【86414】北方見聞録 最果ての地、樺太(サハリン)鉄路への旅 Part1 ジパング倶楽部入会、旅立ち

5月下旬、今回のお誘いも台湾と同様にクモハ73106東ウラさんからでした。台湾、中国に続いての稚内での現地集合、7月11日~16日の5泊6日のツアーで、先はまだ行ったことのないロシアの樺太(サハリン)です。
数10回も行っています中国では北朝鮮、ロシア国
境を見ながら一度は行ってみたいと思っていました。

台湾・中国から続いて3連発の海外渡航にはなりますが、失った気力を取り戻すには多少の無理はやっていこうと決断しました。今回のツアーは稚内港から船に乗ってのサハリン上陸です。12月の稚内訪問ではドームの稚内港駅を見ながら稚泊航路はどうだったのだろうか、乗船してみたかったなあと思っていたのも決断を後押ししました。
参加者は、クローバー会の準会員になられたクモハ73106東ウラさん、千住のヤスベエさんの2名と
、不銹鋼號さん、NETさんを合わせて5名です。

参加を表明して直ぐに稚内へのANAの航空券は早い方が安く購入できますので押さえておきましたが、後日皆さん方の予定は8日または9日に空路で千歳空港へ、レンタカーを借りて撮影しながら札幌、そして10日に稚内へと向かわれることになりましたので私も遅れまいと、9日のJAL便で千歳に向かうことに切り替えました。

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【86649】 江若鉄道“生みの親” 安原仁兵衛の思いを知る

少し前になりますが、7月9日、滋賀県高島市の藤樹の里文化芸術会館で行われた朗読劇「江若鉄道の生みの親 安原仁兵衛物語」に行ってきましたのでレポートします。これは、鉄道が無く不便な生活を強いられてきた湖西地方の悲願を達成するために、鉄道敷設に生涯を捧げた安原仁兵衛の生涯を語る朗読劇です。たまたまチラシに私の写真を使っていただいた縁で、招待券をいただき、日曜日の午後、湖西線に乗って安曇川まで行きました。同館は、以前にも江若鉄道展があり、クローバー会会員とともに観覧に行った場所でもありました。

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【86642】国鉄クロ212型

今回からプリンター&スキャナーが替わりました(キヤノン→エプソン)。そのため作業が不慣れなのとアプリソフトも替わったので使いづらくてかないません。
ま、その点を大目に見て下さい。

その最初は「国鉄クロ212型」です。213系の仲間だそうですが213系は先日の木次線旅行で伯備線で乗ったのが初めてです。昨年四国へ行った時にムリをして先頭車に乗りましたが、その時に乗ったのはJR四国のハイデッカー車だったと思います。たしか形式は「5000番台」だったような。クロ212なのかわかりません。


【86627】三江線の話題など

九州地方の豪雨災害や各地でのゲリラ豪雨など自然の猛威による鉄道の被害も報じられています。三江線も何度も自然災害に見舞われてきた線区で、その都度何とか立ち直ってきましたが、その命脈もあと半年ほどです。今回は自然災害のせいではなく、地方交通の置かれた厳しい環境の為せる結果です。いつものように新聞記事頼みの横着記事ですが悪しからず。

平成29年7月19日 中国新聞朝刊

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【86617】 50年前の撮影地を歩く -17-

国府津

50年前、御殿場線にはD52の牽く列車が走っていました。その始発駅が国府津であり、D52の基地である国府津機関区も駅の裏手にありました。D52と言えば幹線の貨物用であり、旅客列車も牽引していたのは、ここ国府津区のみでした。国府津は、東京から僅か80キロほどのところ、こんな近郊にD52が働いていたとは、その時代を知っている人間からしても、今から見るとにわかに信じられないことです。50年前の高校3年生の夏休み、関東方面に向かいました。一番の目的は、C62「ゆうづる」を撮ることにありましたが、夜行列車に乗って、真っ先に訪れたのが国府津でした。御殿場線の電化も翌年に迫っており、最後のD52の撮影をしました。
国府津駅5番ホームに停車するD52236の牽く御殿場線の旅客列車、右側のホームに放置されているのは、当時私が使っていた青色のリュックサック。
同地点の50年後、基本的な駅構造には変化はないから、車両が代わっただけで、当時の面影がまだ感じられる。古レールを使った支柱も健在。

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【86609】こんなモンもありまっせ!

しばらくぶりに投稿いたします。と、言いましてもまとまったものではありません。京都駅周辺や向日町での写真ばかりで、車両ファンには申し訳ありませんが「昔はこうだったのか」「こんな車両が走っていたのか」程度のものです。ご笑覧下さい。例によって記録はありません。

今回は「電化前の青大将」ではありませんが、初期のブルトレ用機関車などをカラーで撮っていました。東映映画の名作「大いなる驀進」の『特急さくら』はこの色でした。

EF58114
向日町昭和40(1965)年5月8日

向日町運転所も電化が完成して、電車や電気機関車が留置され、客車はそろそろ時代が去ろうとしている時期です。しかし、電気機関車はまだEF58が幅をきかし、EF61や65が顔を見せ始めていました。EF58も特急塗装の青色がありましたが、茶色がまだまだ主流です。

一番落ち着くのはこの色です。EF5885と新製間もないEF61
昭和40(1965)年5月8日

同じく向日町で、新製時から前面を警戒塗色にしているEF65も撮りました。

EF655(吹二)

青大将のEF58の写真もあるのですが白黒です。昭和40年頃からカラーフィルムを使い始めたようで、チラホラとアルバムに混じっています。しかし褪色が激しいものも有り、今回も一切の補正はしておりません。この当時の客車もおもしろいものを撮っていますが、機会があればお目に掛けます。