朝夕のみ、能勢電の単行電車
大阪通信員さんの昭和の記録、続けます。おもに撮られた昭和40年代、蒸機に代表される国鉄だけでなく、中小私鉄にも、大阪通信員さんは強い興味を示されていました、関西を中心に、各地の車両を見ていただきます。今回は、先ごろ、鋼索線(妙見ケーブル)、索道線(妙見の森リフト)の廃止が発表された能勢電鉄、川西能勢口~川西国鉄前の国鉄前線です。昭和56年まで走っていて、比較的よく知られていましたが、なにせ、走っていたのは朝夕だけで、私もついぞ撮り損ねた路線でした。▲地平時代の阪急川西能勢口前から、何度もカーブを描いて、家の裏手の専用軌道を国鉄川西池田駅までを結ぶ0.6キロの路線だった。開業当時、沿線の旅客輸送のみでは苦しく、国鉄からの貨物輸送も狙って敷設されたと言う。廃止前は51、61が専用車として、朝夕のみ運転されていた。川西国鉄前駅はホームだけの構造だった。