JR九州ハロー!自由時間ネットパスの旅 Part 6 島原鉄道に乗るⅡ

第4日目  5月29日 その2

④ 大三東 12:48⇒13:05 島原船津

団体でのツアーも終わって個人ツアーになりました。大三東から列車に乗って車庫のある島原船津を目指します。

12:59 島原半島の行政・経済の中心、観光拠点になっています島原駅に到着しました。島原城の大手門を模した立派な駅舎が出迎えてくれます。
多くの乗客は降りられて車内はガラガラ状態になりましたが私は車庫を先に見ておきたいので見学は帰路にしました。

島原駅は、2001年(平成13年)に年間738,553人あった乗降客が、2021年(令和3年)には年間255,426人へと激減しています。(※長崎県統計年鑑から転載)
2008年(平成20年)に島原港~加津佐が廃止された影響により約38%もの利用者減になりました。以後微減状態が続いています。1990年(平成2年)11月17日、198年ぶりに噴火活動を再開した雲仙普賢岳によって翌年6月3日の大火砕流が発生、多くの人命が失われ、島原鉄道も翌日6月4日から1997年(平成9年)4月1日まで6年近く運休になった影響が大きかったようです。

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クローバー会北九州ツアー余禄

あれからもう1ケ月近くが経とうとしており、間の抜けたレポートになりますが悪しからず。2日間のツアーが大変充実したものであったことは、参加者の皆様が異口同音に述べられている通りで、企画、お世話頂いた方々に改めて感謝申し上げます。せっかく北九州に行くなら少し寄り道をと考え、2日目は西鉄貝塚駅前で皆様と別れました。私の住む広島県三原市は小早川隆景の居城三原城のある城下町ですが、その隆景がまず1585年に伊予攻めの功により秀吉から伊予国を与えられ、次いで1586年に九州攻めの功によって筑前、筑後と肥前の一部を与えられます。そして海城として名島城を築き、博多の街づくりを行います。ということで、三原人にとって名島城の存在は有名なのですが、私自身は名島城を訪ねたことがなく、今回は絶好のチャンスと考え、名島城跡を訪ねた次第です。名島城跡訪問記は省略しまして、この日は和白で1泊し、翌日は香椎線の初乗りで西戸崎に行き、そのあと、若松、戸畑、スペースワールドと巡って帰路につきました。そんな寄り道旅の様子をご紹介します。

1.香椎線と西戸崎

宿泊したホテルAZ福岡和白店は有難いことに朝食は6:00からなので、早々に朝食を済ませてJR和白駅に向かいました。JR香椎線和白駅は西鉄貝塚線和白駅と隣接しており、月曜日の7:00過ぎとあって、香椎、博多方面に向かう通勤、通学客で大変混み合っていました。しかし西戸崎方面に向かう人たちは少なく、西戸崎までの15分程ではありましたが、風景をゆっくり楽しめました。

和白駅風景 令和5年5月29日 左は西鉄貝塚線654+614、右はJR香椎線721C宇美行き

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JR九州ハロー!自由時間ネットパスの旅 Part 5 島原鉄道に乗るⅠ

第4日目  5月29日 その1

DRFC-OB会のツアーも終わりましたので今日からは私が勝手に作成した個人ツアーです。最近、九州へは長崎への西九州新幹線開業時に参りました。その前には千住のヤスベイさんと松浦鉄道に乗って桜前線の乗り鉄旅を楽しみましたが乗りたいと思っていた「ゆふいんの森」にはまだ乗っていません。島原半島を走る島原鉄道もまだ未乗車です。九州を横断する久大本線、豊肥本線にもしばらく乗ってはいませんので久しぶりの乗車を楽しみたいと思い計画を練りました。

まず訪問する第1日目は島原半島としました。JR九州ハロー!自由時間ネットパスを利用して訪れますがこのネットパスが使えるのはJR九州線のみで島原鉄道腺は別途バスやフェリーにも乗れる2日間乗り放題のフリーきっぷ(4,000円)を諫早駅で購入しました。 続きを読む

 北九州から福岡へ “思い出探し”の旅 ❻

“思い出探し”の旅も、北九州から福岡へと移ります。クローバー会の北九州ツアーの2日目、西鉄宮地岳線の廃線跡めぐり、多々良工場の見学のあと、午後からは、1975(昭和50)年に廃止となった西鉄福岡市内線貫通線の箱崎、馬出付近の廃線めぐりとなりました。私も廃止直前に、貫通線のほぼ全区間を歩いて写しただけに、50年前と比べてすっかり変わってしまった沿線を見て、感慨深いものがありました。 「馬出」電停の安全地帯が、いまも残っていることを、本欄でも、地元のおとりんさんからレポートが寄せられて、そのコメントに私も写真を寄せたが、今回、もう一度、掲載を。貫通線が九州大学の校地に沿って東進し、左へカーブしたところに「馬出」の電停があった。この付近は、ほぼ専用軌道で、電車はダイヤ通りに走り、商店の軒先を兼ねた電停は、賑わっていた。現在の同地点は、「馬出バス停」交差点に当たる。線路跡は道路となった。城戸商店は、ご覧のように、外装は新しくなったが、窓割りはそのままで、沖縄そばの「由ら花」などになった。左手にあった民家も合わせて、棟続きになった。

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お城と電車番外編 熊本城と福山城、ついでにJR西500系

奈良の駅名研究家さんから「駅前喫茶店(第61回「城」を含む駅名)」で「城」とあったので一瞬びくっとした後、快速つくばねさんからのコメントでこの分野は準特急さんの専門と言われ、最近はあまり投稿していないので背中を押されたような気分で急遽ネタ探しをしたのがこれです。大分日が経ちましたが今回北九州大旅行をして来た時の話です。途中抜け出して熊本に墓参りに行ってきましたのでえらそうなことを言えませんが、イベント前後の話です。航空券が入手できなかったので普段はなかなか乗車できない山陽新幹線にしました。帰りに乗ったことがない500系に乗ることが目的でした。定宿にしている東横インの小倉駅新幹線口は少し辺鄙な所ですが客室から小倉駅を発車する新幹線が見えました。2023.5.26  岡山行きこだま874号500系8連▼

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JR九州ハロー!自由時間ネットパスの旅 Part 4 ツアー2日目

第3日目  5月28日

今日はJR福間駅に9時半集合でNPO福岡鉄道資料保存会の皆様のご案内で宮地岳線廃線跡見学へ向かいます。

7:24 宿泊した西鉄イン小倉での朝食は申し込まず待望の小倉駅名物のかしわうどんを選びました。朝早くから営業しているだろうとまず連絡橋のもJR九州フードサービス(株)経営の「玄海うどん」へ行きましたがまだ開業していません。別の北九州駅弁当(株)が経営しています前回食した1・2番ホームの「ぷらっとぴっと」を見ましたが同じく閉まっています」。もう一つの7・8番ホームのうどん店を探しましたらお客が一人おられました。ホームのベンチで腰掛けて食べることにしました。
▲ 7:37 たっぷり入った甘辛いかしわ、柔らかいうどん麺、甘めのつゆとの組合わせは絶品で今日も美味しくいただきました。

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JR九州ハロー!自由時間ネットパスの旅 Part 3 DRFC-OB会ツアー合流

第2日目  5月27日

① 大阪南港 19:50(名門大洋フェリー)⇒8:30 門司港

04:17 昨夜は早くに爆睡体制に入りましたので今朝は早朝に目覚めました。艦内のモニターでは船は松山沖を走っています。朝日が見られるかもと甲板に出てみましたが厚い雲に阻まれていました。
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JR九州ハロー!自由時間ネットパスの旅 Part 2 旅立ち

第1日目  5月26日

①  長岡京 17:04(快速)➡︎17:35 大阪
②   西梅田 17:45(大阪メトロ)➡︎18:07 住之江公園
③  住之江公園 18:11(ニュートラム)➡︎18:33 フェリターミナル

いよいよ出発当日となりました。自宅からフェリー乗り場までは約1時間半です。夜行となると学生時代に客車列車に乗って九州や北海道に向かったウキウキ気分と同じになってきます。 続きを読む

 北九州へ “思い出探し”の旅  ❺

直方駅4番ホーム対比 蒸機時代、ホームの横には直方機関区があり、入出庫する蒸機が黒煙を吐きながら、連なっている光景が日常的に見られた。4番ホームへ到着するのも蒸機。乗客は真っ黒になりながら、列車に乗り込んだ。いまは福北ゆたか線こと筑豊本線は電化されて、留置されるのは電車。DCになった。ホームにいても、乗客が少ないこともあって、妙な静寂に包まれる音や臭い(匂い?)に包まれて、五感をくすぐられた、あの直方が懐かしい。

思い出探し、次は直方です。直方へは、蒸機が無くなってからも、何度か訪れて、その変化を見届けてきました。これまでも再三に渡って投稿して来ましたが、改めて、直方の今昔を対比してみました。

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駅名喫茶店(第60回:大調査!「町(まち)」、「町(ちょう)」、多いのはどっち?)

節目の第60回にふさわしいテーマは、やはり大調査です。以前より記したかった「町」を含む駅名、ようやくお披露目です。

同じ「西院」という駅名でも阪急では「さいいん」、嵐電では「さい」と読ませる例もあるので、同じ表記の駅名であっても鉄道会社が異なれば別々にカウントしています。例えば、弁天町は大阪メトロで1カウント、JR西日本で1カウントといった具合です。

さあ皆さん、「町(まち)」、「町(ちょう)」のどちらが多いと思いますか。答え(ただし、奈良の駅名研究家調べ)は写真の後です。【2023/7/11修正、2024/6/8・6/9再修正】

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ここはどこ?わたしはだれ?ー多摩湖鉄道所蔵作品より(10)

例によって米手作市が投稿のお手伝いをさせて頂きます、が、その前に言い訳をさせてください。
この原稿は5月に頂いておりましたが、わらくろや事故、琵琶湖のヒマ人こと吉田耕司先輩の急逝、そして乙訓の老人(長老)こと沖中忠順先輩の一周忌(6月8日)と続き、更には米手作市の高校の同窓会が昨10日にあり(米手が事務局長!)大多忙の日々で、今日まで遅延させてしまいました。
宮崎繁幹さんには大変な失礼をしてしまい、申し訳がありません。ただ今から回復運転に努めますのでお許しください。(以上、言い訳終わり)

今回は私鉄電車特集です。出所は恐らく昭和20年代に各地で色々と刊行された同好会誌に在ったものと思われます。これ等の会誌は、殆どが孔版(ガリ版)印刷でした。デジでない大昔の「青信号」もそうだったのでは、ないでしょうか? これ等の会誌にも写真掲載の試みは為されていました。それが写真の貼り込みです。小部数の出版物では、コスト的に網点で写真原版を作成することなど望むべくもなかったでしょう。しかし引伸ばし印画ならまだしも、密着版が多い。セミ判までなら見られますが、35mmの密着、所謂ベタ焼きでは、切手くらいの大きさであり、虫眼鏡が欲しいです。

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 北九州へ “思い出探し”の旅  ❹

折尾駅前には2000年まで、西鉄北九州線の折尾駅があった。かつては門司(門司港)~折尾、30キロ近い路線を有していた北九州線だったが、順次、廃止され、最後の営業区間、黒崎駅前~折尾も十数年前に廃止となり、北九州から西鉄の軌道線は消えた。西鉄の折尾駅は高架上にあり、その一部は、9連の煉瓦アーチ橋で支えられていた。現在、再開発地区に3連分の煉瓦アーチが残されている。右は、鹿児島本線黒崎方と筑豊本線中間方を結んでいた、通称“短絡線”の廃線跡。

新しい折尾駅を巡ったあと、改札を出て、駅周辺を回りました。駅の営業は、昨年から始まっていますが、駅周辺は大規模な再開発事業の真っ最中でした。区画整理事業の地域では、新しいマンション数棟以外は、すべてが取り壊され、いまは更地となって、碁盤の目状の区画ができていました。古い風景を思い出しながら、周辺を巡りました。

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 北九州へ “思い出探し”の旅  ❸

日本最初の立体交差駅と言われ、昭和の香りを残した駅周辺も魅力的だった折尾駅、駅舎は大正5年竣工の二代目で、辰野金吾の設計との説もある(上)。2006年から始まった周辺の連続立体交差事業は、付近の地形を変えてしまうほどの大規模なものだったが、2022年3月改正で、全面高架化が完成し、営業を開始した(下)。Y字型の駅の中央にある駅舎は、旧駅舎を曳家して移築したのかと思っていたら、旧駅舎を忠実に再現した新築だった。

思い出探しの旅、行くことが叶わなかった九州の鉄道のなかで、連続立体化された折尾駅は、ぜひこの眼で確かめたいものでした。しつこく言いますが、高校二年生の九州旅行、鹿児島本線から降りて、折尾駅の複雑な通路を通って、筑豊本線ホームで若松行きの列車に乗り換えました。牽引機は初めて見るC55でした。動輪の間近に寄って見ると、なんとスポーク動輪を通じて、向こう側の景色がよく見えるではありませんか。これぞスポーク動輪、これぞC55だと大いに感激しました。試しにデジ青で折尾駅を検索すると、同じような内容ばかり書いていることが分かりました。さらに上塗りする記事となりますが、私の思い出の駅として、ご容赦ください。

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 北九州へ “思い出探し”の旅  ❷

若松駅対比 大正9年にできた旧駅舎(上)と、駅構内が再開発されて昭和58年にできた現在の駅舎(下)。同じ位置に建つように見えるが、旧駅は線路方向に建っていて、国道199号側に面していた。新駅は終端駅スタイルに改められて、国道495号側に面するようになった。キューロクが保存展示された場所にコンビニが建っていた。

若松駅は、石炭とともに栄え、石炭とともに凋落していきました。鉄道建設期、筑豊興業鉄道では、始発駅は、地域の中心だった芦屋に置く計画でしたが、地元の反対で若松に変更になり、明治24年に若松駅が開業しました。石炭の需要の高まりとともに昭和30年代前半には最盛期を迎え、若松駅は、石炭の積出港として日本一の貨物量を誇るまでになりました。しかしスクラップ・アンド・ビルド政策で、石炭は斜陽化の一途となり、私が訪れた昭和40年代の初頭には、石炭扱い量は激減していましたが、最盛期など知る由もない私にとっては、広いヤード、石炭車の群れに、石炭がまだこの国の重要なエネルギー源だと思ったものでした。

蒸機が無くなってからも、二度ほど若松駅を訪れて、その変化は確認したつもりですが、今回、さらに周辺の様相が変わっていて、小雨のなか速足で回って来ました。

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北九州ツアーの御礼と思い出写真

吉田耕司先輩は私が入会した時の4回生でした。卒業後も当時存在した江若鉄道の近江今津までご一緒させていただいたことがあります。先輩はもっと遠い所に旅立たれてしまい寂しい限りですがこの場をお借りして生前にお世話になりましたことに対して御礼を申し上げますとともにご冥福をお祈り申し上げます。

さて、北九州ツアーですが、参加者名簿を見ますと私が、最上段にあり、つまり最高齢参加者ということになり、皆さんにご迷惑をおかけすることはできないので前日26日に新幹線で小倉入りしました。おかげさまで天気に恵まれ幹事の方にもよくしていただき会長さんの投稿にありますように大変楽しい旅行ができました。特に最初の門司港にあります九州鉄道記念館ミュージアムには懐かしい国鉄時代の車両が展示されておりましたのでそれら展示車両の現役時代のフィルムを見つけ出して対比してみました。記念館の展示車両は参加できなかった方にも見ていただこうと思い掲載しました。

最初に目についたのはやはりC59のトップナンバーC591でした。1941(昭和16)年汽車会社製造で製造番号2000で名古屋区に配属され以降、姫路、門司港、熊本と転属していきました。準鉄道記念物になっております。▼

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 北九州へ “思い出探し”の旅  ❶

北九州市若松区に、“若松市電”とも呼ばれた北九州市営軌道が走っていた。国鉄若松駅から、若松の繁華街を通り、北部に集中していた工場への貨物輸送を担っていた路面軌道だった(昭和50年6月)。

デジ青投稿、再開します。さる土・日に行われたクローバー会の北九州ツアー、楽しかったなぁ、充実の二日間でした。会員や外部の皆さんに、持ち場ごとに協力をいただき、クローバー会ならではの見学・探索となりました。

私にとっても北九州は思い出の地です。デジ青にも載せましたが、高校2年生の時、初めて2週間の一人旅をしたのが九州でした。関門トンネルをくぐって門司に着いた途端、空気感が違ったことを今でも覚えています。あたりかまわず上がる蒸機の煙、顔を真っ黒にして無我夢中で写し続けました。これが北九州なんだと思いました。以来、何度も訪れた九州ですが、コロナ禍もあって数年ぶりの訪問となりました。

その昔に訪れた地と、現在の姿を対比するため、ツアーを終えた翌日の一日、すっかり姿を変えた折尾駅や、直方、若松を一人で駆け回って来ました。今回は若松の街を走っていた貨物軌道です。

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駅名喫茶店(第59回:今日は水曜日なので「水」を含む駅名)

「日」、「木」ときまして、次は「水」です。ところで、今までの「日」、「木」、「水」の投稿で何かお気づきになられましたか。

「木」を含む駅名:計184駅名 駅名喫茶店(第56回:今日は木曜日です。「木」を含む駅名)

「日」を含む駅名:計138駅名 駅名喫茶店(第53回:今日は日曜日!「日」を含む駅名)

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JR九州ハロー!自由時間ネットパスの旅 Part 1 旅立ち前の計画作成

5月26日、27日の2日間にわたってDRFC-OB会の「北九州の鉄道の今と昔を巡るクローバー会北九州ツアー」が開催されます。私も参加させていただきます。どういった行程で行こうかと悩みぬいて5月連休中にはほぼ大半が確定できました。
九州へは2019年3月、2021年9月、2022年9月と11月、2023年1月と5回も訪問しておりますが長崎、熊本、鹿児島の路面電車の撮り鉄が中心でしたのでゆっくりと観光地を巡る旅はしていません。前回は台風被害で運休だった久大本線を走る「ゆふいんの森号」には乗りたい。まだ未乗車の「島原鉄道」の乗り鉄旅もやりたいと思い行程を組みました。
購入するJR九州のお得なきっぷは、以前にも選んだ「ハロー!自由時間」北部九州版(9,800円)です。バラではなく連続3日間の規定がネックですが、乗車の度に購入するのと比べると半額以下にはなります。
最も悩んだのは九州入りまでの行程で手元にもらったANA株主優待券がありましたのでこれを使って片道は飛行機にして後の片道は新幹線と思いましたが、前回新造船が投入されるとニュースのあった名門阪九フェリーに乗船してみたいと検索すると夕朝食込みで片道8,800円のお得なきっぷが旅行代理店サイトから見つかりました。
宿泊先も北海道同様に全国旅行支援で20%割引きとクーポン(2,000円)が付いた温泉付き三ッ星以上のホテルを探しました。
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 あの日あの頃 ほぼ同月同日に還る ~16~

日常の記録 大阪駅の24時間④

最終回の大阪駅24時間は、夕方から最終電車までをお伝えします。ドーム屋根の向こうに陽が傾き始めると、駅は二回目のラッシュ時を迎え、多くの乗客がホームを行き交います。そして、陽が落ちて、あたりが暗く包まれると、大阪駅はいっそう輝きを増して来ます。

 

 

 

 

 

 

 

新快速を補完する快速も頻繁運転される。この列車は、JR東海まで足を伸ばす223系快速の大垣行き、夕方以降、大垣行きは3本運転されていたが、いまではJR東海へ乗り入れる快速はなくなった。

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