2012年 冬から春への中国鉄路一人旅  ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅 総集編

海外旅行では欠かせない、クレジットカードを忘れるという大失態から始まった旅でしたが、倹約を重ねて何とか手持ちの現金でやりくりしながら、O氏に自宅から送ってもらったクレジットカードを持ってきていただくまでを凌ぎました。
O氏と合流できなかった場合は、街角に這いつくばって道行く人からの施しをお願いするしかないかと覚悟しておりました。O氏様、助かりました。ありがとうございました。

44日間の人生最長の旅は、前半の「2012年冬から春への中国鉄路一人旅」と、後半の「ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅」になっております。まとめましたので、ご覧ください。


▲ 今回の旅では、成都から广州までと、深圳から大連までは、飛行機を利用しましたので、乗車地図では、つながっていません。

▲ 昆明のメータゲージ区間は、時刻表に記載がないので、現在調べております。分り次第に差し替えます。广州~九龍間の乗車距離は、中国鉄路区間のみです。

下記をクリックしていただきますと、内容をご覧いただけます。

【2012年冬から春への中国鉄路一人旅】

Part  1  とほほのスタート
Part  2 1891次に乗って齐齐哈尔へ
Part  3 富拉尔基(フラジル)の蒸気機関車
Part  4    国境の町、黒河(ヘイフー)へ
Part  5  国境の町、黑河(ヘイフー)のあじあ号展望車
Part  6 ( ハルピン )から鸡西(ジーシー)へ
Part  7  鶏西鉱業集団鉄路 その1
Part  8  鶏西鉱業集団鉄路 その2
Part  9  鶏西鉱業集団鉄路 その3
Part10 大地横断5,010キロ 鸡西から昆明へ
Part11 昆明のメータゲージ、 湏越(雲南)鉄道
Part12  昆明のミシェラン 雲南鉄路列車陳列館
Part13  成昆鉄路に乗って、グースの里 北碚(ベイベイ)へ
Part14  江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その1
Part15 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その2
Part16 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その3
Part17 北碚(ベイベイ)から重慶(重庆)へ
Part18 重慶モノレール(重庆軌道交通)
Part19 重慶から芭石鉄道へ
Part20 芭石鉄道その1
Part21 芭石鉄道その2
Part22 芭石鉄道その3
Part23 簡単便利に購入できる中国国内線航空券と鉄道切符
Part24 一旦出国、再入国で大連へ
Part25 大连市電(大连軌道交通)

【ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅】

Part  1 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その1
Part  2 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その2 展示車両
Part  3 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型)
Part  4 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型) その2
Part  5 平庄炭鉱から阜新炭鉱へ
Part  6 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その1

Part  7 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その2
Part  8 北台製鉄所 その1
Part  9 北台製鉄所 その2
Part10 北台製鉄所 その3
Part11 錦州八角台発電所の建設型
Part12 瀋陽から天津へ、そして帰国

以上です。現在、次の中国鉄路乗車の旅も始まっております。近々にアップロード始めさせていただきますので、またご覧いただければ幸いです。

2012年春の中国鉄路の旅  Part1へ続く

 

2012年 冬から春への中国鉄路一人旅 Part22  芭石鉄道 その3

第26日目 3月15日

① 蜜蜂岩6:35(芭石鉄道)→6:55菜子坥
② 菜子坥站 (徒歩)→18:00蜜蜂岩站


▲ 今回は、撮影地を蒸気機関車が正向きで走行する区間に絞ろうと決めていました。今日は一番列車で菜子坥下車して、朝の貨物を狙いました。
▲ 7:19、朝の下り貨物です。今日はドレインを目一杯吹き出してくれました。
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2012年 冬から春への中国鉄路一人旅 Part21  芭石鉄道 その2

第25日目 3月14日

① 蜜蜂岩6:35(芭石鉄道)→7:10芭沟
② 芭沟站 8:30(徒歩)→16:00蜜蜂岩站

6:35 今日は朝1番の列車で芭沟に行ってみることにしました。着いた芭沟駅は駅舎の工事中です。観光路線として着々と新しい施設が建設されています。

芭沟駅では、昨日菜子坥でお会いした中国人鉄ちゃんがいました。芭沟の市場で朝食を共にしました。お名前は彭さん、仕事はコンピュータプログラマーで、休みを7日間取って北京からやってきたと、若くて熱心な鉄ちゃんです。英語が堪能でしたので、汽車を待っている間、中国の蒸気機関車についての話をしました。最近撮った写真を見せてくれましたが、その中にフラルジの発電所専用線の写真がありました。私が今回の旅で最初に訪れたチチハル近郊の町です。しっかりと爆炎を上げて走っています。私が行った時はDL化されていたので、いつ撮ったのかと聞いてみましたら、昨年12月中旬と言います。わずか2ケ月の差で撮り逃したようです。今後、情報交換をしようと約束しました。
彼は今日のお昼の列車で帰るというので、分れて 菜子坥を目指して歩き始めました。まずは定番の沼が見える撮影地です。
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2012年 冬から春への中国鉄路一人旅 Part20  芭石鉄道 その1

第24日目 3月13日

① 犍為5:20(Taxi)→5:38芭石鉄道石渓駅
② 石渓6:00(芭石鉄道)→6:32蜜蜂岩

夜明け前の5時20分に予約しておいたTaxiに乗車して、芭石鉄道の石渓駅に向かいました。電話連絡しておいた蜜蜂岩の民宿に今日から3連泊して、撮影に励みます。

6:32、明るくなり始めたホームでは、民宿のご主人陳さんが待ってくれていました。荷物を運んでくれますので助かります。 荷物を部屋に入れて、朝食を食べたら早速行動開始です。
蜜蜂岩駅構内には、昨年まで機関区に置いてあった古いDLが移動されて展示されていました。
▲ 7:35、1番列車が山に上り、降りてきた折り返し列車は、蜜蜂岩駅から下に住む小学生の通学列車でもあります。 元気に乗って行きました。駅には昨年にはなかった駅名板が建っていました。毎年、生き残りをかけて観光鉄道へのグレードアップも進められています。
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2012年 冬から春への中国鉄路一人旅 Part19  重慶から芭石鉄道へ

第23日目 3月12日

① 重慶北 8:00(D5101次)→9:55成都東
② 成都東駅10:22(Bus91路)→11:25石羊バスターミナル
③ 石羊バスターミナル12:00(高速Bus)→14:15犍為南門バスターミナル

今日は、毎年恒例となった菜の花咲く芭石鉄道へと向かいます。朝1番の高速列車で新しくできた成都東駅まで参りますが、いつもの成都駅と違って、初めての下車駅です。ここからどうやって犍為行きのバスが出る成都市内の石羊バスターミナルまで行くか課題でした。


▲ 重慶駅に隣接した食堂で朝食、平打ち麺の朝食。毎日のように食しましたが、薄味で辛くなく安くて一人旅にはもってこいです。
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芭石鉄道 冬編 反省とご案内

今回は、相棒の都合もあって、出発・帰国日がガチガチの8泊9日の、芭石鉄道への初めての旅でした。そのため、成都到着後は、インターネットで調べた、下記の旅行社ツアーを利用しました。
http://www.tf-travel.com/guanguang/tds.html
日本からのツアーもありますが、個人で手配するのに比べると、中身が濃い代わりに、融通性がなく、料金もそれなりになります。しかし、中国語が全く話せないとなると、一人で行くのは、かなり難しくなります。

それでも、電子辞書を片手に、行ってやろうとされる方々へ、私の反省をこめて、ご案内させていただきます。
と、思っていて、買い物に行ったら、本屋で『地球の○○方・’09-’10、成都・・・』に訪問方法が掲載されていて、びっくりしました。もうすっかり、メジャーなんですね。買って読んでみましたが、現状とは違っているところもありますので、最新版をまとめます。

現地2日目に、D300に装着したSDHCが粗悪品で、『トホホ』となった時に、予備に撮っていたHDDムービーです。

【日本からのアクセス】
日本の成田・関空から成都までは、直接の直行便は、ありません。中国国内空港を圣由しますので、約8~10時間かかります。当日の夕刻には到着しますが、芭石鉄道近くの楽山市まで行くのがやっとでしょう。知らぬ外国で、夜間移動は、禁物です。一旦、成都での宿泊が無難です。

日程に余裕があれば、私と同様に、一旦北京で宿泊して、翌日に北京西駅からのT7列車、約26時間乗車をお薦めします。移り行く車窓の見応えは、充分あります。また、食堂車で、その車窓を見ながら、本場の四川料理を味あえる楽しみもあります。芭石鉄道への旅を始めるには、最も相応しいと思いますが、問題は、軟座寝台切符の入手方法です。

私は、何とかしましたが、現地で知人でもいないと、困難です。インターネットで、頼める方法もありますので、研究して下さい。ダメな場合は、ご一報いただければ、購入方法をご提案させていただきます。但し、春節(旧正月)、国慶節(10月1日)、黄金週(5月連休)は、余程前に予約しないと、確保は難しいです。また、法外な手数料を覚悟する必要性があります。

【成都からの楽山へのアクセス】

初めての方、中国語ができない方は、現地旅行社に頼むのが、無難です。乗り鉄なら問題ありませんが、現地での撮影を望まれる方は、引率者の力量次第となります。
独自で行動される方は、『地球の○○方・’09-’10、成都・・・』を、購入ください。

但し、どちらにしても、大敵は、成都盆地特有の『霧』です。ほぼ、日常的に発生しています。晴れた日にめぐり合えるのは、年に数回のようです。成都からのアクセスも、記載されているのは、環境が良かった場合です。まず、遅れる事は、必至と考えていたほうが言いと思います。

私の場合で、成都市内のホテルから、芭石鉄道の出発地、石渓站まで、チャーター車で、約5時間30分(昼食休憩55分含む)かかっています。復路も事故で、同じくらいでした。

バスで行かれる場合は、市内のホテルから、石羊客運站、または成都旅游客運站(バスターミナル)に行きます。約20~60分程度は必要です。

ここで、20~30分間隔で出発する楽山市行きの中型バスに乗車します。約136km、遅れなければ、高速道路を走り、約2時間強で、到着します。人口133万人の大きな街です。朝に出れば、丁度、昼ぐらいに着きますので、レストランも多いです。ここで、食事をされた方が良いです。

【楽山から石渓站へのアクセス】
ここから、石渓站までは、約55km、迂回路のない片側1車線の1本道です。楽山からのバスは、犍為行きです。10分間隔で運行され、約70~80分は必要です。犍為からは、またコミュニティーバスに乗換えが必要です。面倒ならタクシーで向かったほうが、石渓站まで乗換えなしで、到着できます。

午後の列車の出発は、14:00です。バスなら、到着時刻に不安がありますが、タクシーなら、まず大丈夫です。料金は、100~150元(1400~2100円)程度だろうと思われます。

【現地での宿泊】
楽山市には、宿泊施設がたくさんありますが、石渓までは、1時間以上必要です。乗り鉄なら、問題ありませんが、撮り鉄となると、犍為で宿泊するか、芭石鉄道沿線駅近くに宿泊しないと、撮影は困難です。食事別で、30~50元(420~700円)で、宿泊できます。私も、次回3月の菜の花シーズンは、芭石鉄道沿線に宿泊予定です。

【列車ダイヤ】
1月でも、結構観光客がいましたので、菜の花シーズンは、かなり多くなると思われます。早めに駅に行って、切符を買わないと、満席お断りもありのようです。同業者が多くなると思われます。2010年1月の列車ダイヤを作成しましたので、ご参考して下さい。早延着がありますので、ご注意下さい。尚、現地では、必ず運行状況をお尋ね下さい。


【旅費】関空以降、2名で行った場合の1名分
1、国際線航空券 関空~北京 JAL             57,420円
2、現地、芭石鉄道ツアー料 3泊4日             45,000円
3、北京2泊・成都1泊3朝食込みホテル代          16,870円
4、北京~成都 運賃・現地タクシー代            27,840円
5、現地、飲食費                         10,500円
6、その他、雑費                          9,430円
                      合計          167,060円

今回は、往路・復路共日程変更ができませんでした。そのため、国際線航空券は、正規運賃では、安いWeb悟空を購入しました。
現地ツアーは、通訳、チャーター車、運転手、3泊分ホテル代・食事代<朝3・昼2・夜3>、2日分鉄道運賃を含んでの金額です。1人で行っても、2人分必要です。ホテルの宿泊代も、1室料金ですので、同様です。

無駄遣いは、あまり気にせず、飲食も適当に、極めてナチュラルに過ごしました、8泊9日の全旅費です。現地ツアーを頼まなければ、20,000円ぐらいは、安くなりますが、移動に余分な時間がかかりますので、難しいところです。
もっとも、日本から、旅行社に頼むと、6泊7日で、25万円前後しますので、かなり安くはついたろうと思います。

治安は、用心さえ怠らなければ、問題ありませんが、何かと、予期せぬ事が起こるのが、旅先です。そんな時は、運が悪かった。仕方がないと諦めて下さい。私は、悪運に慣れていますので、いつも、そうしています。
では、お気を付けてお出かけください。

私は、菜の花が満開となる3月上旬頃には、向かう予定です。今度は、近くのナローゲージ電気機関車が走る沫江煤電も、訪問予定です。また、現地のWebサイトを見ていましたら、報道が皆無な専用線のナローゲージも近辺にあるようですので、下見に行ってこようと思っています。广州~武漢を走る新幹線にも乗車してみたいので、次回は楽しみ満載です。
相乗りは、大歓迎しますので、ご希望の方がおいででしたら、コメント欄にご記入下さい。追って、ご案内をします。

2009年~2010年 冬の芭石鉄道へ Part10 撮影最終日も『トホホ』

第6日目 2010年1月3日

① 犍為天波大酒店8:30-(チャーター車)→8:50石渓站9:32-(第2次)→10:01蜜蜂岩駅
② 蜜蜂岩站12:45-(バイク)→石渓站-(チャーター車)→13:20飯店14:00-(チャーター車)→18:50成都

今回、最後の撮影日です。いつものように、朝起きて窓の外を最初に見ますが、滞在で1番の濃霧です。日頃の行いを悔やみますが、こればかりは、どうしようもありません。今日は、撮影後石渓站から成都のホテルまで戻りますので、スーツケースをチャーター車に積み込んでの出発です。
8:50石渓站に到着後、ゆっくりと時間が取れたので、構内を散策できました。
▲ 遅れましたが、これが、切符売場と待合室です。でも、待合室に待つ人はいません。みんな、ホームでたむろしているのが、日常的です。 続きを読む

2009年~2010年 冬の芭石鉄道へ Part9 竹の香り

投稿前に準特急先輩の『電車は4両がええ』を読ませていただいておりましたが、私の小学生時代は、校庭から、阪急と国鉄の両方が見え、阪急京都線は、まだ2両編成が走っていました。一方の東海道線は、SL全盛期で、汽笛と共に、白い煙をはいて走っている列車を、いつも見ていたのを思い出しました。
当時は、我が町も人口1万人強の田舎町で、田畑が殆どでしたので、何処からでも、こんな光景を見る事ができました。

第5日目 2010年1月2日

① 犍為天波大酒店8:40-(チャーター車)→9:10石渓站9:27-(第2次)→10:22菜子埧站
② 菜子埧站-(徒歩)→蜜蜂岩駅
③ 蜜蜂岩站18:03-(観光列車)→18:35石渓站  

道を歩き、未舗装の凸凹道に出ると、殺風景な集落が続いていました。胡小姐は、その中に建つ2階建ての民家に入っていきました。いったい、どうするのでしょうか?
見れば、雑貨店です。胡小姐は、何やら交渉をしています。そして、『丁度、お昼ご飯の準備をしているそうです。家族の人と一緒に食べてもいいですか?』と、聞いてきます。原住民の方の食事をいただけるとは、感激です。勿論、OKを出しました。
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2009年~2010年 冬の芭石鉄道へ Part7 『トホホ』のスタート

第5日目 2010年1月2日

① 犍為天波大酒店 8:40(チャーター車)→9:10 石渓站 9:27-第2次)→10:22 菜子埧站
② 菜子埧站-(徒歩)→蜜蜂岩駅
③ 蜜蜂岩站-(観光列車)→石渓站

6:30、今日は、1日中、芭石鉄道を撮影します。張り切って起床し、部屋の窓の外を見ますと、昨日と同様に、霧です。四川盆地特有の気象ですが、とりわけ大渡河沿いのこの辺りは、霧発生が日常的だそうです。何とか、撮影時には、晴れて欲しいと祈りながら、石渓站に向かいました。

途中で、昨日、石炭ガラが目に入って、眼の痛みがひかないのを、心配した胡小姐は、病院に寄ってくれました。同じ症状の患者が多いそうで、目を洗浄してもらいますかと、聞いてくれましたが、芭石鉄道撮影を優先したいので、丁重に断りましたが、しかし、その後も、ゴミは取れず、北京に着くまで、痛みが続きました。

今日は、サングラスとマスクは忘れず、ホカロンも衣服に付けて、準備は万全と思っていましたが、昨夜、今までの撮影をパソコンにバックアップした際に、CFメモリーをカメラに戻すのを、忘れてしまっているのに気づきました。しょっぱなから、また、『ドジ』を踏んでのスタートでした。

しかし、今回の旅のために、デジタル1眼レフを、NIKON-D300からD300Sに買い換え、パワーアップしました。以前のようにCFカードのみの使用から、主流のSDカードも併せての使用が可能です。これで、RWA+JPG画像に分けての使用ができるようになりました。

SDカードは、上海の電器屋街で格安で購入したSD-HC16GBが、入っています。試しに、連写をして、撮影後のモニターを見て確認しましたが、問題ありません。
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2009年~2010年 冬の芭石鉄道へ Part6 蜜蜂岩站→黄村井站乗車

今日は、阪神大震災から、15年目を迎えました。私ごとで、申し訳ありませんが、当時、私は勤務していた会社の神戸支店の責任者として赴任して、業務も順調で、意気揚々としていましたが、突然の惨事に啞然とするばかりでした。
鉄道網もズタズタとなり、5日後、三田からの神戸電鉄が開通したので、地下鉄新神戸駅圣由で、市内へと、行く事が出来るようになりました。徒歩で、三ノ宮に近づくにつれて、目の前に拡がる光景は、想像を絶するものでした。

高校生時代にも予兆がなかった突然の心臓発作で倒れ、10分搬送が遅れたら死んでいたと言われた経験を持ちます。人間、何処でどうなるか分らない。人生は、1回のみ、一瞬一瞬を大切に生きようと、あらためて思った日でした。
こんな日に、神戸と同様に、四川大地震で大被害を受けた地の、紀行文を書くのは、自然と力が入ります。

第4日目 2010年1月1日

① 成都クラウンプラザ8:30-(チャーター車)→13:50石渓站14:30-(観光列車)→15:08蜜蜂岩站15:20-(観光列車)→16:20黄村井站
② 黄
村井站17:35-(観光列車)→石渓站18:45-(チャーター車)→19:15犍為天波大酒店

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2009年~2010年 冬の芭石鉄道へ Part5 石渓站→蜜蜂岩站

第4日目 2010年1月1日

①石渓14:30-(観光列車)→15:08蜜蜂岩

13:50芭石鉄道の石渓站に到着しました。既に、乗車予定間際の14:00発車の第3次は、どの車両も満員で、立っている人もたくさんいます。すし詰め状態で、押し込まないと、乗れません。


石渓站の壁にに大きく貼ってあった、花咲く春の芭石鉄道です。こんな写真を見ると、この頃には、また来て見たくなります。

ご覧のとおりの押し込み状態です。これでは、ただ乗るだけで、やっとです。

通訳兼ツアーコンダクターの胡小姐は、今日の運行予定確認に行ってきました。そして、『この列車は、満員なので、30分後に、座れる観光列車が出るので、そっちにしません?』か、聞いてきました。今日は、全線乗車で撮影地視察の予定でしたので、座っていける観光列車にすると、返事しました。この判断は、後々正解でした。

第3次の発車前に、躍進駅から来た小型ELの牽引する、石炭列車がやってきました。その後、小さいくせに大きな汽笛を鳴らして、発車しました。
7両の客車を牽引して、石渓站を出発する第3次。上の写真は、M・K氏撮影。

№9号機の牽引する第3次。後で分ったのですが、テンダー車は、№10と書かれていました。これって、なぜなのでしょうか? 今回は、一応、機関車番号を優先して、記載します。

第3次の発車シーンを撮り終え、ゆっくりとホームを見ると、まだまだ、人がいます。中国人団体観光客も多いようです。世界的には、有名な芭石鉄道ですが、観光列車が運行され、専用客車まであるとは、現地に来るまで知りませんでした。ましてや、中国人が、芭石鉄道に乗りに来る観光ツアーまであるとは、驚きです。

胡小姐の話ですと、連休で観光客も多いので、普段は運行しない観光列車を、今日と明日は、運行する。3日目は、様子を見るが、ダメでも定期列車に観光用車両を連結すると言っていましたが、予定は、限りなく未定に近いのが、この国の常識ですので、毎日確認するように言いました。




観光列車の編成は、№10号機(機関車)+№14(テンダー車)+8+4+2+6の4両編成客車。一般列車とは違って、ベンチ式クロスシートの座席と、窓ガラスが完備されていますが、車内灯は、ありません。



№10号機の運転席にあった運行表です。帰国後に、訳してみましたのが、上の表です。1日2本の観光列車があって、それぞれ運行予定が異なっています。現地で、通訳さんに訳してもらっておれば、効率的に動けたのにと、反省しました。

我々の乗車する車両は、最後部です。展望デッキもあって、これは最高です。発車間際に機関区から、入場厳禁と表示された車庫から、№14号機(機関車)+№9(テンダー車)が、側線を走って来ました。どうしたのかなと、前頭部を見ると、№10号機の前に連結しました。思いもしなかった重連です。前方へ撮りに行きたいのですが、直ぐの発車でした。

№14号機+№10号機の重連! インターネットや写真集からも見た事がありません。走行写真を是非とも、撮りたかったです。

14:30、定刻に発車。それならと、ハイビジョンムービーカメラを取り出して、身を乗り出しての動画撮影を始めましたが、用意しておいたサングラスと、マスクを車に忘れてきましたので、石炭ガラの細かい燃えカスが、飛んできて目に入ってしまいました。簡単に取れません。瞬きする度に痛みが出ます。今回も、初めから、アクシデント発生です。いつも、ドジばかりで、情けなくなります。

仕方がないので、身を乗り出すのは止めて、手だけを出し、液晶画面を見ながら撮影しました。
出発してから、上り勾配と、山の斜面を切り抜いたS字カーブの連続です。段々畑には、野菜がこれでもかと植えられています。農家も玄関を線路に向けて、線路近くにあります。

架線区間を走行しますが、電柱間には、ロープが張られていて、洗濯物が干してあります。線路横の犬走りは、通行人が大勢歩いています。その都度に、警笛を鳴らし続けて、走りますので、最高です。さすが、平行する道路がなく、この鐡道のみが、沿線住民の足であり、生活道路でもある事を実感できます。

観光列車ですので、ホームのない『幺炭坥站』は、通過しました。第6トンネルを抜けて、30~40km/hで快走しますが、ガタゴトと左右上下振動は激しく、まるで、100km/hで走行しているかのような体感です。

15分後の14:45、広場は、屋根なしの自由市場となった、高層住宅街が突然見え出し、ホーム屋根のある『躍進站』に、停車しました。離合の出来る島式ホームです。躍進站は、石渓站から、4.4km、近くには、大きな炭鉱と、火力発電所があります。

止まっていても良いので、重連列車を撮りに行こうと、降りましたが、直ぐに切り離されて、前方に移動していきました。後部の№10号機のみがホーム反対側車線を戻ってきて、ここで逆行して、ホッパー内へと向かいました。


ホッパー内で、テンダー車への石炭の積み込みを行い、元きた場所へと戻りました。

また重連で走るのかと思いきや、№14号機のみ連結され、№10号機は、ホーム反対側へとバックしてきました。№10号機が、その後石渓站まで回送されたのか、ホッパー内に石炭を満載されていた貨車を牽引したのか、分りませんが、もし後者なら、SL石炭列車が走っている事になります。

14:54№14号機牽引の観光列車が、発車しました。架線区間は、この站を2キロ程までで終わり、段々畑が続く山間の勾配を登って行きます。S字カーブが続く度に警笛が鳴らされ、またこんな所で警笛が鳴るのかと思うと、人やバイクが行き過ぎますが、これは、最終站まで続きました。

15:08、所要時間14分で、スイッチバックの、『蜜蜂岩站』に到着です。観光客は、降りて、機関車が、切り離され、後部に連結される光景に見入っています。

ここで機関車は、一旦、元来た線路に戻って石炭ガラを捨てます。地元住民は、この石炭ガラで、まだ使用できるものを求めて、待ち構え、拾っていました。

SLが戻ってくると待ち構えた観光客が、記念撮影です。まるで、大井川鉄道にいるようです。こんな光景、中国で、見た事ありません。

静かに発車を待つ、観光列車。C2型蒸気機関車は、現在稼動しているのは、わずか3両です。修理は、自社工場で、全てを行っています。いつまでも、頑張って欲しいと、思いました。

『蜜蜂岩站』からのレポートも、まだまだ続きます。 Part6 へ続く