絶景の台湾鉄路 2015年夏の旅 Part3 高雄トラム(高雄捷运环状轻轨)開業工事中を撮る

今回の旅での目的は6月9日の台湾鉄路節(鉄道記念日)に運行されるイベント列車撮影ですが、路面電車ファンでもある私的には高雄で建設が進む架線レストラムを見てみたい撮ってみたい事も大きな目的でした。中国瀋陽で1月に見た同じ架線レストラムも素晴らしかったですが、交差点のみの短い架線レス走行でした。一方の高雄トラムはその上をいく電停間架線レス運行です
高雄市を一周し総路線長は22.1㌔、軌間1,435㎜、電圧DC750V、第1次開業はC1~C14の8.7㌔と発表されていましたが、工事はかなり遅れているようで見に行って自分の目で確めてみないと納得できません。ご報告をさせていただきます。
DSC_9167025▲ C2-凱旋瑞田站で留置されていましたスペインCAF(Construcciones y Auxiliar de Ferrocarriles)製の100%低床式トラムUrbos3。このトラムはACR system (Acumulador de Carga Rápida)を搭載し、停車時のわずか20秒間で超急速充電を行い電停間は架線レスで走行できるのが特長です。架線レスでの走行可能距離は1,400m。
運行されるトラムは5車体の連節車(Mc-S-T-S-Mc)で、車両長34.166m、定員250名、最高速度70km/hですが実際の運行時はどうなるのか。駅間距離は500~700m程度の平均約614mです。全線22.1㌔が専用軌道のようですので、50~70km/hでの運行は可能と思われます。
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絶景の台湾鉄路 2015年夏の旅 Part2 高雄の貨物線を撮る

第2日目 6月4日 その1

今日は高雄站から鉄道工場までの貨物線と開業待ち遠しいLRTを撮影します。
ただ貨物線に並行する道路と周辺は昨年8月1日深夜に大規模なガス爆発事故が発生し、尊い32名の命が失われ、131名もの方々が重軽傷等の被害に遭われています。亡くなられた方々のご冥福、また被害に遭われた方々の1日も早い復興をお祈り申し上げます。

LRT_201506被害地域は人口密集地の街中なのに何と石油化学コンビナートへのパイプラインガス管が埋設されていたと言うより、逆にパイプラインがある場所に街が形成されたというから驚きです。
地下の爆発事故により道路は大きく抉られるように陥没し、周囲の住居等の建造物の多くが破壊されました。隣接する鉄道工場や貨物線には直接の被害はなかったようですが、鉄道工場と本線を結ぶ貨物線は事故の余波によって運行を停止したとの噂がありました。今はどうなっているのかと旅立つ前日に事故発生の10日前現地へご一緒させていただき、今年1月にも来られておられるデカンショまつり号さんにメールを入れて聞いてみますと、直ぐに返信が参りました。
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絶景の台湾鉄路 2015年夏の旅 Part1 台湾鉄路節(鉄道記念日)に向けての旅立ち

毎年6月9日は台湾鉄路節(鉄道記念日)、イベント列車が走るので1度はこれに合わせて訪台したいと思っていましたら、クモハ73106東ウラさんからお誘いをいただきました。ご同行されますのは、東急電鉄を卒業された不銹鋼號さんと大津の86さん、Taxiに同乗するにはピッタリの4名です。
私は約1年ぶりの訪台です。最近は暑さにも寒さにも弱くになった老体ですので現地に慣れるために皆さんよりも一足早くの6月3日に旅立つ事に、行程は疲れが溜まらない程度の7泊8日の短い旅にしました。
JL813座席 続きを読む

田圃は水鏡-JR宝塚線

去る7日の日曜日、兵庫県三田市の永澤寺に花ショウブを見に行きました帰り、三田駅の東方、田圃に囲まれたJR宝塚線を眺めてきました。
INUBUSEさんの投稿記事『水ぬるむ北勢線』(4月30日~5月5日)から、遅れる事1ヶ月、この地方ではようやく田植えが始まりました。

この地点は、三田駅のすぐ東、およそ1.5kmに渉り両側が水田で、防護壁も柵も何も無く、見晴らしが極めて良いところです。駅から800mほどが直線、その後はカーブして山すそを通り、隣駅道場に向かいます。丁度最近、水が引かれ、苗が植わりました。

6月7日の昼間、14時15分。下り電車、カーブの中ほど、水への映りが弱い。
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昭和8年の新聞から

毎度おなじみの中国新聞記事の紹介ですが、今回は趣向を変えて82年前の記事からの引用です。と言うのも 須磨の大先輩のお手伝いで備後の某鉄道のことを調べているのですが、戦災を受けた広島や福山、あるいは中国新聞社には戦前の地元紙が残っておらず、一方 戦火を被っていない三原には図書館に昭和5年11月以降の中国新聞備後版が残っていることを最近知りました。これを順次閲覧しているのですが、鉄道関係の記事が結構出てきて 時間の経つのを忘れます。そんななかで 意外な記事がありましたのでご紹介します。

昭和8年1月24日阿里山

昭和8年1月24日 中国新聞備後版

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勝手にPR また京都市電写真展やってます

掲示板に“これからは書きます!”と誓ったものの、舌の根の乾かないうちに無投稿状態が続いています。私の投稿を楽しみにしていただいている?ごく一部の方には、申し訳ない限りですが、決して鉄道趣味活動から疎遠になったのではなく、一つ二つのプロジェクトが終わっても、その余波がまだ尾を引いていて、なかなか本来の活動状態に戻れないのです。

その「余波1」として、またまた京都市電の写真展を開くことになり、もうすでに開場しています。皆様へご案内すらできていませんので、この場を借りまして、みずからご案内する次第です。同所での写真展はもう5回目であり、写真もほとんど変わり映えのしない内容で、皆さまの貴重な時間を費やすのも申し訳ない気持です。小耳に挟む程度でお願いいたします。

s-京都の市電 昭和を歩く 写真展はがき

広島高速交通 延伸

アストラムラインと呼ばれている広島高速交通を広島市が延伸する方針を固めたそうです。アストラムラインはゴムタイヤ式の新交通システムで、広島市の中心地(本通、紙屋町)の地下からJR山陽本線を横切る白島(最近JRに新白島駅が開業し、乗換できるようになった)で地上に出て終点広域公園まで高架で走ります。途中大町で可部線とも乗換えることができます。1994年に広島アジア大会のメイン会場へのアクセス手段として開通し、すでに20年余りが経っています。現在18.4Kmですが これをJR西広島駅まで7.1Kmを延伸する計画です。現在 開通時に用意された6両編成の6000系が23編成と平成10年に増備された1000系1編成の計24編成で運用されています。運賃は初乗りが190円、全線乗ると480円ですが JRが初乗り140円、18.4Km相当が320円ですから かなり割高感は否めません。

H27-6-4 中国新聞朝刊

H27-6-4 中国新聞朝刊

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以前は西広島から更に始点の本通りまで延伸してループにする案も浮上しましたが、広電と競合するためこの案は沙汰やみになりました。さて今回の計画ではまず平成30年代後半に約半分を延伸し、平成40年代初頭に西広島まで開業ということで、これから約10年から15年後のことになります。広域公園にある陸上競技場がサンフレッチェ広島のホームグランドですが、都心から遠いとか設備の老朽化などで移転も取り沙汰されています。さて10年後、15年後は世の中がどのように変わっているのか 予想がつきませんね。

伊賀鉄道その2

伊賀鉄道について、米手作市さんの「近鉄形を見た‥」、藤本さんの「奈良線伊賀出張所」のコメントがあり当時の様子を捜しました。車両は860+760になりますが近鉄のオリジナル塗装、忍者塗装、復刻塗装があります。オリジナル塗装はネガからデジタルに変換したもので日付が不明となってしまいましたが桑町付近を走る第4編成です。次に「くの一」が駆け込もうとしているのが忍者塗装の第6編成で、上野市のホームです(2008.4)。つぎの2枚が復刻塗装されたもので伊賀神戸、上野市(2010.1)となります。いずれも「近鉄」のイメージが強く残っています。近鉄の支線という印象が強く残っていました。860桑町 続きを読む

新レイアウト記念 規格型電車の全面広告

 西村さんのコメントに返事をした規格型電車の青信号24号全面広告を掲載します。

規格型電車

これはなかなかよい企画であったと思いますが、どれくらいの車両がつくられたか覚えていません。1両は間違いなくあったことは断言できます。今でもこの時の屋根板とパンタグラフがありますから。

WANTED 皆さん、僕たちの組立式レイアウト、どうしたでしょうね。

 西村さんが模型の話題を投稿されていましたが、私も西村さんのように車両を本格的に製作することもあまりありません。そこで少し気になっていた「そんなん、口笛を吹きもってできるやん!」と言って枕木を1万4千本(一説には2万本?)を作っという人たちの超人的な活躍で出来上がった組立式レイアウトの写真がありました。その組立式レイアウトは現在、放浪の旅に出ているようで、どうも、どこでどうしているやら行方不明なのであります。その発見の手がかりになればと、どこで開催したかわからない運転会とEVEの時に撮った写真を公開手配写真として見ていただきます。EVEの写真は1971年11月27日に、そして運転会は1972年10月5日の木曽森林鉄道に行った時に少しフィルムが余っていたので撮ったものです。青信号29号の活動報告によると1972年10月14日、15日に枚方で模型運転会を行っています。どうも、この時のようです。それではEVEの時の写真からですが、室内なので暗く、手持ち撮影、フィルムはネオパンSSですので状態はかなり悪いものです。しかし、スキャンしてデジタル化すると最近の画像処理ソフトは優れているので、まあ何とか見れるようになりました。

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芸備線100年 番外編

連載記事は終了したのですが 今朝の朝刊にまた関連記事が掲載されたのでご紹介します。

H27-5-31 中国新聞朝刊

H27-5-31 中国新聞朝刊

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記事の中に出てくる乗客の苦言に「今も昔も殆ど所要時間が変わらん」というのがあります。私の手元にある古い時刻表は54年前 昭和36年6月号しかないので これで比較をしてみました。広島⇒三次の所要時間は

54年前 606D急行ちどり号                    1時間9分                          現在  5856D快速みよしライナー(上記写真の列車)    1時間22分

54年前 324レ 広島発姫路行き各停              1時間53分   現在  1854D 広島発三次行き各停              1時間41分

となりました。急行ちどり号の途中停車駅が吉田口、甲立の2駅であるのに対して、快速三次ライナーは下深川までの各駅と志和口、向原、甲立の8駅というハンディはありますので それは考慮するとしても 大差なしと考えて良いでしょう。昔の方が速いのです。一方普通列車はどうかというと、多分C58が牽く客レに対して 54年経っても12分しか速くなっていません。駅の数は同じです。そう考えると 扇風機がエアコンに替り、黄害がなくなり、機関士、機関助士、車掌の3人がワンマンになったのが半世紀の進歩ということですね。芸備鉄道と比べるとまた何か見えてくるかも。

全く余談ですが 上記324レは芸備線全線を走破し 新見から姫新線全線を走って姫路に向かう列車です。広島発10:16、姫路着23:15 13時間の長旅です。三次で7分、備後落合で41分、新見で1時間26分、津山で35分停車です。今こんな列車があれば絶対に乗りに行きたいですね。

芸備線100年 追憶シリーズ その7(おわり)

もっと続くのかと期待していましたが、連載はこれで終わりのようです。

H27-5-30 中国新聞朝刊

H27-5-30 中国新聞朝刊

当時のスキー列車の風景として 龍ケ森やあるいは江若鉄道でも同様の光景が記録されていますね。この備後落合の写真のように、何気ない日常の、生活感あふれる あるいはその場の喧騒が聞こえてきそうな写真が 今となっては実に貴重な記録となることを教えてくれているようです。先に発売されて大好評の 特派員氏の京都市電の本を見ていても同じように感じます。なぜもっと早くそのことに気付かなかったのかと悔やんでみても もう時すでに遅しですが。また そうとわかっていてもそんな写真が撮れないのは感性の問題だろうとあきらめていますが。

京王(帝都)電鉄6000系5扉車

京王6000系は京王初の20メートル車、ワンハンドル車、そして最後の鋼製車として1972年から1991年にかけて304両つくられた。5扉車は6000系としては最終新製となる1991年に5両編成4本(6000の21から24の4編成)計20両が製造され、今となっては異端車である。使用目的や運用などは概ね関先生の説明のとおりであるので私からは現役時代の姿を数枚紹介するが本来の目的の通勤時対策として10両編成の中間に使用された写真は撮っておらず邪魔者扱いされた晩年の姿であることをお許し願いたい。

 

<相模原線内各停用に6両化された6021の編成>

2006.3.21 若葉台~稲城間を行く各停調布行き6721 ▼ s-06.3.21若葉台~稲城6721

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芸備線100年 追憶シリーズ その5、その6

2つまとめて紹介します。平成3年にJR四国の車両で試運転をしたとは知りませんでした。仮に高速化を実現していたとしても 結局高速バスに軍配が上り 短命に終わったことでしょう。

H27-5-28 中国新聞朝刊

H27-5-28 中国新聞朝刊

H27-5-29 中国新聞朝刊

H27-5-29 中国新聞朝刊

芸備線100年 追憶シリーズ その4

 

H27-5-27 中国新聞朝刊

H27-5-27 中国新聞朝刊

今回は少々重い話題でしたので、軽い話題をオマケします。同日の記事です。

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ドルトムントからやって来た連接車で76号として活躍していました。今は広電本社近くの広電直営のスーパーマーケット前に保存されています。数年前KAWANAKA氏とランチを食べようと行った時には すでに廃業でガッカリした思い出があります。

 

 

芸備線100年 追憶シリーズ その3

その2では諸先輩から「かつぎ屋」についての具体的な解説を寄せて頂きありがとうございました。その3は「ちどり号」です。これもまたいろいろな思い出話が出てくるのを期待しましょう。

H27-5-26 中国新聞朝刊

H27-5-26 中国新聞朝刊

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