気動車のトレーラーとして使用中のオハ1957/浜大津 (40-3-18)
今回は廃止時に在籍していた客車を話題にした。
オハ1957~1960、オハ2763~2765の7両の客車が在籍した。昭和40年頃まで日常的に朝夕の快速列車に、オハ1957~1960は気動車のトレーラーとしても使用されていたが、走行部分の老朽化や総括編成の登場等により、快速列車での使用を取り止め、速度制限(65㎞/H)を設けて夏季の水泳シーズンの臨時列車にのみ使用されるようになった。水泳臨時列車専用のように記されている書物やネットが散見されるが、大きな間違いであり注意が必要である。
【オハ1957~1960】
オハ1957~1959は、明治35年関西鉄道四日市工場製の木製客車ホハ102~104を大鉄車両で車体を新製して鋼体化した車両である。オハ1960は昭和36年大鉄車両で新製した車両であるが、昭和30年廃車になったホハ101の台枠と近鉄名古屋線の改軌で不要となった台車を再利用している。
車体は1両毎に細部が異なる。
〔オハ1957〕(形式オハ1900)
昭和32年(1957年)ホハ104を鋼体化したもので、座席はロングシートである
三井寺下 (41-11-27)
〔オハ1958〕(形式オハ1910)
昭和33年(1958年)ホハ103を鋼体化したもので、近江今津側が正面2枚窓の非貫通で車掌室が設置されている。座席は扉間クロスシートである。
三井寺下 (41-11-27)
貫通側/三井寺下 (43-5-18)
堅田 (44-10-4)
〔オハ1959〕(形式オハ1910)
昭和35年(1960年)ホハ102を鋼体化したもので、浜大津側が正面2枚窓の非貫通で車掌室が設置されている。座席はオハ1958同様扉間クロスシートである。
堅田 (44-10-4)
〔オハ1960〕(形式オハ1960)
前述の通り、昭和36年大鉄車両で新製車。ホハ101の台枠と近鉄名古屋線ク6561形の台車K-67を再利用している。座席は扉間クロスシートである。
【オハ2763~65】
元国鉄オハ27(オロ31の格下車)で昭和39年に譲り受けた。車歴は下記の通りである。
オロ31110(昭和3年日本車輌)→オハ27110→江若オハ2763
オロ3192(昭和3年日本車輌)→オハ2792→江若オハ2764
オロ31117(昭和3年川崎車輌)→オハ27117→江若オハ2765
いずれもトイレ、洗面所を撤去して63と65に車掌室を設置している。
〔オハ2763〕
快速列車に使用中/浜大津 (41-12-8)
〔オハ2764〕
快速列車に使用中/浜大津 (41-11-29)
高島町 (44-10-4)
〔オハ2765〕
高島町 (44-10-4)
【列車の画像】
〔快速列車〕
昭和41年頃迄DD13牽引の快速列車が1往復運転されていた。当時の時刻表が手許になく、昭和44年6月時点の時刻表では、上りは近江今津発6時40分で途中新旭、安曇川、高島町、北小松、比良、蓬莱、和邇、堅田、雄琴温泉、滋賀、三井寺下に停車して浜大津着は8時5分、下りは浜大津17時55分、近江今津着19時15分で、所要時間は普通列車より約10分早く、通勤快速とでも云うべき列車であった。
5両編成で浜大津寄りからオハ1900番台3両+オハ27形2両が基本であったようであるが、一度だけオハ1900番台2両+オハ27形3両を見たことがある。
快速列車は浜大津駅到着以外撮影していないが、無いよりマシと思っていただきたい。
DD1352+オハ1959+オハ1960+オハ1958+オハ2764+オハ2763/浜大津 (41-12-8)
DD1352/浜大津 (41-12-8)
〔気動車のトレーラー〕
キハ51+オハ1960+キニ4 / 浜大津 (40-3-11)
キハ19+オハ1957+キハ12 / 浜大津 (40-3-18)
いずれも近江今津からDDT編成で到着後、三井寺下に回送のため先頭のDを反対側に連結したところ。
〔水泳臨〕
DD1352の引く近江舞子行回送列車/滋賀~叡山 (44-8-16)
水泳帰りの客で満員の浜大津行/滋賀~叡山 (44-8-16)