EH10 重量感あふれる、これぞ貨物機
▲真っ黒な機関車が、これまた真っ黒な貨車を50両近く連結して、モーターの唸りを残してゆっくり眼前を通過して行く。山崎~高槻(昭和50年)
昭和30年代に入ると、東海道線の電化が西進し、昭和30年7月には稲沢~米原の電化が完成することになり、この区間を走る電機の選定が問題となります。当時の貨物機はEF15で、1200t牽引が定数ですが、関ヶ原付近の連続勾配は、電動機の温度上昇の懸念からD52と同じ1100tとなります。EF15重連なら1200tは可能ですが、今後予想される輸送量の増大にも対応するため、その上を行く1500tの輸送力列車を東海道線全線電化の際に運転できる機関車が求められ、8動輪を持つ、先台車のデッキなしのB-B B-Bの動輪のみ足回り、車体も2分割してED型の永久連結としたEH10が誕生しました。