西鉄200系(国鉄04と07?)

今朝PCのスイッチを入れたら立ち上がりません!えらいこっちゃ!
画面が真っ暗でポインターマークの矢印だけが光っています。データは外付けハードディスク2台に分散配置していますので助かりますが、設定などはすべてパーです。何度立ち上げてみても一緒なので困っていたら、ヨドバシにDELLのコーナーがあったのを思いだして出かけました。でも頼りない!質問にWikipediaを見て答えているではないか!帰ってきました。とりあえず外出用に買ってあるノートパソコンでこれを書いています。それにスキャナーをインストールしていたらこんな時間になりました。遅くなったのはそのためでした。

さて今週の電車は気動車の形をした電車です。


DELLのサポートからの返事次第ではデスクトップ型のPCを買わねばならないかも・・・

小田急の甲種輸送引き渡しを撮影する

7月に小田急線沿線に引っ越して時間が経ち、生活に慣れてきた頃、小田急の甲種輸送が設定されているとの情報を得たため、撮影に行ってきました。

小田急1000形とEF65(小田急小田原線 新松田駅)

小田急の甲種輸送はJR御殿場線の松田駅から伸びる連絡線を介して引き渡されます。普段は「あさぎり」のみが通過する連絡線をEF65が通過すること、ハンドルを握るのが小田急の運転士であること、営業運転時間内に行われることなど特徴があります。

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半世紀前の神戸市電-併せて街の今昔対比(4) 長田

シリーズ4回目は、長田交差点付近です。神戸市電が山陽電車と平面交差する交差点の直ぐ北側に下の絵ハガキのような赤鳥居があり、商店街が連なります。市電はその前で直角に曲がり、上沢通りを東に進み湊川公園に向かいます。
▼長田神社鳥居前
出展:株式会社くとうてん発行、もふもふ堂 絵ハガキ『市電の走る風景』
vol.3 より『長田神社前商店街』 (株式会社くとうてん様より掲載許可受け済み)▼4系統須磨駅発循環須磨駅行き 700型720号車 実際の市電はこんな風に、直角に曲がっていました。長田交差点を渡って来て、これから湊川公園、下山手に向かい、三ノ宮、元町、中之島、東尻池を経て須磨駅に戻ります。この日は祝日らしく、屋根の日の丸が旗めいています。鳥居を入れて撮ってはいませんが、似た文字の看板があります。絵の時代より写真の方が新しそうでお茶屋の看板は違います。
1967.3.20撮影 14422

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誰でも撮った高倉陸橋

京都駅の高倉陸橋から下にたむろする蒸機を撮った人は多かろう。石炭ホッパーがあるため、機関車は常に数輌いるから、何時行っても、当然誰でも同じような写真が撮れる。東海道線電化の1956年11月19日以降は、C59やC62、C51が消え、奈良線C58に京都入換のC50ぐらいになってしまうが。まあ誰でも撮った写真だが、60年以上前というだけでご勘弁を。キャプションはいらないだろう。

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「浜大津」に寄せて

江若ジオラマを製作し、平成23年から大津で何度か展示の機会を得ました。そのなかで最も製作に苦労したのは最後に作った浜大津ジオラマでした。江若と京阪の両方があり、特に京阪は特殊なポイントやクロッシングばかりで市販品が使えず、H君の協力を得て完成しました。ジオラマの展示にあわせて掲示物も作ったのですが、その中に浜大津の線路の変遷図がありましたので、その一部をご紹介したいと思います。

昭和14年(1939)当時

大正元年に京津電気軌道によって京都三条・大津札ノ辻間が開業し、大正14年にようやく浜大津まで延伸されました。そして前身が琵琶湖鉄道汽船である石坂線と昭和14年に線路がつながりました。なお手書きの地図の水色の部分はかつての大津城のお堀を示しています。

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古いヤツだとお思いでしょうが・・・

こんなんもあるで、とばかり言っていると現役生や後輩諸氏から「古いヤツや!」と言われるのではないか、との強迫観念にさいなまれます。

そこで奮起一発!最新の話題を

9月30日9時頃から10月1日払暁に掛けて梅小路新駅になる七条通をまたぐ山陰線の高架橋の架け替え工事がありました。人生前代未聞空前絶後の大イベントを見逃すわけにはいきません。その現地レポートを!
長老方は工事が始まる時間にはイビキをかいておられますが架け替え工事は8時半ごろから始まりました。
30日の山陰線は9:30頃には運休となり、翌日の始発用なのか下り回送の211系4連×2の8連が3本続いて行って、上りの特急と211系が過ぎると線路が切断されました。

8/2組立てられた新橋梁

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旧型電車を追って(大糸線・身延線最後の夏)

昭和56年は、3月に福塩線で70系電車が完全引退し、宇部・小野田線から戦前型三扉車の40系、51系が引退し、それぞれ105系に置き換わった。また、夏には大糸線、身延線から戦前型国電が引退し、大規模な中長距離線区で運用される旧型国電は、飯田線のみとなった。 続きを読む

京都鉄道博物館でみた「やっぱりこれがええEF65」

 家族で京都鉄道博物館へ行った。私にとっては初めてである。2階レストランで食事をしていると大阪方面から単機でEF65がやって来た。しかも国鉄色であった。しばらくすると、目の前の引込線に向かってきた。そして、C62と並んで停車。

やっぱりええ色や!

やっぱりこれがええ。

 何やらフェイスブック風・・・ところで、鉄博内でクローバー会の先輩御二方においした。これもびっくり。

半世紀前の国鉄・富山港線-今昔対比-

デジ青で最近、富山港線の話題を眼にしたので、半世紀前のアルバムを思い出し、ひっくり返してみました。1960年の11月、同志社EVEの最中でした。この年、同好会はEVEには参加せず、10人前後のグループで高山線の夜行に乗り、高山機関区や富山港線を訪ねていました。帰りは、信越線・中央線経由でした。

それから半世紀以上経った今年2017年、5月に今度は工業化学・高分子化学専攻のゼミの仲間11人と富山県・八尾と岩瀬浜の街を歩きました。この仲間もDRFC同様、半世紀以上付き合いの同志社仲間です。数年に一度旅行に出掛けています。2年前は筆者が幹事で大井川鉄道の客車に乗せ寸又峡、接阻峡に向かいました。

さて半世紀前の富山港線。画像と記録メモはあっても、詳細説明は難しく、鉄道ピクとリアル誌他を参考にしました(下記参照)。ピク誌は丁度富山港線を訪れた時に同じくした発行でした。筆者が国電、それも買収国電の投稿などこれが最初で最後です。何せ、下記文献の拾い読みですから、間違いも多いと思います。読者のご指摘をお願い致します。
参考文献:鉄道ピクトリアル 第10巻第11号 通巻112号 1960年11月 鉄道図書刊行会
国鉄電車のあゆみ-30系から80系まで- 1968年2月 交友社

▼クハ5502+クモハ2011 富山駅6番ホーム 1960年11月25日  00601
元鶴見臨港鉄道サハ210型(1942年川崎車輌製)→国鉄鶴見線クハ5500型5502→1957年当線へ。塗り分け塗装なし、行き先表示板挿入枠無設置。1967年1500Vに昇圧時廃車(以下の車両もほぼ同時期に廃車)

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たった一度の東濃駄知線

関三平先生の昭和の電車「東濃モハ100型」が登場しました。今度ホムカミでお目にかかれるのを楽しみにしておりますが、このモハ100のイラストを見て、あれっ?と思いました。実は昭和45年10月に一度だけモハ101に対面しているのですが、てっきり最初から貫通車だと思い込んでいました。駄知線にデビューしたときには非貫通だったことを初めて知りました。

昭和45年10月18日 東濃鉄道駄知駅にて モハ101

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東濃鉄道モハ100型

管理者様、お手数をお掛けしていますが宜しく対処をお願い致します。

Oゲージ、懐かしいですね!大丸の玩具売り場で見た、つばめ仕様のFE58はダイナミックでほしかったのですが大きすぎて持っているレールセットではとても走る事ができません。買ってもらったのはEB58というB型の電機でした。この屈辱感がHOゲージに向かわせました。

昭和46年 46年前の飯田線合宿(2)

温田ユースで泊まった翌日7月27日は雨もあがってまずまずの天候だったようです。

昭和46年7月27日 温田にて 上り貨物EF10

朝の温田駅風景。この日は平日で通勤、通学客でにぎわっている。

各自思い思いの場所へ向かいましたが、私は天竜峡、飯田を過ぎて市田まで行ったようです。なぜ市田で下車したのか覚えがありません。
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46年前 昭和46年の飯田線合宿(1)

やや乗り遅れた感のある投稿になりましたが、総本家青信号特派員氏、wakuhiro氏などが飯田線の懐かしい力作を連発され、昭和46年の飯田線合宿を思い出しながら拝見しました。当時撮影したネガは手元にあるものの、殆どプリントすることなく眠っていましたので、丁度良い機会と思いスキャンしてデータ化することにしました。予想した通り、特派員氏の作品のような情景をうまく切り取った写真はなく、また駅撮りのイージーなものが大半でしたが、当時の雰囲気がわかればそれも良いかと思い、投稿することにしました。ここで昭和46年11月25日発行の「青信号27号」にKo氏、Ki氏が寄稿された「飯田線 温田合宿の巻」が貴重な行動記録として役に立ちました。では車中1泊+温田ユース1泊の短期合宿ではありましたが、旅程に沿って撮影した拙作をご紹介したいと思います。旅は46年前の昭和46年7月25日の夜の大垣行きの113系で始まり、大垣駅で仮眠後、大垣発3:26、豊橋着6:01着という、若さあふれたスケジュールだったようです。写真は早朝の豊橋駅から始まります。

昭和46年7月26日 飯田線625M クハ68(車番不明)

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バナー広告、試行開始について

只今、デジ青のTOP及び掲示板の投稿事の右上、記事上・下にバナー広告の掲載開始を行っております。

デジ青を13年前に開始した当初は無料のホームページであったために様々なバナー広告が表示されていました。中には好ましからざるものもありましたが広告主及び広告内容は選べず、これでは問題があるとの意見が発足委員会から出まして、有料のホームページに移行して続けて参りました。
しかしながら昨今、デジ青運営、クローバー会の写真展やイベント等で出費が重なり、また会費未納付もあって会の運営費を圧迫してきました。発足当時は連絡費程度が賄えればと設定してきた会費金額でしたのでクローバー会の催し等を活発化しようにも会費がなく、開催費の出費が出来なくなってきました。
次回の総会におきまして会費の増額検討も議題の1つとさせていただく予定ですが、何か収入先がないものかと検討していたところ、デジ青のバナー広告提案が出ました。
当初のホームページの問題発生もあり慎重な対応が必要とはなりますが、最近は広告主もある程度絞れることも可能となりました。実際、どの程度の収入があるものなのか、また広告内容について対応できるかどうかをまずはやってみてはになりました。しばらくの試行期間を設けて見ることにしました。

会員皆様方のご意見もあろうかと思います。11月12日の同志社大学カミングデイに開催いたしますクローバー会の総会まで試行期間とさせていただきますので、しばらく見ていただき総会時にご意見をいただければと思っております。途中でもご意見は伺っておりますのでこの投稿記事にコメント、またはメールでのご連絡をいただければ幸いです。よろしくお願い申し上げます。
尚、先日発生しましたデジ青障害と同時期になりましたが因果関係はありませんので誤解のないようにお願い致します。   副会長 小西啓文

今年もカープ花電車

昨年に引き続き今年も花電車が登場することになり、CS、日本シリーズの結果を気にしつつ、広島通いが増えそうです。まずは新聞記事から。

平成29年9月23日 中国新聞朝刊

昨年は大きな鯉のバルーンをブロワで風を送って膨らませていましたが、今年は派手さはありませんがメッセージ性の強いデザインです。このデザインは企画課の若いカープ女子が考えられたようで、市民が応募した写真を使って「CARP V8」の文字を作るなど市民が支えるカープを表現していてなかなかの出来栄えです。

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海外写真展開催のご案内

私事で恐縮ですが明日9月27日(水)~10月2日(月)に鉄道写真家小竹直人先生と一緒に海外へ行っております仲間たちとの写真展を東京のリコーイメージングスクエア新宿にて開催させていただきます。
お時間ありましたら、お立ち寄りください。よろしくお願い申し上げます。
私も期間中の9月30日(午後)から10月1日(夕刻まで)は現場に入っております。