駅を旅する 〈15〉

豊後森

かつて鉄道の町として賑わった駅も、今はすっかり寂れてしまった例は各地に多い。久大本線のほぼ中間にある豊後森もそんな駅だった。ここには機関区があり、宮原線を分岐していた。久大本線は140キロ余りあって、給水炭なしで全線は走破はできず、中間地点付近に機関区設備を設けたようだ。

訪れた昭和42年時点で、豊後森機関区の配置蒸機は、8620が7両、C11が1両で、8620は、久大本線の西部の客貨牽引に用いられていた。久大本線の客貨を通しで牽引する大分区のD60も、豊後森で一息入れた。

今は、残骸が残るものの、機関区としての機能はなくなり、宮原線もなくなり、すっかり省みられない駅となってしまった。

豊後森IMG_0044sy豊後森へ行かせた理由は、D60が架線のない、いい光線状態で形式写真が撮れること、そして当時は、全国でも豊後森だけとなってしまった機械式キハ07が配置されていたことだった(昭和42年)。

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岡山電軌の話題

 駅前に市内電車の乗り場がある風景は旅情を誘うものです。西日本では鹿児島、熊本、長崎、広島、松山、高知、そして岡山でこの風景が楽しめます。今朝の中国新聞に 岡山電軌岡山駅前電停の利便性向上へ向けての動きが載っていましたので ご紹介します。

平成25年12月25日 中国新聞朝刊

平成25年12月25日 中国新聞朝刊

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フロ54 その後

29 40-10-21[ 
鼓滝駅を発車した妙見口行 28+29 / (40-10-21)

「昭和の電車」シリーズは「フロ54」で今年の締めくくりとなったが、同車のその後の経過等について述べてみたい。
昭和32年12月能勢電に譲渡され29となり、同時に譲渡された電動車28(元デロ28)とコンビを組んだ。
廃車直前に阪急からの借入車24+25と車号を振替え、41年9月30日付けで廃車になった。
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駅を旅する 〈14〉

平戸口

前回の佐々から、さらに松浦線に40分ほど乗ると、平戸口に到着する。現在では、松浦鉄道の「たびら平戸口」である。と言っても、機関区も何もない中間駅だが、ここは、「日本最西端の駅」である。

現在の最西端駅は、沖縄のゆいレールの那覇空港駅が、最西端、最南端であるが、「日本最西端の駅」石碑は現在でもそのまま建っている。

平戸口IMG_0010sy平戸口駅は、平戸島への定期航路の最寄の駅であり、当時は、それなりに賑わっていた。現在、島へは平戸大橋ができている。駅舎は、現在の松浦鉄道になってからも、そのままのようだ(昭和42年)。

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2013年 秋の丹後路一人旅 Part5 北近畿タンゴ鉄道 撮り鉄(宮津線;豊岡~但馬三江、峰山~丹後大宮)、丹後山田駅資料室

第3日目 12月2日

昨夜は、朝日が昇る鉄橋を撮るために円山川河川敷を野営地としました。暗闇の中で着いたのですが、泥濘にはまってしまいました。昼間は乾燥した所とぬかるんでいる所がハッキリと目視できましたので問題なく走行できていましたが、夜は見づらく確認するのを忘れて突っ込んでしまいました。
ぶんしゅう7号は四輪駆動車ですので今までもオフロードを乗り切っていましたが、今回は全輪が空回りをしていて前にも後ろにも進めません。真っ暗ではどうしようもできないので、明日朝になれば打つ手もあるだろうと諦めて就寝しました。
01一夜明けて外を見ますと、一面真っ白な世界が広がっています。鉄橋は全く見えません。霧の可能性を忘れていました。

仕方ありません、撮影は諦めてゆっくりと朝食をとった後、ぶんしゅう7号の泥濘脱出に終始しますが、タイヤは滑るばかしで益々泥の中に沈んでしまいました。
こんな時はタイヤの下に板を入れるか、マット等の滑りにくい物を噛ますと脱出可能ですが、入れるためにはタイヤ下を掘らねばなりません。スコップなど持ってきていません。適当な板やマットもありません。以前、スキーに行く時はいつも積んでいたのですが、今回は用意はしていませんでした。
仕方ありません、保険契約しているS×××損保に電話して牽引車を呼んでもらうことにしましたが、河川敷と聞いてからの損保側の対応者の口調は変わってきました。要するに一般道であれば無料で対応できますが、以外の場所は保険外で有料ですと言います。近くにホームセンターでもあれば買いに行けますが・・・結局、救援車を呼ぶことにしました。

約40分後に地元の救援車が来ましたが、「ここにはよく出動する、トラクターぐらいしか入れない泥濘ですよ。一般車で入るのは無茶です。」と言われてしまいました。救出はウインチで引っ張ってもらうだけで約20分程度で終わりました。料金は蟹2杯分です。高くついた教養費でした。
これからは見えにくい夜中に河川敷に侵入するのは、こんな悲劇となりますので、明るくなってからにすることにしました。

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祝 西山天王山駅開業

記事の前に、本来は総本家青信号特派員書き出しの記事ですが、ご都合で当日は地元におられません。代わって、原住民の私が開業当日の様子をご報告させていただきます。

020512月21日、周辺の住民から開業が待たれていた「西山天王山駅」が開業なりました。開業式典が開催される時刻近くに行ってみますと、開業イベント「おもてなし物産展」も開催されてまして、びっくりするほどの人出です。

そもそもこの駅は、京都府住宅供給公社が、昭和41(1966)年に竹藪茂る天王山山麓を切り開いて建設した円明寺団地の前に走る阪急京都線に設置される予定でした。私がまだ高校生だった頃の47年も前の事です。
人口約8,000人の新しい街ができましたが、将来近いうちにできるであろう目の前の駅は、阪急電鉄は自社の不動産部門が開発したのではない、また費用対効果がないとの理由で設置を拒み続けました。
かといって、総人口約16,000人の大山崎町では住民の約半数が住む地であっても、建設負担金捻出は無理です。将来の利便性も考えて住宅購入されていた方々の中には、騙されたとの絶望感がありました。

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大井川の女王様、来年2月に引退

大井川鉄道の元京阪電車3000系の引退が2014年2月だそうです。その引退ツアーが2014年1月18,26日、2月8,9日の計4日間開催され、この12月25日より予約受付が始まります。同時に記念切符も発売される予定です。

1997年5月に転入。以来18年間、営団地下鉄の台車に履き替えて、大井川沿いを行き来しました。他の転入車元近鉄・元南海車両と異なり、鮮やかなツートンカラーがお茶畑や川面によくマッチしており、SLかわねじ号に交じり、好い撮影対象でした。近年運転途中に故障を起こしたり、車庫に眠る機会が多かったようでしたが、誠に残念です。

大井川鉄道『京阪3000系引退ツアー』のホームページはこちらからご覧になれます。

2013年 秋の丹後路一人旅 Part4 北近畿タンゴ鉄道 撮り鉄(宮津線;丹後大宮~野田川、豊岡~但馬三江、甲山~木津温泉)

第2日目 12月1日

016:50 今日は平成12(2010)年4月8日に架け替えられたばかりの円山川鉄橋(310.2m)へと向かいます。
「道の駅 シルクのまちかや」からは約55キロ、所要時間約1時間半が見込まれますので早めの出発にしました。

02▲ 7:20 丹後大宮~野田川、ここから峰山辺りまでは道路橋と交差する所が数ケ所あります。いずれも俯瞰撮影ができますので、野田川寄りに近い場所から撮ってみました。竹野川に沿って鉄路はあり、両側は田園が広がっています。704号の216Dが西舞鶴に向かってきました。
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阪急「西山天王山」まもなく開業

ちょっと目先を変えて、地元ネタを。

来たる12月21日(土)、阪急京都線長岡天神~大山崎間に、新駅「西山天王山」が開業する。同時に京都線ではダイヤ改正、阪急4駅の駅名改称も行われる。新駅は長岡京市内にあり、市にとっては80年ぶりの駅新設だそうな。

長岡天神~大山崎間は、阪急のなかで駅間距離の長いところで、だいぶ以前から駅設置が要望されていた。昭和40年代前半に、新駅よりも少し南に多くの団地ができて、当初の構想では、この団地付近の大山崎町内となっていた。団地名を採って、仮称「円明寺駅」と呼ばれていた。その後、京都縦貫自動車道の具体化にともない、高速道路直下に駅を設置することになり、仮称「南長岡駅」として進展することになった。京都縦貫自動車道はかなり以前から計画されており、用地も取得済みで、駅も含めた建設工事は比較的、短期間で出来上がっていった。駅名も、昨年春に、最近流行の合成駅名の「西山天王山」とアナウンスされた。新駅は、準急・普通のみの停車で、日中10分ヘッド、一日の乗降客数7800人の予想とか。

131217_11sy昨日、運動がてら歩いて現地へ行ってみた。京都縦貫自動車道の直下にできた「西山天王山駅」。開業まであと4日、まだ仕上げの工事が続いていた。この場所には、かつて遊休地の活用策としてプールが営業していた。もう20数年前になくなってしまったが、私も子どもを連れて何回か行ったことがある。すべり台の上からは、すぐ横を行く阪急電車がよく見えたものだ。 

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2013年 秋の丹後路一人旅 Part3 加悦鉄道(旧加悦駅(加悦鉄道資料館)、SL广場)

第1日目 11月30日 その2

15:24 着いた加悦鉄道の旧加悦駅は元あった位置よりも移動されて置かれていました。現在は、加悦鉄道資料館として在りし日の痕跡の資料を展示しています。早速入館(入場料は不要)してみることにしました。加悦鉄道資料館公式HPはこちらです。

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2013年 秋の丹後路一人旅 Part2 北近畿タンゴ鉄道 撮り鉄(宮福線;喜多~辛皮)

第1日目 11月30日 その1

11月25日に宮津へ日帰りした後は、不安定な天候が続き我慢の日々も続きました。ようやく30日から良くなるとの予報が出ましたので、現地情報も確認して再出発準備をしました。
8:15、自宅を出発して京都縦貫道を一路宮津方面に向かいます。今日の最初の目的地は、前回悔しい目に会った辛皮駅です。

0210:34 綾部からは大江方向に進路を変えて大江高校前を見ます。予想通り無粋なコンクリート高架橋が続いていて俯瞰も出来ないので写真にはなりません。由良川の氾濫対策での高架橋になったそうです。

大江高校前から宮津に向かっては、山間区間になります。宮福線に並行する道路を走りながら車から見た場合のロケハンをしますが、これはと思う場所はありません。
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