【19879】2012年春の中国鉄路の旅          Part2 満鉄客車を求めて鄭州へ

第2日目   4月20日
① 大世界(地鉄)→上海虹橋火車駅
② 上海虹橋7:45(D286次)→15:09
鄭州 990キロ 7時間24分

今日は、昨日上海駅で受け取った切符を手配していただいた、鄭州鉄道日記さんがおられる鄭州へと立替金支払と、満鉄客車を見るために向かいます。


▲ ホテルの窓から見る上海の下町です。近代的なビルが立ち並ぶ上海ですが、中心部でも昔の上海を見ることが出来ます。
上海虹橋は、市内中心から約40分かかりますので、5時半には目覚めて直ぐに地下鉄駅へと参りました。


▲ 乗車しましたD286次は、「はやて」ベースのCRH2型です。1等車の切符ですが、2等車の車内を改造した1等コンパートメント車になりました。グループ旅行には最適のシートですが、シートピッチが狭いので、他人同士が乗るには辛いものがあります。


▲  上海虹橋を出発した列車は、昨年開業した北京~上海間の京濾高速鉄路を走行します。上海から蘇州あたりの車窓は、水郷に菜の花が満開で見ごろです。春を迎えた大地は息づいていました。
この列車、途中停車駅に着くたびに後続の高速G列車に追い抜かれます。発車してすぐの昆山南では3本、無錫東蚌埠南でも追い抜かれていました。300km/hの高速路線に最高速度200~250km/hのD列車が混在して走行しているので仕方ありません。9つ目の停車駅の徐州東では、スイッチバックで、在来線に降りて鄭州へと向かいました。
鄭州には、定刻より24分遅れに到着、予約してあった駅前の中国ビジネスホテルチェーン店の錦江之星鄭州火車站店にチェックインしました。


▲ 左上は宿泊したホテル内ですが、これで1泊2,414円。一人で泊まるには十二分な広さで快適でした。右上からは、鄭州鉄道日記さんお勧めのなべ料理屋さん、麺を頼みますと可愛いお嬢さんが、鄭州名物のフイ麺を目の前でのばして切って入れてくれます。


さて、明日は鄭州世紀歓楽園に保存展示されていますテンイネ2型とよく似た特別車「トク2」を視察に参ります。あまり分らなかったこの車両をじっくりとお見せしたいと思っております。


【19996】乗り遅れた連接車

準特急先輩の連接車シリーズは9回で連載が終わりました。自分では連接車は1枚も写していないと思っていたところ 名鉄揖斐線で写していたことをすっかり忘れていて 乗り遅れてしまいました。連載第3回の福井鉄道の770型が元名鉄揖斐線だったのも知らず、見過していました。岐阜市内は本数も多く、手軽に撮影できるので よく街歩きしたことをなつかしんでいます。路面電車はいいですネ。

平成10年10月31日 徹明町付近にて

777  平成10年10月31日 徹明町付近にて

平成14年12月29日 黒野駅にて

773   平成14年12月29日 黒野駅にて

福井鉄道に移った時点で塗装は一新されたのでしょうが、名鉄時代には2丁パンタだったのが 新型パンタ1丁に変わっているのですネ。

ところで上の黒野駅でおもしろい車両を写していましたので、付け足しながらご紹介します。ひとつは保線用のホッパー車で 国鉄のセキとホキを足して2で割ったような2軸貨車、もうひとつは軽トラを改造したモーターカー?です。1ton程度の小型ダンプを改造した保線車両は今でもよく見かけますが、軽トラが化けたのはあまり見た記憶がありません。この軽トラはスクラップになったでしょうが、ホムも生き残ってはいないのでしょうネ。

ホ繧

ホム106+ホム107

軽トラ改造のモーターカー

軽トラ改造のモーターカー


【19984】中国の蒸気機関車について(追補)

藤本氏の記事と関連コメントを見て、相生市で撮影していたことを思い出しました。写真をご紹介します。場所は赤穂ではなく 相生市の中心部にある中央公園です。藤本氏のコメントによると 平成9年に解体されたとのことですが、撮影月日が平成9年7月24日ですから、解体直前の姿ということになります。

寄贈した㈱美乃美は京都市左京区で盛業中の中国関連図書を扱う会社のようです。

↑ 1E1 貨物用 前進形 QJ6200

↑ 2C1 旅客用 人民形 RM1163

 ペーロンがとりもつ縁とはいえ 何でここに中国の蒸機なの?と思い 狭い場所でかつ逆光だったので早々に退散した記憶があります。今はモニュメントだけになっているようです。


【19967】伊予鉄道 モハニ200型

 1961年四国の私鉄電車巡りの最後は、伊予鉄道でした。松山市内線を撮影後、高浜線を訪れました。いずれも1961年3月20日の撮影です。
松山市駅のホームで撮影後、市駅の西の方に歩き、横河原線用の客車が多数見える地点でのモハニ201号車。中間にクハ101を挟んで後はモハ101。

市駅をさらに西に進んで古町車庫にて。202号車。後に火災で焼失、廃車されました。

二代目モハ203。他のモハニ200型と異なる扉・窓配置、メーカーも日立製(この一両のみ)で200型他車(日本車両製)と異なる。

モハニ204号車、梅津寺近く。海に突き出た納涼台(桟橋)が見える。

 

山西-衣山間を疾走するモハニ204+クハ404+モハ104、松山市駅行き。この付近は単線である。戦前は複線であったが、戦時中の供出で単線化され、1961年当時はそのままであった。1964年に再び複線化された。

古町車庫での205号車、405と105の固定3両編成。

古町近くの複線区間を行くモハニ206+クハ406と3両目はモハ106か?。2扉車に見えるので、クハ405の改造車106でなく、303ではないかと思われますが、乙訓の老人様いかがでしょうか。パンタグラフの位置も異なります。改造車の誕生は1961年4月だそうですが、半月あまり前の3月です。


【19939】2012年春の中国鉄路の旅          Part1 17日ぶりの大地へ

前回の旅の途中で、O氏より小竹直人さんが5月連休にプロモートしている阿里河森林鉄道ツアーに参加するが、一緒に行きませんかとのお誘いを受け、即決しました。そのまま中国に滞在した方が、安くつくのでそうしようかなとも思いましたが、香港で再入国したのはノービザでした。問い合わせますと、延長手続きは無理と分りましたので、一旦帰国して再度30日ビザを取って訪中することにしました。

帰国後に中国大阪領事館に赴き手続書類を窓口に提出しますと、「個人ビザ申請は3月から旅行代理店を通じてしていただくように変わりました。」との返答です。確かに、個人からのビザ申請は、大阪のみが受け付けていて、異質でした。
仕方なく、道を挟んで正面にある旅行代理店で申請用紙を渡しましたが、手続料は倍額の6,000円です。たった、8mほど歩いて書類を持って行き、4日後に受け取りに行くだけで、3,000円とはボロい商売ですね。わざわざ大阪まで、往復1,200円も出費して出てきたのは、無駄足でした。
折角大都会まで出てきたので、大型ショップに寄って、旅行用品などを買い求めました。重ねての出費です。

出発までの16日間は、HPへのアップロード等で瞬く間に過ぎ去り、いよいよ続いての訪問となりました。

4月19日 第1日目

① 自宅6:50→長岡京7:00(JR)→大阪(地下鉄)→なんば(ラピート)→関西空港
② 関空10:25(JL891)→11:55上海浦東(地鉄)→大世界→ホテル

今回は、マイレージチケットを受け取れるマイル数が貯まっていなく、正規航空券で最も安い関空からの上海便を利用しました。

▲ 私としては、アルコールが飲み放題だけで満足ですが、関西風味の上海線の機内食です。

17日ぶりの大地です。着いた上海からの鉄路切符は、鄭州鉄道日記さんにご依頼しました。オンライン化された中国鉄路では、乗車10日前に購入できる駅の窓口より早くの、12日前にインターネットで予約と決済が可能となりました。彼から予約番号を連絡いただき、駅窓口に行きますと、切符が発行されます。

今迄、最も苦労をしたのは、訪中直後の切符手配でした。当日や翌日の切符は、100%売り切れです。仕方なく、旅行社に依頼してホテルまで持ってきてもらいますと、1枚では110元(約1,500円)以上もの手数料を支払う必要がありました。それでも取れない場合は、悪名高きダフ屋を通して超高額の切符購入する以外に方法はありませんでした。

しかし今では、オンライン口座を開設している個人であれば、どこからでも予約決済ができるようになりました。先進国では当たり前ですが、発展途上の中国にあっては、画期的な出来事です。

この切符を受け取るのは、初めての経験です。上海駅の外国人専用窓口に並び、番号をメモした紙を渡しますと、直ぐに発券されました。今迄は、駅の切符発売窓口に乗車日・希望列車・希望座席をメモ用紙に書いて渡して、空いているかどうかを見てもらってからの発券となるのですが、既にこの往来は確定済みです。こんなに簡単に切符が購入できて良いのだろうかとさえ思いました。感激の瞬間です。手配していただいた鄭州鉄道日記さんに感謝、感謝です。
▲ 鄭州鉄道日記さんに依頼した3枚の切符です。予約番号と、念のために月日・列車番号、乗車駅を書いたメモとパスポートを出しますと発券されました切符中央の〇がインターネットで予約された切符印です。


▲ 切符を無事に購入できましたので、後はホテルに近い歩行者天国の南京路を散歩して、美味しい小籠包を食して、上海の夜を堪能しました。

明日は、 鄭州鉄道日記さんにお会いするのと、市内の公園に展示されている満鉄の展望車を見るために鄭州へと向かいます。


【19941】日本で保存されている中国の蒸気機関車


中国の鉄道を足繁く訪問されておられる、ぶんしゅう氏の驚異的な行動力には驚くばかりである。私は未だにフルタイムで現役を続けていることや諸般の事情により遠出は不可能であるが、都電荒川線、流鉄、関東鉄道等自宅周辺でも結構楽しめる所があり、細々と趣味活動を続けている。
中国まではとても行けそうにないが、東京都心から1時間圏内に元中国の蒸気機関車が保存されている。先週土曜日に見学に行ったので報告方々紹介する。

場所は、つくばエクスプレス「みらい平駅」から約9㎞離れた「きらく山ふれあいの丘」という「つくばみらい市」のレクリエーション施設で、みらい平駅、守谷駅、関東鉄道小絹駅からシャトルバスとコミュニティーバスの便がある。但し日曜日と年末年始は運休である。(土曜日と祝日は運転)

保存されている機関車は、元南満州鉄道の「プレニ形」で、昭和10年日本車輌で軽貨物や入換用として作られ、平成7年まで鞍山鉄鋼公司で使用されていた。
平成9年に旧伊奈町(つくばみらい市の前身)内外の有志が中国から買い取り、日本に帰還させてこの地に保存した。

あまり人目に付く場所ではないため悪戯による破損等は見られないが、15年間も雨ざらしのため老朽化が進行しており、早急に何らかの手立てを打たないと最悪の事態になりかねない状況である。

 参考までに先週土曜日時点でのバスの時刻を書いておくが、改正される可能性があるため、行かれる時は「つくばみらい市」のH.Pで確認いただきたい。また、タクシーで行かれる場合は常磐線佐貫駅が近い。
シャトルバス/日曜、月曜日運休(月曜日が祝日の場合は火曜日運休)(運賃無料)
小絹  9:30 →みらい平  9:45→きらく山10:05/11:35 →みらい平11:55→小絹 12:10
小絹12:35 →みらい平12:50→きらく山13:10 /15:20→みらい平15:40→小絹15:55

コミュニティーバス/日曜日運休(運賃100円均一)
みらい平  9:45 →きらく山10:15/10:25 →みらい平11:10
みらい平
12:05 →きらく山12:43/12:53 →みらい平13:30
みらい平15:55 →きらく山16:25/16:35 →みらい平17:20
みらい平18:00 →きらく山18:40/18:50 →みらい平19:30
みらい平  9:50 →守谷10:08→きらく山10:54/11:04 →みらい平11:55
みらい平15:45 →守谷16:03→きらく山16:49/16:59 →みらい平17:50
みらい平  7:30 →きらく山  8:14/  8:24 →守谷  9:08→みらい平 9:40
みらい平13:30 →きらく山14:11/14:21 →守谷15:05→みらい平15:35

コミュニティーバスは、みらい平駅を起点に地域を巡回後みらい平駅に戻ってくる環状運転(完全な環状ではなく一部同一ルートを走行する)である。「きらく山」は途中の停留所で、各便とも時間調整のため約10分停車する。撮影のみであれば乗ってきたバスに再度乗って帰ることは可能であるが、じっくり見学するには最低でも30分は欲しいところである。
つくばみらい駅9時45分発のシャトルバスは利用者が多く、ワゴン車の場合は乗り切れない可能性があるため、同時刻に発車するコミュニティーバスの利用をお勧めする。9時50分発でも良いが、守谷駅を経由して大きく迂回するため時間がかかる。帰りのシャトルバスは、乗客数に応じてワゴン車と通常のバスを使い分けているので、積み残される心配はない。
関東鉄道竜ケ崎線、常総線の撮影を兼ねて是非訪れていただきたい。


つくばエクスプレスみらい平駅/ホームは地下にある。秋葉原から区間快速に乗れば40分で到着する。

つくばみらい市のコミュニティーバス/東ルートと南ルートが「きらく山」を通る。


【19886】2012年冬から春への中国鉄路一人旅     ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅 総集編

海外旅行では欠かせない、クレジットカードを忘れるという大失態から始まった旅でしたが、倹約を重ねて何とか手持ちの現金でやりくりしながら、O氏に自宅から送ってもらったクレジットカードを持ってきていただくまでを凌ぎました。
O氏と合流できなかった場合は、街角に這いつくばって道行く人からの施しをお願いするしかないかと覚悟しておりました。O氏様、助かりました。ありがとうございました。

44日間の人生最長の旅は、前半の「2012年冬から春への中国鉄路一人旅」と、後半の「ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅」になっております。まとめましたので、ご覧ください。


▲ 今回の旅では、成都から广州までと、深圳から大連までは、飛行機を利用しましたので、乗車地図では、つながっていません。

▲ 昆明のメータゲージ区間は、時刻表に記載がないので、現在調べております。分り次第に差し替えます。广州~九龍間の乗車距離は、中国鉄路区間のみです。

下記をクリックしていただきますと、内容をご覧いただけます。

【2012年冬から春への中国鉄路一人旅】

Part  1  とほほのスタート
Part  2 1891次に乗って齐齐哈尔へ
Part  3 富拉尔基(フラジル)の蒸気機関車
Part  4  国境の町、黒河(ヘイフー)へ
Part  5 国境の町、黑河(ヘイフー)のあじあ号展望車
Part  6 ( ハルピン )から鸡西(ジーシー)へ
Part  7  鶏西鉱業集団鉄路 その1
Part  8  鶏西鉱業集団鉄路 その2
Part  9  鶏西鉱業集団鉄路 その3
Part10 大地横断5,010キロ 鸡西から昆明へ
Part11 昆明のメータゲージ、 湏越(雲南)鉄道
Part12  昆明のミシェラン 雲南鉄路列車陳列館
Part13  成昆鉄路に乗って、グースの里 北碚(ベイベイ)へ
Part14  江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その1
Part15 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その2
Part16 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その3
Part17 北碚(ベイベイ)から重慶(重庆)へ
Part18 重慶モノレール(重庆軌道交通)
Part19 重慶から芭石鉄道へ
Part20 芭石鉄道その1
Part21 芭石鉄道その2
Part22 芭石鉄道その3
Part23 簡単便利に購入できる中国国内線航空券と鉄道切符
Part24 一旦出国、再入国で大連へ
Part25 大连市電(大连軌道交通)

【ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅】

Part  1 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その1
Part  2 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その2 展示車両
Part  3 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型)
Part  4 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型) その2
Part  5 平庄炭鉱から阜新炭鉱へ
Part  6 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その1

Part  7 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その2
Part  8 北台製鉄所 その1
Part  9 北台製鉄所 その2
Part10 北台製鉄所 その3
Part11 錦州八角台発電所の建設型
Part12 瀋陽から天津へ、そして帰国

以上です。現在、次の中国鉄路乗車の旅も始まっております。近々にアップロード始めさせていただきますので、またご覧いただければ幸いです。


【19919】連接車9

今回はヨーロッパの路面タイプではない連接車とする。連接車については鉄道ピクトリアル789 2007年5月号にその特集が組まれているが、巻頭の説明では「連接車は車両同士の連結部分に台車を配置し、隣接する2つの車両を1つの台車で賄っている車両である」と書かれている。ところが、その特集記事の中で専門家は上記定義に当てはまらないものと断って最近普及しているLRVを広義の連接車として説明している。広島電鉄5000形のようなLRVはヨーロッパ各都市では以前から多く見られるが、このような5車体3台車の車両では台車のない車両は隣の車両が吊っている様である。この連接車特集号では日本のLRVの写真がどんどん紹介されているし、旧東ドイツでは2車体2台車もある。連接車の定義、範囲はよくわからなくなった。ということで連接車最終回は標準型で有名な車両を選んでみた。

最初はイタリアの元TEE「セッテベロ」ETR300で小田急NSE等に影響を与えたといわれる車両。1952年生というから恐れ入るが実に思い切ったデザインの車両である。2車体3台車の間に3車体4台車の中間車を挟む7両編成。2000年5月5日ミラノ~ボローニャ間にあるFidenzaでの撮影。

 

これも有名なフランスのTGV。8車体9台車の中間車に両端はボギー式で10両で1編成。2005年8月7日南仏Antheorの高級別荘地から撮影。パリリヨンとニース方向を結ぶ上下列車。↓        

     

 

1997年8月17日ベルギーのローゼンタール~アントワープ間のKijkuit付近で撮影のタリス。アムステルダム発ブラッセル行きで両端動力車中間8車体9台車はTGVと基本的に同じ考え。↓

          

ユーロスターも連接台車を採用しているが、動力車と客車間、編成中央の客車間は非連接で4分割可は海底トンネル内での異常時対応。1997年8月20日ベルギーのフランス国境に近いMonsで撮影したブラッセル発ロンドンウォータールー行き。↓

 

最後はスペインのタルゴ。2000年5月7日スイスチューリッヒ郊外のMurgenthal~Rothrist間を行くRE/44に牽引されるバルセロナ発チューリッヒ行きEN273列車。客車間の台車が1軸であるのが特徴で標準型の変わり種。↓

         以上で連接車9回の連載を終わる。

 


【19913】レイルNo82「武庫川をめぐる鉄道」について

兵庫ふるさと通信員さんより表題について紹介をいただきました。早速コメントを書いたのですがどういう訳か送信ができない状態なので、新たに新規投稿の形でコメントさせていただくことをお許し下さい。

 

兵庫ふるさと通信員様

お名前は始めて拝見させていただきますが、有難うございます。拙文、拙写で恐縮しております。先輩であるtsurukame様には応援出演をしていただき、内容が濃くなりました。また、893-2様には急遽現在の写真を撮るように協力依頼をしたのですが、撮影途中でお役所に多大な寄付もされたと伺い、これまた、恐縮しております。

 

乙訓の老人様

励ましの言葉かお小言かよくわからないところがありますが、いつも早いコメント有難うございます。私は本を書く知識、能力、体力、気力は全くありません。鉄ピク誌に関しては毎号次の特集のテーマが与えられますので、どうせ何時かは撮る写真と思って出かけます。編集部がどういう写真を欲しているかは一応頭に入れおきます。データ以外は専門の方が説明を入れてくれるので気楽と言えば気楽です。私の強みは関西育ちで関東在住者、歳をとっていることです。逆に専門分野がなく、お迎えが近いとも言えますが、歳をとっている分、東西の新旧写真がかなり手元にあるとも言えます。古い写真はどちらかというと掲載率が高い様ですが、、最近の写真、特にJR系は若い人の方がカメラ知識もあり、うまいので殆ど落選します。若い人と競争するのも面白いですが、全部落選するとがっかりです。古い写真、特にカラーは貴重であるとのことですが、老人様やDRFC-OBの人間国宝級の方々のような貴重なものは皆無です。しかし、最近は私自身紛れもなく老人だと思っております。現在、連接車の最終回を準備しておりますのでまた、宜しくお願い致します。


【19890】準特急さんの企画、発刊さる!

レイル(THE rail) No.82 株式会社エリエイ/プレスアイゼンバーン発行 

DRFC OB会員、準特急さんの企画による『武庫川をめぐる鉄道風景』が421日発刊されました。準特急さんが、少年時代を過ごした思い出の武庫川には、戦前・戦後を通じてたくさんの鉄道が関係します。 

写真と記事は、阪神電車武庫川に始まり、阪神国道線、東海道線、阪急神戸線、阪急今津線、福知山線等々。t殊に福知山線は旧線・新線の両面から、そして旧線跡探報記事もあります。誌の一部を写真で紹介します。

誌は懐かしい場面の数々を、カラー・モノクロで表現した大判の写真集です。地元兵庫県民には特に懐かしく、思い出の場面にたくさん出会いました。DRFC OB会員のtsurukame 氏も写真提供に協力されています。
デジタル青信号の読者もこぞって購読されますことをお勧めいたします。