっての希望で、羊肉料理店に入り、食べた夕食です。羊の内臓と地元野菜が入った鍋料理です。味は、彼のご両親の出身地、沖縄の料理と、全く一緒で美味しいと、うんうんと、言いながら食べていました。

今夜の宿は、基本ツアーでは、楽山市のホテル泊でしたが、前もって、石渓站に近い、犍為のホテルに変更しておきました。石渓站前からは、チャーター車に乗って、約30分で、天波大酒店に着きました。

3つ星ホテルですが、部屋に入ると、窓が開けっぱなしで、寒く、また、バスタブなしで、ぬるいお湯のシャワーです。亜熱帯に属して、冬でも10度前後で、京都よりは暖かい所ですが、慣れてくると一緒で、夜間は寒く感じます。寛容な性格の相棒も、これにはクレームを入れました。

明日は、9:30石渓站発の第2次に乗車して、今日決めた撮影地を目指します。胡小姐には、今日と同じく、8:30ロビー集合と打ち合わせをして、早め、ベットに入りました。


【6373】冬の芭石鉄道へ Part5 石渓站→蜜蜂岩站

第4日目 2010年1月1日
①石渓14:30-(観光列車)→15:08蜜蜂岩

13:50芭石鉄道の石渓站に到着しました。既に、乗車予定間際の14:00発車の第3次は、どの車両も満員で、立っている人もたくさんいます。すし詰め状態で、押し込まないと、乗れません。


石渓站の壁にに大きく貼ってあった、花咲く春の芭石鉄道です。こんな写真を見ると、この頃には、また来て見たくなります。

ご覧のとおりの押し込み状態です。これでは、ただ乗るだけで、やっとです。

通訳兼ツアーコンダクターの胡小姐は、今日の運行予定確認に行ってきました。そして、『この列車は、満員なので、30分後に、座れる観光列車が出るので、そっちにしません?』か、聞いてきました。今日は、全線乗車で撮影地視察の予定でしたので、座っていける観光列車にすると、返事しました。この判断は、後々正解でした。

第3次の発車前に、躍進駅から来た小型ELの牽引する、石炭列車がやってきました。その後、小さいくせに大きな汽笛を鳴らして、発車しました。
7両の客車を牽引して、石渓站を出発する第3次。上の写真は、M・K氏撮影。

№9号機の牽引する第3次。後で分ったのですが、テンダー車は、№10と書かれていました。これって、なぜなのでしょうか? 今回は、一応、機関車番号を優先して、記載します。

第3次の発車シーンを撮り終え、ゆっくりとホームを見ると、まだまだ、人がいます。中国人団体観光客も多いようです。世界的には、有名な芭石鉄道ですが、観光列車が運行され、専用客車まであるとは、現地に来るまで知りませんでした。ましてや、中国人が、芭石鉄道に乗りに来る観光ツアーまであるとは、驚きです。

胡小姐の話ですと、連休で観光客も多いので、普段は運行しない観光列車を、今日と明日は、運行する。3日目は、様子を見るが、ダメでも定期列車に観光用車両を連結すると言っていましたが、予定は、限りなく未定に近いのが、この国の常識ですので、毎日確認するように言いました。




観光列車の編成は、№10号機(機関車)+№14(テンダー車)+8+4+2+6の4両編成客車。一般列車とは違って、ベンチ式クロスシートの座席と、窓ガラスが完備されていますが、車内灯は、ありません。



№10号機の運転席にあった運行表です。帰国後に、訳してみましたのが、上の表です。1日2本の観光列車があって、それぞれ運行予定が異なっています。現地で、通訳さんに訳してもらっておれば、効率的に動けたのにと、反省しました。

我々の乗車する車両は、最後部です。展望デッキもあって、これは最高です。発車間際に機関区から、入場厳禁と表示された車庫から、№14号機(機関車)+№9(テンダー車)が、側線を走って来ました。どうしたのかなと、前頭部を見ると、№10号機の前に連結しました。思いもしなかった重連です。前方へ撮りに行きたいのですが、直ぐの発車でした。

№14号機+№10号機の重連! インターネットや写真集からも見た事がありません。走行写真を是非とも、撮りたかったです。

14:30、定刻に発車。それならと、ハイビジョンムービーカメラを取り出して、身を乗り出しての動画撮影を始めましたが、用意しておいたサングラスと、マスクを車に忘れてきましたので、石炭ガラの細かい燃えカスが、飛んできて目に入ってしまいました。簡単に取れません。瞬きする度に痛みが出ます。今回も、初めから、アクシデント発生です。いつも、ドジばかりで、情けなくなります。

仕方がないので、身を乗り出すのは止めて、手だけを出し、液晶画面を見ながら撮影しました。
出発してから、上り勾配と、山の斜面を切り抜いたS字カーブの連続です。段々畑には、野菜がこれでもかと植えられています。農家も玄関を線路に向けて、線路近くにあります。

架線区間を走行しますが、電柱間には、ロープが張られていて、洗濯物が干してあります。線路横の犬走りは、通行人が大勢歩いています。その都度に、警笛を鳴らし続けて、走りますので、最高です。さすが、平行する道路がなく、この鐡道のみが、沿線住民の足であり、生活道路でもある事を実感できます。

観光列車ですので、ホームのない『幺炭坥站』は、通過しました。第6トンネルを抜けて、30~40km/hで快走しますが、ガタゴトと左右上下振動は激しく、まるで、100km/hで走行しているかのような体感です。

15分後の14:45、広場は、屋根なしの自由市場となった、高層住宅街が突然見え出し、ホーム屋根のある『躍進站』に、停車しました。離合の出来る島式ホームです。躍進站は、石渓站から、4.4km、近くには、大きな炭鉱と、火力発電所があります。

止まっていても良いので、重連列車を撮りに行こうと、降りましたが、直ぐに切り離されて、前方に移動していきました。後部の№10号機のみがホーム反対側車線を戻ってきて、ここで逆行して、ホッパー内へと向かいました。


ホッパー内で、テンダー車への石炭の積み込みを行い、元きた場所へと戻りました。

また重連で走るのかと思いきや、№14号機のみ連結され、№10号機は、ホーム反対側へとバックしてきました。№10号機が、その後石渓站まで回送されたのか、ホッパー内に石炭を満載されていた貨車を牽引したのか、分りませんが、もし後者なら、SL石炭列車が走っている事になります。

14:54№14号機牽引の観光列車が、発車しました。架線区間は、この站を2キロ程までで終わり、段々畑が続く山間の勾配を登って行きます。S字カーブが続く度に警笛が鳴らされ、またこんな所で警笛が鳴るのかと思うと、人やバイクが行き過ぎますが、これは、最終站まで続きました。

15:08、所要時間14分で、スイッチバックの、『蜜蜂岩站』に到着です。観光客は、降りて、機関車が、切り離され、後部に連結される光景に見入っています。

ここで機関車は、一旦、元来た線路に戻って石炭ガラを捨てます。地元住民は、この石炭ガラで、まだ使用できるものを求めて、待ち構え、拾っていました。

SLが戻ってくると待ち構えた観光客が、記念撮影です。まるで、大井川鉄道にいるようです。こんな光景、中国で、見た事ありません。

静かに発車を待つ、観光列車。C2型蒸気機関車は、現在稼動しているのは、わずか3両です。修理は、自社工場で、全てを行っています。いつまでも、頑張って欲しいと、思いました。

『蜜蜂岩站』からのレポートも、まだまだ続きます。