はにかみの国ミャンマー鉄道の旅2017年 Part9 カレイミョへ3

第7日目 12月9日 その1

昨夜、今朝のチェックアウトは5時と早いので用意されている朝食が食べれない、バスケットランチにしてもらえないかお願いしたところ快諾を得ました。これを持って夜明け前の暗闇の小雨模様の中、今日最初の撮影地と決めた道路との併用橋へ向けて出発です。

カレイミョ 05:00→ナッチャウン06:10頃→ 08:15頃 ハンタワディ着(1002レ)

▲ 6:31 何となく見えだした道路との併用橋に到着。
既に目的の列車はナッチャウンを出発してこちらに向かっています。こちらに着くのは多分1時間後前後です。

7:10 こちらの気候ですがヤンゴンよりは約700㌔北にあり、東西を山で囲まれていて、標高は約170mあります。朝夕の温度は熱帯のヤンゴンとは正反対に寒いぐらいの14℃です。
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客車廃車体訪問記 北海道編20

【富良野駅 ツーリングトレインふらの】

スハ43 711(左)  スハフ44 15(右)  1987年11月3日撮影
◆スハ43 580(1954年新製 日立)→(1976年耐寒耐雪改造 五稜郭車セ)スハ43 511→(1976年改番)スハ43 711→畳敷きに改造(1984年9月5日旭川車セ)→1987年廃車。
◆スハフ44 15(1952年新製 川車)→1964年近代化改造 五稜郭工→カーペット敷きに改造(1985年)→1987年廃車。
富良野駅の簡易宿泊施設であった。駅至近距離というより駅ナカである。車歴のように畳敷き・カーペット敷きで、入口に照明を付けている。『鉄道ピクトリアル』485号89頁に写真があり、1泊800円とある。その後、派手に塗り替えられた後、富良野駅改築の為立ち退きになり、駅近くの某飲食店で利用され、さらに富良野市麓郷市街地の「拾って来た家」に2両とも引き取られた。

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はにかみの国ミャンマー鉄道の旅2017年 Part8 カレイミョへ2

第6日目 12月8日 その2

10:44 4人全員でヤンゴン空港に到着、搭乗する人以外の方々も空港内に入るには荷物のX線感知器があって保安厳重です。そして、チェックインカウンター前でミャンマーの民族衣装のロンジンを巻いた、サンダル履き通訳がお待ちでした。

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 地図を携えて線路端を歩いた日々 -18- 

名立付近を行く列車。糸魚川~直江津は海岸沿いの急峻な地形が続いて、何度も地滑り災害に見舞われ、抜本的な線路改良が望まれていた(以下昭和44年8月撮影)

今回の「地図シリーズ」は、いま豪雪に見舞われている北陸本線の昭和40年代に飛びます。北陸本線の歴史をたどると、それは線路改良の歴史でもあると言ってもいいほど、数々の移設、改良、新線工事を繰り返してきました。それだけに急勾配区間や災害多発地域を抱えていたことにもなります。大きな改良区間としては、
・木ノ本~敦賀 柳ヶ瀬越え(のちの柳ヶ瀬線)の迂回新線・複線化
・敦賀~今庄 急勾配区間を日本最長の北陸トンネル貫通で短絡・複線化
・津幡~石動 倶利伽羅越えの改良・複線化
・市振~青海 親不知など日本海沿い災害多発区間を移設・短絡・複線化
が挙げられます。これらは、昭和40年代初頭までに工事は完了しており、私は旧線時代の記憶・記録はありません。そして最後に残った大規模な改良工事が、糸魚川~直江津の新線・複線電化工事でした。昭和44年10月ダイヤ改正から新線に移り、これによって昭和30年代から進められてきた北陸本線の全線複線・電化工事が完成しました。

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はにかみの国ミャンマー鉄道の旅2017年 Part7 カレイミョへ1

昨日、ヤンゴンに着いて早々ですが今日はカレイミョへと移動します。目的はミャンマーで最後に残ったLRBEの撮影です。LRBEとは、Loco Rail Bus Engineの略です。
前回
(2016年8月)た時ならまだ近くに走っていたのですが、日本から無償譲渡されたキハ40系が増備された影響下で無くなってしまい、今はカレイミョまで行かないと会うことができません。現地でもう少しゆっくりしたいのですが、団長のご都合もあって、在できるのは1泊2日だけで撮影チャンスも1回きりのハードなスケジュールです。それでも行かなければならないほど貴重な機会です。、

前回は、広島電鉄から送られた路面電車の撮影が目的だったのでLRBEまでは気が回りませんでした。

▲ 今回向かうカレイミョは、ヤンゴンから車で行って約950㌔余りあります。鉄道で行くにはマンダレーまで、後は途中が寸断されていて乗り鉄が出来ません。マンダレーからでも陸路でも363㌔、バスでも約9時間以上かかります。これでは行く方法は1つ、飛行機です。飛行機だけあって直線で向かいますので、713㌔と短くなり、所要時間も直行便だと1時間45分です。 続きを読む

 ◆ た~ちゃんの電車めぐり ⑬

人気者、青電600形
昭和10年前後に生まれた方、「青電」という電車が話題になりませんでしたか? 青電は、昭和12年に登場した600形という電車で、窓から上が濃いクリーム、下がグリーンに塗り分けられて、大きな窓と前部が5度傾斜した当時流行した流線型のスタイルでした。

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客車廃車体訪問記 北海道編19

【美瑛町幸町4丁目 ライダーハウス】

スヤ52 2  43.587131, 142.476125 2016年8月16日撮影
◆スロ51 8(1950年新製 近車)→(1951年度改造 五稜郭工)スロ52 4→(1970年改造 旭川工)スヤ52 2→1986年廃車。
美瑛神社鳥居の交差点西にあるライダーハウス「蜂の宿」で「電車式 大衆居酒屋 安宿付」と看板をあげている。「蜂の宿」の宿泊客のサロンである。日が暮れたら営業開始で、飲み放題90分1000円の由。ちょうど夏のシーズンで、この日も若者のバイクが多数駐まっていて賑やかだった。西村さんの【92202】「いなでん」のように鉄道車両は何でも「電車」というのには複雑な気持ちがあるが、オーナーは若い気さくな人で、車内の撮影も快諾を得られた。現車はシートピッチが狭く評判の悪かった特ロで、その後診察室・レントゲン室・暗室等を備えた保健車に改造され、最初は釧路局のち旭川局で職員の巡回検診をしていた。スヤ52のうちでは珍しく出入台を増設し、1-3位側中央の窓が一部塞がれている。保健車時代にあった出入台下の大きな踏段は撤去されている。

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中国地方の小ネタ2題

寒波襲来によって全国的に交通網に影響が出ているようです。本日(12日)木次線の木次・出雲横田間は除雪作業のため運休、その先出雲横田・備後落合間は春の雪解けまで本日から冬眠に入るようです。一方 三江線は本日 浜原・三次間は運休のようです。芸備線新見口側も始発列車は運休のようです。木次線の冬季運休は恒例となっていて、ニュースに採り上げられることもなくなりました。JR西のホームページも 運休させて申し訳ないというような表現もなく、代行運転も道路事情次第と他人事扱いです。さて三江線ですが、中国新聞記者の現地取材記事をご紹介します。

平成30年1月12日 中国新聞朝刊

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けったいな交通信号機

冠雪している景色を撮って投稿しようと思っていたら、いつまで経っても京都駅周辺に積雪はありません。

そこで鉄道ネタではございませんが、以前より不思議に思っていた事を述べます。

七条壬生(壬生川)交差点の、交通信号機の設置状況

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鉄鈍爺さん、1900生さん、DD14が生きていたとは!

ご両人、昨日お話に出たDD14が、私が昭和40年に名寄で見たDD142と同じ形式とは!!

53年も前に名寄で見かけたDLが現在も現役で除雪に使われているのは、小野田寛郎さん横井庄一さん以来の驚きです。まだ信じられません。
これで間違いないかご確認ください。

DD142(名寄)

DD142(名寄)

まさか同一人物とは思えないのですが・・・

客車廃車体訪問記 北海道編18

【上川郡東川町北町12丁目】

オハ51 6  43.715465, 142.476868  1999年8月8日昼食を挟んで2回撮影。
戸袋窓が側窓と比べてやや小さい。これはオハ51とオハフ51の1~10の特徴である。
木工会社の倉庫のようで、1999年には手前が広々としていたが、現在は木材がギリギリまで高く積まれ非常に見えにくい状況になった。ここは旭川の会社の同僚の車で走っていた時に偶然見つけたもので、たいへん幸運であった。オハ51初期車の廃車体は貴重である。
◆オハ51 6(1978年新製 富士)→1991年廃車。

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正月はやっぱり富士山!

もう正月も終わったようなもので今さらという気がするが、総本家さんの初詣客を沢山入れた阪堺詣でに対抗する訳ではないが表題を準備した。富士山と言えばJR御殿場か伊豆箱根の大場かどちらかに決めていたが昨年と同じ大場にした。ところが今年は晴天にもかかわらず終日富士山だけ雲がかかってしまった。すぐ下の写真がそれ。

2018.1.1 伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町-大場 2201修善寺行き▼ 続きを読む

客車廃車体訪問記 北海道編17

【深川市納内町3丁目】

オエ61 59  43.729724, 142.136050  1996年8月4,6日撮影
納内町3丁目のセイコーマート(当時はローソン)の東隣にあったガソリンスタンドの倉庫であった。今はガソリンスタンド共々現存せず、「ふるさと」という食堂になっている。

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住吉大社の前に

1月も8日になり、出遅れた感もありますが本年もよろしくお願い申し上げます。お正月の総本家さんの投稿や、「報道ランナー」の昭和52年の「住吉の写真」に刺激を受けてやっぱり阪堺へ行きました。ただその前に折角あべのに行くのなら南大阪線!と思い八木・橿原神宮前経由としました(1月7日)。最近吉野川には出掛けていたのですが、今回は「尺土」「橿原神宮前」で途中下車しています。

尺土駅から大阪寄りの踏み切り近く(ネットでも紹介されていますが)でのサクラライナー(26000系№1編成)です。バックに二上山が望めます、ここでは4両編成が限度です。 続きを読む

福塩線の小ネタ

1月7日の中国新聞福山版に10段抜きで福塩線の記事が載っていました。余程ニュースが無かったのでしょうか、大きな写真を3枚も入れてスペース稼ぎのようですが、採りあげてくれたことをよしとしましょう。分割してご紹介します。

平成30年1月7日 中国新聞朝刊

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 ◆ た~ちゃんの電車めぐり ⑫

市電、京電を買収

紆余曲折がありましたが、京都電鉄(京電)は、市に買収され市電の一員となりました。ここで問題が生じました。線路幅が違うのです。京電はJR並みの1067ミリ、市電は新幹線と同じ1435ミリです。ご年配の方なら覚えていらっしゃると思うのですが、四条堀川~四条西洞院のこと。レールが3本2組敷いてありました。京電の路線を引き継いだ北野線は外側の一本と内側の一本を使って走っていました。三線区間と言っていました。 四条西洞院で三線区間に入る北野線

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微笑みの国タイ王国鉄道の旅2017年 Part6 エアポート・レール・リンク、トンボリ機関区

第5日目 12月7日

今日はタイのバンコクからミャンマーのヤンゴンへと移動します。ただ年金生活者で少しでも費用を圧縮したい私と皆さんとでは航空機が違っています。またバンコクでの搭乗する空港も違っています。午前中は同行しますが途中から分かれて一人、ヤンゴンへと向かいます。

▲ 8:05 バイヨークスカイホテルの82階のレストランの屋根なしのオープンデッキから見えるBTS(バンコク スカイトレイン)です。バンコクの大動脈となっていますBTSですが、ホームやコンコースは狭く、車両編成も4両では輸送力不足でせめて6両編成での増結が望まれます。
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西村氏の北陸トンネル切手と1億5000万円客車の写真!

我が汚名を晴らしてくださった西村さんの北陸トンネル開通記念切手にあるキハ82の写真を載せますので見比べてください。

西村さんが送ってくれた北陸トンネル開通記念切手

キハ82の「みどり」向日町

それと「客車廃車体訪問記 北海道編13」にあったオハ538の前後賞、オハ537の写真も載せますので1億5000万円の値打ちがあると思ってご覧ください。

オハ537 旭川で改造待ち