都電7000形、8000形

7051 47-8-19
7051と7052の行違い/(47-8-19) 竪川通~大島三丁目

関 三平氏の「昭和の電車」は、地下鉄が3回続いた後、路面電車シリーズになったようである。
次の加越能鉄道デ7050形、鹿児島市電500形に繋がる都電7000形、8000形の解説を試みた。

7000形
昭和28年から31年にかけて93両新製され、年度によりスタイルが多少異なる。
スタイルは正面2枚窓、前中扉と従来の車両とは大きく異なり、中扉の下半分のガラスが近代的感覚を感じさせた。
全車庫に分散配置され、8系統(中目黒~築地)を除く全系統で使用されたため都内各地で見ることができた。
現在も新製車体に載せ替えられた19両が荒川線で活躍している。

土佐電鉄600形、鹿児島市電500形は7000形をモデルに作られた。

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よみがえった大阪顔をした電車の写真

 阪堺電車に鹿児島の市電など大阪顔の原型ともいえる3001型のカラーポジ写真が以前に家を片付けている時に見つかった写真の中にありました。大阪顔の電車の話がでてきたのでデジタル化をしてみることにしました。しかし、ほかの写真(以前公開した加古川線、南海の緑の電車など)もでしたが保管が悪く、カビカビで赤く変色している部分があります。以前と同じように 何とか見入ることが出来るように画像処理ソフトを使用して修復を行いました。修復作業は根気よく、しかも時間をかけてじっくりしなければなりません。この作業はあまり長い時間を続けてすると目が疲れます。よって少しずつしかできません。今回はカビの被害が少なかったので何とか短い期間で2枚の写真が公開できるようになりました。ひどいものを修復するときは1か月以上もかかります。南海電車の写真はとにかくひどいもので苦労しました。

 修復した写真をよく調べてみるとどうも守口で撮ったようです。

大阪市電3001形-1

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三山電鉄の不思議

先日、山形交通三山線の昭和34年9月訪問記を投稿したところ、後追いで廃線になるまでを哲夫君が紹介してくれ感謝している。これで一件落着の筈が、紹介した以外の三山電鉄があったらしいので頭を悩ましている。それは1996年10月に鉄道資料保存会から配本された【日車の車両史:写真集-創業から昭和20年代まで-】に掲載された一葉の写真(下に掲載)とキャプッションなのである。曰く【三山鉄道 大正15年11月 1~3 おとなしいスタイルの路面電車 後の山形交通モハ100形】とある。

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これからすれば、全く異なる電車を見て撮影(再度掲載)してきたことになるので悩んでいるのだ。まして鉄道資料保存会にはクローバー会メンバーが2人いらっしゃる。なにかあれば老人の耳に入ってきそうなものだが、今に至るまで沈黙を守ったままである。

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事の発端は【おとなしいスタイルの路面電車】の窓下に画かれた○の中に山三つがあるようだが、これが基で日本車両鉄道同好部の方がどこかで、ボタンの掛け違いをなさったようである。そこで大正15年11月製の【おとなしいスタイルの路面電車】を、和久田康雄氏の調査資料中心に探してみたのだが、今のところ行き当たらない。何処にあるのだろうか、真相はどうなのでしょうか、デジ青ファンで電車好きでお気づきのお方さま、悩める老人にお教え下さるようにお願いします。

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2014年 遥かなる東欧の旅 Part15 ボスニア・ヘルツェゴビナの現役蒸気機関車 その3 Rangierenの19-12号機を撮る

第9日目 2月23日 

今日は、2月18日の現地集合からの5泊6日のツアー最終日です。午前中は、Banovici駅構内でのヤード作業を撮った後、サラエボ空港に向かい現地解散地となります。
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8:08 ホテルからのバスは、いつもの小型バスとは違って大型車がきましたが途中の橋は重量オーバーで渡るのは危険です。

全員、橋の前で降ろされて運転手だけとなったバスはゆっくりとスピードを落として渡りました。
地図01_1▲ ホテルからBanovici駅までは、約10キロ弱、約30分で到着しました。

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鹿児島市電500型、600型

路面電車はなんでも人気がある、と思っていましたが、やはり人気者と不人気者があるようで、阪堺電車より加越能のほうに多くの書き込みがあったのには驚いております。折しも梅小路公園には京都市電の展示が始まり、路面電車に話題が集まりそうです。

今回は最南端の市電、鹿児島市電です。
関三平先生によると、市電のデザインには“大阪顔”と“東京顔”があるそうです。
私個人は“京都顔”が一番だと思います。
鹿児島市電500型600型_NEW 鹿児島市電500型600型(文)_NEW

万葉線の話題

北陸新幹線を約一年後に控えた今年1014年3月29日 高岡ステーションビル完成に伴い 万葉線はそのビルの一階まで延伸する予定です。昔の風情ある電停も今は無く仮駅での営業となっています。その先の線路も完成しているようで説明によりますと2線での営業となるようです。当日より駅名も「高岡駅前」から「高岡駅」に変更になるようです。3月6日~7日に訪問した時は ビルはほぼ完成していましたが駅前ロータリーあたりは急ピッチでの工事中でした。pict-高岡夜景1005
2014年3月6日の夜の仮駅に停車するMLRV1000形1005号です。雪が残り寒い夜でした。2両分の長さがあり 右方向に新駅への線路が伸びています。通常は1両しか停車しませんが朝の時間帯2両停車することがありますので 新駅は2線となっているようです。

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2014年 遥かなる東欧の旅 Part14 ボスニア・ヘルツェゴビナの現役蒸気機関車 その2 Class 33を撮る

第8日目 2月22日

31朝起きて気にかかるのは天気です。
昨夕からの雨は止まず降り続いています。撮影意欲は萎んでしまいますが、あらゆる状況下でも何とかするのがカメラを持つ者の腕の見せ所と思い直して出かけます。

ここのレストランの朝食もバイキングではなく簡単なプレートは運ばれてきました。コーヒーがブラックを選べないのが不満です。

8時前 撮影地① 標高195m
バスに乗って最初に案内されたのは、昨日最後に撮ったポイントです。日本人グループは、昨日車上からの石炭投げ捨ての洗礼に会いましたので汽笛が聞こえても線路際に行く気がしません。またこちらに向かってくる石炭搭載列車はバック運転ですので尚更です。1部のドイツ人が線路上で撮るのを遠くから見ていました。

02▲ 8:12 ところが来た蒸気機関車は正向きでした。しまったと気が付いても線路際に行くには時間がありません。選ぶは、流し撮りだけでした。

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いい加減な電車の原型の今

45465 「いい加減な電車の原型」の現在の状況をお伝えします。デ7000形の1期車はすでに無く 2期車はデ7012~7023の内7014を除く11両が活躍しています。記事にある写真のデ7013はグリーン系の広告電車で冷房車となり活躍しています。(2014年2月19日)
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デ7000形の仲間のうちデ7022は今年1月27日より「レトロ電車」として運行されています。きれいな外装と共に木材を使った床や椅子テーブル、つり輪など乗ってビックリ 手間のかかったきれいな車内です。(2014年2月19日)
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「レトロ電車」に改装される前のデ7022の写真です。左はデ7019でともに標準色です。デ7000形は全面広告の電車は少なくほとんどこの色です。
(2012年5月12日)

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京都から 市バス・市電の話題ふたつ

地元ネタですが、今日は京都市電・市バスに関するイベント・展示場へ行ってきました。

syP1030339 syIMG京都市バスでは、本日、3月22日から新運転計画が実施されている。交通局では“大快革”と称し、三十数年ぶりの車両の大量増備を行ない、主要系統の増便、直行系統・急行系統の新設、夜間・深夜便の充実、均一運賃区間の拡大などを行なった。またサービス充実の一環として、“分かりやすさの向上”を挙げ、京都駅前を中心とした案内サインのデザイン一新、ラインカラーの導入を行なっている。余談ながら、上の写真の右端の6291号車は、1995年製。もう20年近く走り続けている、日本の公営バスの最古参車、今回の改正では車両増備があったものの、増発・増便がそれを上回り、結局、20世紀生まれのバスもまだ活躍することになった。

syP1030328本日、京都駅前では、京都駅前バスのりばリニューアル記念式典が行なわれた。舞妓はんの背後が、新しくなった総合案内モニター。挨拶した京都市長は、「全国で公営バスが衰退して行くなか、京都市バスだけは、より便利に積極的に打って出る」とブチ上げた。式典では、局の要職に就かれた会員のKさんと会って話す機会があった。Kさんは、駅前のサイン・デザインのリニューアルを担当されたそうだ。一晩で、京都の街の表情が変わってしまうほどの作業はさぞたいへんだったろう。

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残しておきたかった機関車DD10

相変わらず マイナーなDLを作っていて、また1両試運転を終えました。その名はDD10です。鉄道省、新潟鉄工所、芝浦製作所、川崎車輛、三菱電機、日立製作所の共同設計で 製作は川崎車輛が担当し 昭和11年3月に竣工した電気式DLです。8気筒600PSのディーゼルエンジンで発電機を回し、100KWモーター4個を駆動したそうです。運転整備重量が71Tonもあり 軸重軽減のためA1A-A1Aという軸配置で この台車(HT62)は後年 ED18用台車の原形になったそうです。性能的には蒸機の2120型と同等だったようですが、燃料事情が悪くなる一方の世情には勝てず 試作1両に終わりました。殆ど活躍することもなく戦時を生き延び 昭和22年9月に廃車されました。陽の目を見ることなく消えていった機関車ですので、残された写真も少なく 細部はわからなかったのですが なんとか完成しました。

完成したDD10

完成したDD10

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窓から写した駅・列車 -4-

中国地方の交換駅

中国地方での窓から写した列車、続きます。なんせハーフサイズのネガを、さらに大幅トリミング拡大、その仕上がりにはご容赦を。

IMG_0014昭和39年に家族旅行で、山陰・山陽地方を旅行した時だ。6月の豪雨災害で、山陰本線は各所で寸断され、2ヵ月近く不通になり、ようやく開通したばかりだった。ダイヤはまだ混乱していて、乗車予定の宇野発博多行き準急「しんじ」も、途中の石見大田からの特発となった。準急「しんじ」は、宇野から伯備線・山陰本線・山口線経由の博多行き、という当時ならではの経由の準急だった。出雲市から石見大田まで普通列車を乗り継いで、ようやく「しんじ」に乗って山口線に入った。途中の日原駅で交換したのが、写真の小郡発石見益田行き527レを牽いていたD606〔津〕、独特の大型の集煙装置を着けていた。津和野区に配置されたD60は、山口線の客貨列車を牽いていた。本州で客車列車を牽くD60の活躍が見られたのは、山口線と磐越東線だった(昭和39年8月)。IMG_0005山陽本線は、最後の電化区間として、小郡~広島が昭和39年10月に電化が完成している。山口線で小郡に出て、広島まで普通列車に乗った。牽引は、EF60の500番台で、この区間の電化工事が完了していたが、貨物列車は、まだD52の天下だった。島田駅で長時間の停車、その間、上り特急「かもめ」が追い越して行く。普通列車に冷房など皆無の時代、窓を開け放っても、熱気は全く収まらない。うだるような暑さのなか、それをさらに暑くするように、D52372〔柳〕が、ワキを連ねた急行貨物を牽いて通過して行った。山陽本線の貨物を牽くD52の写真は、この一枚だけ残った(昭和39年8月)。

いい加減な電車の原型

タイトルからどんないい加減さであったか、この電車の原型をお目にかける。最初の7013号は2期車デ7012~7023(1960、1961、1970年・日車本店製)の第一陣のものであるが、これをええ加減に作ったのが加越能に入線したのである。この2期車は1期車7001~7011(欠番7004)と比べると乗り心地の良いものであった。なんでも1期車の台車は都電8000型の軽量タイプの設計をそのままに採用したところ、縦横ともに揺れがひどいものとなった最悪のボギー車であった。老人も最初、びっくりしたのであった。写真2枚目は台車構造が少し見える1期車の写真としたので、構造の一端を知ることが出来ると思う。加越能に来たのは2期タイプで、窓配置はええ加減でも、乗り心地はええ塩梅であった。

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どですかでん氏の話に出てくる庄川ダム建設工事で活躍後、富山と福井に引き取られた電気機関車4両はザリガニ型で、80馬力4個の出力であった。

信楽高原鉄道点検運行始まる

img311昨年9月の台風の影響により橋脚が流されるなど大きな被害の出た信楽高原鉄道は、廃止の危機にさらされましたたが、昨年末に事業費の目処がつき、2月下旬より本格的な復旧工事に入っています。昨日から点検用工事車両が運行し、まずは被害のなかった信楽駅近くで点検作業がが始まりました。貴生川駅近くの橋脚の流された部分の復旧に時間がかかりますが、12月からの営業再開を目指しているとのことで、まずは順調に工事が進んでいるものと思われます。

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2014年 遥かなる東欧の旅 Part13 ボスニア・ヘルツェゴビナの現役蒸気機関車 その1 Durdevik炭坑線を撮る

第7日目 2月21日

8:22 昨夜ホテル手前で乗り換えた小型バス2台に分乗して最初の撮影地、Zivinice駅に着きました。今日の午前中は、Durdevik炭坑から国鉄Zivinice駅までの約5キロを走る路線で、現役の蒸気機関車を撮ります。
お天気ですが、ご覧のとおり今にも雨が降りそうで良くありません。しかし、そんなことは仕方がないと蒸気機関車がやってくるのを待ちます。
01028:55 最初にやって来たのは、DL275号機が牽引する約40両ものセキを牽引した石炭列車です。
石炭搭載はなく空車回送で、Durdevik炭坑の積込場へと向かいます。

039:10 DL石炭列車が発車していった後、採炭場からC形タンク機62-111号機が白煙を吐きながら単機でやってきました。駅ヤードに留め置かれている空車を牽引して積込場に向かうようです。
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「窓から写した駅・列車-3-」に寄せて

特派員氏ならではの このシリーズを楽しく拝見しています。その3で呉線風早駅での交換風景が紹介されました。キハ17系とC6216牽く客レの交換です。撮影は昭和43年3月ということですので、現在の風早駅はどうなっているだろうかと 46年後の様子を見に行ってきました。

H26-3-19 呉線風早駅

H26-3-19 呉線風早駅  駅名標の位置は変わっている?

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「いい加減な電車」の写真があったやちゃ。よかったら越ノ潟へ行ってこられ。

 「なんだこりゃ?窓の配置」電車が走っていた加越能鉄道高岡軌道線は万葉線株式会社となり、路線も通称万葉線となった。ところで、万葉線の万葉とは万葉集からきたもので、その万葉集には越中国守として現在の伏木にあった国府に赴任していた万葉歌人である大伴家持の歌が17巻から19巻に載っている。そして「越中万葉」と呼ばれているものが家持以外の歌も含めて337首ある。まんざら、越中は万葉集とは無縁ではないのである。

 さて、本題の「いい加減な電車」の写真であるが家持と同じように奈良から越中に単身赴任をしているときに万葉線を訪れて撮ったものである。撮影した車両は7053号で、2003年3月9日に越ノ潟駅で撮っている。

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2014年 遥かなる東欧の旅 Part12  Sargan8 ナロー山岳鉄道( シャルガンスカ・オスミツァ)その5  もう1つのナロー600㎜ゲージ

第6日目 2月20日 その3

13:23 シャルガン・ビタシ(Sargan-Vitasi)駅から山を下りる途中で立ち寄ったのは、ナロー600㎜ゲージで活躍した車両たちが保存展示されていました。どうやら各地から集められた森林鉄道の車両たちのようです。駅に停車しているC型タンク機はWebサイトには走行している写真もありました。シーズンには新たに敷設された約1.1キロの路線で走行していると思われますが、今はシーズンオフですので静かに休んでいました。

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▲ 760㎜ゲージ鉄道の№50_トンネル手前下からに沿うように敷設された路線があります。

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