半世紀前の神戸市電-併せて街の今昔対比(1)須磨

2017年は神戸開港150年です。それとはあまり関係が無いのですが、半世紀前の神戸市電と街の風景を対比してみたいと思いました。初めは市電の西端、須磨駅前です。

筆者が子どもの頃、須磨区の若宮から須磨浦までおよそ3.5kmの海沿いはみんな、魚釣りができたり遠浅の海水浴場がある白砂青松の素晴らしい地域でした。東須磨の自宅から若宮海岸なら歩いて20分。山陽電車に乗れば須磨駅の隣り、須磨浦まで15分。海水浴や釣りで須磨駅前もよく通りました。

安全地帯のある停留場、須磨駅前を画面右・東方向に向け発車する3系統935号。市電の背後に赤地に白文字で『須磨』と書かれた停留場標識が見えます。その右に焦げ茶色の瓦葺の屋根がありますが、山陽電車・須磨駅入り口です。ホームは階上で画面左上に架線と鉄支柱が見えます。画面中央右寄りにある箱型の建物は現在も残っています(後述)。

3系統は須磨-東尻池-中之島-神戸駅前-三宮駅前-県庁前-長田-東尻池-須磨に至る循環線でその逆コースが4系統でした。1965.2.28 撮影 C0802 続きを読む

カラフルDC-半世紀前、盛夏編

残暑お見舞い申し上げます。
昨年に続き『真夏の蒸機』を考え、記事も途中まで書いたのですが、もうひとつパッとせず、諦めて、DCにしました。以前加太のDCを投稿したのですが今回はそれ例外の場所です。炎天下になかなか来ない蒸機を待つ間、さっと通り過ぎたDC。高価なフィルムが勿体無くてあまり気乗りせずに撮ったDCですが、今はやはり貴重に感じるものです。DCの形式を私はよく間違えます。気を付けますが、間違いあればご指摘下さい。

先ずは米坂線。先だってより、蒸機39685の写真をさいたま市役所に飾って頂いていますが、それはこれと同じ場所の地上から撮ったもの。下の画像は山から俯瞰した準急『あさひ』です。仙台発仙山線、奥羽線、米坂線、白新線経由新潟行き。上下各2本あり、鉄橋とトンネルが続く深山幽谷地帯を行くキハ58系が画面左に進行します。一面緑でDCの色がよく映えます。同じ位置から撮った貨物列車の画像は蒸気も見えず、緑と黒だけ。見栄えがしませんでした。
▼米坂線 玉川口-小国間 607D 『あさひ1号』 1965.8.17      C1521 続きを読む

半世紀前の長崎電軌(3)-併せて街の新旧対比-

長崎電軌第3回目です。一旦長崎駅前に戻りました。
▼【旧】第1回でも紹介した駅前です。食堂、パチンコ屋のほか、かすてらの看板もありました。線路は右手奥と右手前の二方向に分岐します。画面では170型電車が右手奥へ進み、旧・小川町(現・桜町)を通り公会堂前方向に向かっています。
次の画像で歩道橋上から眺めると好く判ります。1963年4月3日 07922▼【新】(左)上の画像とほぼ同じ位置から眺めました。山が見えなくなりました。(右)駅前は歩道橋と橋上広場に変わっています。歩道橋の上から南の方向を眺めました。線路を左奥に進むとこれから紹介する旧・小川町(現・桜町)、右奥に進むと五島町、出島を経て築町です。Google Earthより
続きを読む

半世紀前の長崎電軌(2)-併せて街の新旧対比-

長崎電軌第2回目、図は南部方面、今回紹介の路線図です。蛍茶屋から公会堂前を経由して一旦長崎駅前に戻ります。再び同所を出発、西浜町経由で思案橋に、その後石橋に向かいます。グラバー亭を訪ね街を見下ろして、最後は築町、出島経由で長崎駅に戻りました。
▼【旧】211型212 蛍茶屋車庫  1963.4.3撮影  07900     続きを読む

半世紀前の長崎電軌-併せて街の新旧対比-

半世紀前シリーズ、今回は長崎電気軌道株式会社、長崎電軌。1963(昭和38)年3月末に訪れました。車輌と共に、街の様子を新旧対比したいと思います。停車場及び街名は、1962年訪問時の表記です。現在名は()内に表記しました。
新しい街の様子は、例によってGoogle Earth を利用しました。
▼1963(昭和38)年頃の長崎電軌路線図を作成しました。その一部、北部方面です。
続きを読む

28698 奥山さんのアルバムから

梅小路の28698 が話題のようです。当会OB奥山直秀さんのアルバムにも2枚ありました。 何かのご参考になれば。
▼1966.1.2 梅小路にて、所属は【梅】と読めました。機番は読み難いですが、間違いありません。
 ▼1968.1.3 梅小路にて。所属札に【梅】は表示されていません。
左後方は88638機です。

 

 

第7回写真展 『 鉄路輝く 』 Web版 upload

去る5月、ゴールデンウィーク期間中に開催された、第7回鉄道写真展 『鉄路輝く』 は成功裏に幕を閉じました。企画立案から印刷、展示レイアウト、キャプションの作成・印刷、はては会場運営まで一手に引き受けて頂いた総本家青信号特派員・Fさんに感謝申し上げます。それから会場設営と撤去作業が、限られた短時間内に完遂できたのは、携わった会員諸氏の協力と見事な手際良さでした。会場は一流のギャラリーとあってなかなか立派でした。会員諸氏の力作に加えてゲストの方々の作品、併せて100点近く、壮観でした。・・・・・終ってみれば、いつもと同じ一抹の寂しさが。

遅くなりましたが、第7回写真展『鉄路輝く』 Web版を upload しました。会員の作品はフリーテーマとテーマ展示の二編。そして今回新企画のゲスト作品と絵画を含む特別展示編。最後に会場周辺風景と展示会場情景を併せてup しました。立派な展示会場の雰囲気が感じ取れるようです。

閲覧方法は、
①この画面の最上部、緑の帯、右から3つ目「写真展」にマウスを重ねる。
②写真展『鉄路輝く』が表示されるので、これをクリックする。
③『鉄路輝く』Web版、Top 頁にジャンプするので、上部の『第7回』をクリックすると、
今回のWeb版を閲覧できます。勿論第1回から6回、EVE編も閲覧できます。

Top 頁も今回、内容を更新しました。
Top ページではBGMに、同志社大学グリークラブの演奏による同志社カレッジソングが、展示写真の各頁では、オルゴールで同じくカレッジソングが流れます。

画面遷移は自動スライドですが、キャプションを読む時など、< Pause Slideshow > ボタンで一時的に止める事ができます。再始動は<Play Slideshow> ボタンです。また、< Previous Photo > および < Next Photo > ボタンはそれぞれ前に戻る、次に進むです。時にこれらボタンを使いながら、それでは、手を離して自動スライドショーで、ごゆっくりご鑑賞下さい。

デジタル青信号は鉄道情報発信の始発駅

デジ青のシリーズもの特番記事に、準特急さんの『保存機とその現役時代』があります。昨年12月で37回にもなる長編連載記事です。今回その関連記事に、準特急さん以外の筆者が無断で割り込みます。お許しください。

実は去る3月7日、デジ青の管理人・小西さんを通じて、筆者宛にこんなメールが届きました。
発信者は、さいたま市中央区役所・区民生活部総務課・防災総務係の I さんです。曰く『デジタル青信号37606号、人と鉄道と-沿線の人々-に掲載の蒸気機関車39685の写真を使わせていただけないでしょうか。都市合併前の旧与野市時代、1972年から市役所東側に同機が保存されていましたが、老朽化が進み危険でもあり、この程解体されました。ついては同機を偲び市役所内に、39685機の写真、それも現役時代の写真を掲示しようと企画中です。』

早速返信を送りました。『何の制約もなく、ご自由にお使いください』と。それと、指摘の画像は同機が玉川口駅に進入するカラー写真(下の画像)で、他に山中の走行カラー(次ページの画像)とモノクロ写真がありますよと、筆者のホームページを紹介し、拡大印刷用に画像データをCDに焼いて送りましょうかとメールしました。すぐに返信が到着、『こちらからは何もできないがいただいてよろしいでしょうか』とありましたので、3月11日データを送りました。近い内に展示されることでしょう。
▼デジ青37606号の記事(2013年7月21日)内から、39685機の画像を再掲載します。

 

 

続きを読む

半世紀前の山陽電軌、併せて街の新旧対比(2)

半世紀前の下関市街を駆け抜けた山陽電軌の電車たち。前回は彦島口から出発して、魚の街下関市中を通り、唐戸交差点まで来ました。今回は唐戸から車庫のあった東駅までと、長関線の終点長府駅、途中の海岸べり壇ノ浦付近を眺めます。引き続き下関市街の現在の姿をgoogle Earth て懐かしんでみました。
▼唐戸電停の200型202号。三角交差点tの北側頂点の位置です。東駅への折り返しもできました。右手後方は商店街。 06517
▼広島相互銀行(現在の山口銀行)、南部町(なべちょう)付近を行く市内線下関駅行き512号。 06519
続きを読む

半世紀前の山陽電軌、併せて街の新旧対比(1)

半世紀前、1962(昭和37)年3月、筆者が2回生の時、九州に渡る前の一日、下関市内で山陽電軌を眺めていました。その時の画像を整理しながら、停留所や、背景の建物、街の様子が、現在どんな風になっているか、google earth で眺めました。車両と併せて街の新旧対比をも紹介します。

先ずは山陽電軌道の位置です。
▼山陽電軌道路線概要
南から、大和町(やまとまち)線、市内線、幡生線、長関線からなっています。但し車輌の行き先表示板は市内線と長関線の二本立てでしたので、紹介はこれに従います
▼下関駅前、国鉄下関駅の正面に相対する位置でなく、駅の左手(北西方向)に偏っていました。画面左手方向は下関駅西口を経て彦島口に向かい、右方向へ進めば、市内唐戸、長府駅へ。車両は長関線長府駅行き800型802号。 以下日付はいずれも1962.3.20 06422
続きを読む