【102745】 羽村さんが遺したアルバムから 〈11〉

建設途上の三代目京都駅を見届けた羽村さんは、東側にある高倉陸橋へ向かいました。通称“タカバシ”は、京都の鉄道少年にとって思い出の詰まった場所でしょう。私も、小学生のころ自転車に乗って陸橋まで行き、上下する列車を飽かずに見ていたことがあります。そして未電化時代には、陸橋の下に、蒸機の溜まり場があって、絶好のビューポイントになっていました。
高倉陸橋の下の設備は、“東駐泊所”と言われ、東海道線の未電化時代、梅小路機関区との往復の手間を省くため、転車台、給炭設備を置いて蒸機を駐泊させていた。本日、転車台に乗っているのは亀山機関区のC51100だ。草津線の客貨を牽いて、京都まで顔を出したのだろう。亀山のC51と言えば、晩年の225号機が有名だが、ひと足先に廃車になった100号機も、化粧煙突、形式入りのプレートと、完璧なC51だった。さらに前歴をたどれば、お召の牽引も多く、キリのいい番号といい、C51の代表でもあった (写真はすべて昭和27年3月1日撮影)。

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【102688】 羽村さんが遺したアルバムから 〈10〉

趣味団体の会合で、いつも“デジ青”を愛読いただいている方から「最近、投稿が少ないでんなぁ」と言われました。私自身の投稿も途絶えていて、申し訳ない気持ちですが、何気に、右欄の月別の投稿数を見ますと、今月は10件しかありません。「ほぼ毎日更新!」を謳ってきた“デジ青”の看板に偽りありで、とくに外部から暖かく見守っていただいたデジ青ファンからソッポを向かれるのではと危惧しています。このまま推移すると、2001年に“デジ青”が誕生以来、月別最低の投稿数という不名誉な記録になりかねません。
私ひとりでは、どうすることもできませんが、挽回するためには投稿を重ねるしかありません。ネタは用意しているものの、どれも中途半端なままですが、投稿しやすいものから載せていくことにします。まずは羽村さんシリーズ、昭和25、26年は紹介しましたが、続いてスキャンした昭和27年以降分を紹介しましょう。
本シリーズの第一回は、二代目京都駅の写真からスタートしているが(NO.100199)、
昭和25年11月、二代目駅舎は早暁に炎上、焼失する。これを機に、懸案の高架化も検討されたが、一刻も早い再建が優先されて、地上駅のままで駅舎工事が急がれる。わずか1年4ヵ月の突貫工事で三代目駅舎が完成し、昭和27年5月に竣工式が行われた。この写真は、昭和27年3月に三代目駅舎を写したもので、高さ30m 8階建ての塔屋は、まだ足場が掛かって工事真っ最中のようだ。撮影場所は丸物百貨店の屋上からで、手前の建物は京都中央郵便局、現在、京都タワービルの建つ場所だ。京都駅の背後の八条口側には、高い建物はなく、煙を上げる工場が見える。手前に目を転じると、右に市電のループ線があって、3両の市電が停車中なのが見える。ループ線は三代目駅舎の完成に合わせて、駅前広場の再整備の際にターミナル式に改められるから、この点でも貴重な記録だ。

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【96542】なんやかんや、いろいろあっての地下鉄梅田駅

 以前の投稿「【95139】大阪市営地下鉄からOsaka Metroへ」にある写真の解説で「戦前に計画された谷町線のトンネルは今は天王寺行のホームに」とかコメントで「うまい具合に戦前に計画された谷町線のトンネルが利用できたのが幸いでした。」と記述しました。それについて、いつもデジ青をご覧になっている河様から経緯などを教えていただきたいとのコメントがありました。あまりええ加減なことをお教えすることが出来ないので出来る範囲で調べてみると私の知らないことがたくさんありました。図書館で調べたり、ネットで検索したりしたのですがとにかくややこしいのです。

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【102463】関三平先生から会員諸氏へ

11月22日投稿の【102177】『近鉄ファンへのプレゼント!・伊勢電鉄モハニ231』に関して宮崎繁幹様から「モニ6231の前側部窓下のプレートは何か?」との質問がありました。私がハガキで先生にその旨をお尋ねしたところ、本日封書でご回答を頂きました。いつもの通り、達筆の長文ですので僭越ながら要約して掲載させていただきます。なお、INUBUSE氏から「近鉄社章と型式、定員、自重を刻印した鋳物のプレート」との回答を頂いております。
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【102396】 秋の北陸 定番の撮影地 早回り旅 ③

早まわり旅、最終の3日目は、富山地鉄の立山線に乗車して有峰口に向かいました。千垣~有峰口には、常願寺川を渡る大きなアーチ橋があり、以前、乙訓老人が、京阪旧3000系に会いに行かれたところで、よく写真を見せてもらいました。私も遅まきながら、老人の思いを体することにしました。富山から乗車した特急は「ダブルデッカーエクスプレス」の京阪旧3000系で、クローバー会の旅行でも、みんなで指定席の二階建て車両に乗って、懐かしさに浸ったものです。地鉄に導入されて、5周年となり、前部には記念のヘッドマークが掲げられていました。ただ、最適な時間帯にも関わらず、指定席の二階車は乗客ゼロ、自由席車も、次第に減って来て、寺田を過ぎると数人という寂しい車内でした。
上路式のアーチ橋で常願寺川を渡る。並行する道路橋の芳見橋から撮影できる定番撮影地で、しかも列車は展望のため徐行運転するから撮影には都合がいい。地鉄カラーの14783+14784がまず通過。

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【102354】錦川鉄道 短信

中国新聞にこんな記事が載りました。

平成30年11月26日 中国新聞朝刊

どの第3セクター鉄道にも共通する悩みでしょうが、人材確保には苦労されているようです。地方の路線バス会社も同様でしょう。

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【102347】 秋の北陸 定番の撮影地 早回り旅 ②

早回り旅2日目は、黒部峡谷鉄道へ向かいました。このトロッコ列車に初めて乗ったのが、一昨年春のクローバー会での旅行でした。どですかでんさんの世話で、宇奈月温泉にみんなで一泊し、翌日、1900生さんと一緒にトロッコ列車に乗りました。窓のない素通しの客車から眺めた渓谷の新緑が格別に美しく、忘れられませんでした。つぎは、ぜひ紅葉の頃に訪れたいと、以前から思っていました。同社のHPを見ていると、“シニア運賃半額”の文字が飛び込み、このチャンスを逃すまいと、宇奈月温泉入りとなりました。晩秋の陽光をいっぱいに浴びて、色づいた渓谷沿いをトロッコ列車が行く。

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【102312】J train 72号 2019冬 ロングインタビュー「JR貨物に訊く」

ホームカミングデーのパーティーで同席になったJR貨物のS君からこの本のことを聞いた。2011年の東日本大震災の時も新潟から郡山までの迂回貨物列車を走らせた経験を持つ彼に、また再度の重責が課せられたのだ。
本年夏の山陽本線不通災害により山陰本線を迂回する臨時貨物便を走らせた事に関してインタビューを受けて、その応答が巻頭8ページに亘って掲載されている。
単にスジを引いて走らせれば良いのではないことはこれを見ている誰でもが知っているが、その実務を理解するためにも一読してほしい。折しも来年度予算に、災害時のために高速道路を三車線にするための予算を組み込むとかの報道があったが、二車線が被害に遭っても三車線なら助かる確率よりも山陽線が不通になって山陰線を迂回するとか、東海道線が不通になって貨物輸送を中央線に回す確率の方がよっぽど高いはず。このようなことなら東海沖地震がおきたときにはまたS君が引っ張り出されることになる。

1650円(税別)で販売されているのでお買い求め願いたい。
また、東日本大震災の時の記録は、2016年12月29日にテレビ朝日より「希望のレール~被災地へ燃料を~」というタイトルで放送されて彼もインタビューに答えている。