EF67も見納めに

セノハチで活躍してきたEF67が今月で引退するそうです。今朝の中国新聞の記事で知りました。

令和4年3月1日 中国新聞朝刊

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今年も冬期運休の木次線

今年の冬は全国的に例年になく雪が多いようですが、木次線では例年通り冬期運休が続いています。冬期運休するJR線区は全国でもここだけでしょう。そんな木次線の近況を中国新聞デジタル版が動画も交えて伝えてくれています。中国新聞は「冬眠」と言う表現で報道しています。「冬眠」で済めば良しとしなければなりませんが、「永眠」とならないことを祈るばかりです。下記をクリックして下さい。<下>にもリンクしています。

「冬眠」続くJR木次線<上> 雪に強いはずの列車、なぜ長期運休【動画】 | 中国新聞デジタル (chugoku-np.co.jp)

二代目『伊予灘ものがたり』

2月14日、多度津駅で赤いアンパンマンのキロハ、2803の出場回送の写真を撮っている時に、多度津工場内の車両の位置がかなり変わっているとの情報を得て、工場に寄ってみました。

二代目『伊予灘ものがたり』が車庫内ですが、見える位置に停まっていたので、遠いですが記念撮影しましたので披露します。デザインコンセプトは同じ様ですが、種車が異なるので、やっぱり違いますね。

引き続き観察していきたいと思います。

2月14日  JR多度津工場(敷地外、工場出入口踏切から撮影)

うれしくないニュースを1本

今朝の中国新聞に、うれしくない記事が載りました。木次線の観光列車「奥出雲おろち号」の廃止について、沿線自治体が同意したというものです。

令和4年2月10日 中国新聞朝刊

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尾道鉄道跡をたどって(その4)

尾道鉄道の山越え区間であり、昭和32年にいち早く部分廃止された石畦(いしぐろ)・市間について大事故の慰霊碑、現存するトンネル、スイッチバックの諸原駅跡の様子を3回に分けてレポートしました。終点市駅周辺の取材ができていなかったので旧銀山街道宿場町としての街歩きも兼ねて、昨日歩いてきました。諸原から国道184号線を下ってゆくと右手に中国バスの車庫が見えてきます。そこが尾道鉄道市駅跡です。国道はほぼ線路跡であり、駅裏側になりますので、駅の正面側 即ち銀山街道とも呼ばれる旧道側から駅前に入ってゆくことにしました。

旧道から入るとすぐに橋があり、その先に古風な2階建ての民家が見えます。

令和4年1月29日 旧尾道鉄道終点 市駅前付近

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昨日のエトセトラとウエスト銀河

呉線の観光列車「エトセトラ」と下関行き観光特急「ウエストエキスプレス銀河」の運転日が重なると、備後赤坂駅で折り返し待ちの「エトセトラ」の横を「銀河」が通過してゆく筈なので、そのシーンを撮ろうとクルマで出かけることにしました。しかし、そのためだけにクルマを走らせるのは、燃料高騰の昨今不経済なので、先般連載しました「尾道鉄道跡探索」で まだ調査できていない、御調町市駅周辺の取材も兼ねて出かけました。「尾鉄」については別稿でご報告します。

まずは、尾道で乗客をおろしたあと、折り返し駅である備後赤坂駅まで回送で走ってくる「エトセトラ」を撮ることにして、東尾道・松永間の今津川鉄橋に行きました。丁度干潮で砂地がむき出しで、パッとしないのですがここで撮ることにしました。

令和4年1月29日 東尾道・松永間今津川鉄橋を行く上り回送エトセトラ

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写真展に行ってきました。

今日は総本家青信号特派員さんの写真展に行ってきました。今までいろんな写真展に出品されていましたが今回は個展で、これまでの写真展のいわば集大成として構成されていてます。過去にDRFCクローバー会の写真展も開催した祇園西利のギャラリー、会場の3階に上がり、エレベーターの扉が開くとまず目にするのがその圧倒的なボリュームです。100枚以上の作品が待ち構えていて、60年代の蒸機から始まり、四条通の京都市電、江若鉄道、叡電、などいくつかのテーマごとに展示されています。車両だけでなく人も一緒に写し込まれていて思わずにっこりとする写真もあります。一昨日から始まり、もうすでに歴代の会長はじめ、クローバー会のメンバーも続々来られています。会期は25日まで、皆様もぜひお越しください。

尾道鉄道跡をたどって(その2)

事故慰霊碑をあとに、国道184号線を北上することにします。まさに超満員の電車が逆走した勾配を登ってゆきます。

国道184号線開ノ木トンネルと尾鉄2号トンネル(北側出口側から)

左手が国道ですが、右手の歩道トンネルがかつての尾道鉄道の2号トンネルを修復したものです。ちょうどこの撮影地点付近に、「西校上駅」がありました。ここから坂を下りてゆくと、木ノ庄西小学校があります。

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初代伊予灘ものがたり 京都に向けて出発

昨年12月27日がラストランとなっていたキロ47伊予灘ものがたりですが、いよいよ京都鉄道博物館の特別展示に向けて回送出発しました。1/17朝、JR四国走行位置情報で回送を見つけたので、もしやと思い昼出動したら当たり。ゆっくり走って行く姿を見送りました。多度津駅で40分近く時間調整(?)した後、高松へ向けて出発。高松からはEF65の牽引でしょうか。

特別展示は1/21からのようです。お近くの方は観に行かれたらと思います。

海岸寺〜多度津間(後うち)の写真を添付します。

 

 

写真展「Rail-その先の世界へ」19日(火)から開場です。

一部の皆さまには、予告していましたが、写真展「Rail-その先の世界へ」、19日(水)~25日(火)の一週間、開催の運びとなりました。相変わらずの場当たり進行で、記事を書いている現在も、必死になって準備を進めています。

今まで、私もたくさんの写真展を経験してきましたが、小さな写真展を除いては、人と組んでの共催でした。共催は、それはそれで大きな意義はあるのですが、どこか人に頼っていた甘えがあったのではと思っていました。一度、自分だけで好き勝手な写真展をやりたい、と以前から思っていたところ、写真展会場から思っても見ない好条件で話をもらったのは、昨年11月、急に進めざるを得ない状況となりました。それから、2ヵ月余り、外での活動は断って、準備に専念しました。“一人で好き勝手にやる”と言った以上、もう後には引けません。手助けの申し出も断って(幸か不幸か、申し出は一切ありませんでしたが)、何をするにも、すべてが一人、歳を取るということは、こうもドン臭くて、間違いが多いものと痛感した準備作業でした。手作り感、素人感いっぱいの写真展になりそうです。京都・祇園「ぎゃらりぃ西利」(京阪「祇園四条」下車、東へ5分)でお待ちしています。  一昨年9月、緊急事態宣言が解除されて、ホント久しぶりに外出し、夕方に越美北線に乗った。列車の後部から見ると、レールの先の陰陽が面白く、思わずシャッターを押した。“コロナ禍の暗い世界から、未来の明るい光が見えるようや”とお知り合いがヨイショしてくださった。“これやっ”、先にプロモート写真が決まり、テーマは後付けとなった。

広島短信

中国新聞ネタを2題。年明けに一度広電を撮りに行こうと考えていた矢先、広島市でオミクロンの感染が急拡大し、次いで県下全域がまん延防止措置の対象となったおかげで、マジメな私は家から出るに出られず、またしても新聞ネタで失礼します。

令和4年1月16日 中国新聞朝刊

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デジ青記事の転載依頼

会報でもお知らせしていますが、、デジ青に掲載された記事の写真を使わせてほしいとの依頼が届きます。昨年は8件、一昨年は9件、今年もすでに3件の依頼がありました。使用する目的は様々ですが、先日あったのは松本市教育委員会文化財課様からの依頼です。2011年7月に湯口さんが投稿された松本電鉄浅間線記事の写真で、松本駅の鉄道給水源が写っているので歴史資料として活用したいとのことです。写真に写っている蒲鉾状の建造物が明治35年の鉄道開業に合わせて建設された給水源井戸の上部構造です。旧浅間線の学校前駅付近は湧水が豊富でここから松本機関区に送水していました。現在は道路拡幅の為道路下に埋もれていて、今後この地下遺構を調査されます。これに合わせて施設の沿革を示す歴史写真として浅間線の電車の写真と共に使用したいと言われています。デジ青の記事が歴史的資料として活用されるのは、大変喜ばしいことです。もし他にもこのあたりの写真を撮られていましたらご提供したいと思っていますのでご連絡ください。
デジ青の記事は鉄道ファンだけでなく多くの方がご覧になられています。みなさんの貴重な写真や資料もどんどん紹介していただくことをお待ち申し上げます。
また、昨年開設した伝言板は会員のみが閲覧できるページです。近況報告や会員同士のメッセージのやり取りなどで、交流を深めていただくのにも使っていただければと思います。掲示板、伝言板の両方を使い分けて今後もデジ青の活性化にご協力ください。

 島秀雄賞受賞の陰に クローバー会の協力が!

昨晩、いつもお世話になっている、編集者のMさんからメールが入りました。「クローバー会でお世話になった号が受賞しましたでぇ~」。何のことか、最初は意味不明でしたが、よくよく聞いてみると、Mさんが手がけられている「レイル」116号の“まるごと北野線特集号”が、鉄道友の会の2021年島秀雄記念優秀著作賞(定期刊行物部門)を受賞したと言うもの。いゃ~、びっくりするやら、嬉しいやら。受賞はあくまで「著作」対象のため、116号の根幹記事となる、重要文化財に指定されたN電2号の調査・研究を行った4名の方への授賞ですが、表紙から始まって、巻頭のグラフページなどに、クローバー会の協力・連携が遺憾なく発揮された結果なのです。まず、重文指定のN電2号ですが、全廃以前に廃車となっているため、写真が見つかりません。それを、デジ青の掲示板に、米手さんが載せられた、お知り合いのN電2号の写真を発見、この写真が無ければ、本の完成も無かったと、Mさんも述懐されています。さらに表紙カラーや巻頭のグラフページは、大西友三郎さんのご遺族から預かった鮮明な写真で構成することができ、さらに不詳私も、キャプション作成や原稿の考証、写真提供などの協力をすることができました。「レイル」発行の雑誌社のブログにも、さっそく報告された。

これが探し出された「N電2号」、デジ青に米手さんが載せられた1枚の写真が、クローバー会の連携・協力によって受賞雑誌の巻頭を飾り、今回の栄誉につながった。なお撮影者の中村さんは、この本の完成を見届けられたあと、昨年7月に亡くなられている。ご冥福をお祈りする次第である。

 

市内線開業110年を迎える広島電鉄

クローバー会の皆様、明けましておめでとうございます。コロナの完全収束が見通せず、またしても旅を自粛せざるを得ない気配のなかで、このデジ青があるおかげで、あのBOXの雰囲気そのままに皆様が身近に感じられ、有難い限りです。管理者殿にも感謝です。今年1年もよろしくお願い致します。さて2022年の投稿も新聞切り抜きからスタートとなりました。今年は広電市内線開業110年ということで、中国新聞元旦号には特集記事が載りました。分割してご紹介します。宮島線は開業100年です。

令和4年1月1日 中国新聞朝刊

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瀬野八 脱線事故

今年最後の投稿は新聞記事の転載となりました。去る28日(火)20:35頃瀬野・八本松間で上り貨物列車が脱線し、29日、30日と上下線は運休し、どうやら31日午後から運転再開となる見込みです。まずは昨日30日の記事から。

令和3年12月30日 中国新聞朝刊

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阿佐海岸鉄道のDMV営業運転開始

かつてJR 北海道が開発投資をして実現しなかったDMV(Dual Mode Vehicle)、現代の軌陸車が12月25日から営業運転に就いたそうです。中国新聞の記事を転載します。

令和3年12月26日 中国新聞朝刊

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久しぶりの模型運転会

先週の名松線イベントに続き、19日には京都三光堂において模型運転会が行われました。前回の運転会は2019年8月でしたので2年ぶりの開催です。前回は暑い中、二階HOの運転場は冷房もなく、汗だくでの運転でしたが、今回は一階のNゲージともども快適に運転を楽しむことができました。運転者はHO3名、N4名(内1名はHO,Nの両方)そのほか4名の見学者がありました。三光堂はコロナ感染が拡大していた折はレイアウトの運転場は閉鎖していましたが、再開後は利用者も増えて結構予約が詰まっています。3時間の貸切で運転を楽しんだ後、近くの居酒屋で打ち上げと忘年会を開催、8名の方が参加しました。忘年会も2年ぶりの開催となりました。今年はコロナ禍ながら感染が落ち着き始めた10月以降を中心に4件のイベントを開催することができました。今年のイベントにお手伝い頂いた皆様、参加された皆様ありがとうございました。来る年が皆様にとって良い年となることを願っております。

今朝の瑞風を追いかけて

オミクロン株が心配になりだした昨今ですが、コロナ対策万全をウリにした国内ツアーが堰を切ったように再開されているようです。JR西の看板列車「トワイライトイクスプレス瑞風」もフル稼働のようです。昨夜、運転日を調べていたところ、何と今朝が「山陽上りコース」の2日目にあたっていて、早朝呉線三原口から尾道にかけて走る日であることがわかり、次のチャンスは2月22日までないことから、早起きして呉線須波駅で待ち受けることにしました。昨夜下関を出発した瑞風は山陽路を三原まで来て、深夜三原から呉線に入って広まで走り、広で折り返して日の出の頃に忠海・三原間の瀬戸内海沿いを走りながら朝食タイムというダイヤ設定になっています。須波駅には7:31に到着し、7:37に広行き115Mと交換、7:44に須波発となっていて、13分停車します。

令和3年12月7日 呉線須波駅にて  島影の向こうが茜色になり始めた日の出前

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 今日は 梅小路「市電ひろば」へ

掲示板で大津86さんも紹介されていました、梅小路公園「市電ひろば」の京都市電2000型ですが、記事を読んで今日やっと出掛けてきました。ほんと、感激しましたよ。方向幕などが復元され、地下鉄開業40周年のヘッドマーク、系統板も完備しています。これらは、知り合いのYさんが、ほぼ一人で復元作業に奮闘されたもので、先日も、準備作業の様子を86さんと一緒に見学しましたが、なにせ製造後60年以上が経過した車体だけに、ビス一本を取り付けるのも大変な苦労をされていました。改めてYさんのご苦労に感謝申し上げます。Yさんからも、「土日は案内所が開くので、閉まっている平日がお勧めです」と聞いていました。とくに午後からは、冬の太陽光線が順光で当たり、端正な2000型を際立たせてくれました。ヘッドマークなどの取り付けは12月5日(日)までです。 初冬に2000型の顔が映える。ヘッドマークは、市電全廃時の「さよなら」ヘッドマークの意匠を引き継いでいる。

そう言えば、京都市歴史資料館で開かれていた「こんにちは京都市電展」も、コロナの休館があったため会期を延長していましたが、これも12月5日で終了です。私も数日前の午前に最後の見学に行きましたが、名残客が続々と来場、変わらない市電人気を感じました。

遠くから見ると、まるで烏丸通の電停に停車しているような感じだ。▲▲通行客からも注目を浴びる。▲▲▲幕の文字も、交通局独自のフォントが見事に復元されている。Yさんが白布にひと文字ずつ書かれ、ほかの行き先もたくさん装備している。

もう一両、935号にも同様のヘッドマークが飾られていて、前後で異なる系統板を装備している。野外で保存されてから数年が経過するが、まだ車体は艶やかさを保っていて、保守・整備に当たる皆さんのご苦労に敬意を表したい。

広島から小ネタ5題

まずはいつものように新聞記事から。広島カープは今年もBクラス。何とか4位に浮上したとは言え、鈴木誠也の大リーグ挑戦もあって、地元ファンには来季への不安がぬぐいきれない年末を迎えています。一方、芸備線や木次線の存続問題がメディアに取り上げられることも増えつつあります。気動車にラッピングを施しただけで乗客が増えるとは思えないのですが、芸備線、福塩北線を走るキハ120の1両にカープラッピング車が登場しました。

令和3年11月29日 中国新聞朝刊

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