なにコレ?探偵団

鉄道に関して、特に最近は今までになかったものを見ることがあって戸惑います。

先日の午後、1900生さんと鉄鈍爺さんが来訪され、ひとときを楽しい“鉄バナ”で過ごしました。帰りにお二人と京都駅まで散歩がてらに歩く途中、普段から『なんやろ?』と思っていた信号機について質問しました。ご存じの通りお二人は「DRFC五変人」の一角を占める方々ですから当然知っているものと思っていましたがご存じないとのこと、そこで我が会が誇る“何でも探偵団”にご助力をお願いする事になりました。

京都駅から山陰線を下り方向へ、大宮陸橋辺りの単線区間終了付近までにある架線柱についている“けったいな信号機”のことです。写真をご覧下さい。なお、この写真は闇鉄・鉄鈍爺さんが昼間に撮ってくれた珍しい写真です。
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2021年春 桜前線追っかけ旅 Part3 嵐電を撮る

京都にも桜前線がやってきました。3月26日、DRFC-OB会では緊急事態宣言解除後最初のイベントとして嵐電の桜の撮影と沿線の社寺の拝観をするツアーが開催されましたので行ってまいりました。このご報告をさせていただきます。
長良川鉄道はまだ満開に至っていないようなのでこの次とさせていただきます。
集合は四条大宮駅に13:00、参加者は7名と少なめですが3蜜回避にはちょうど良いかなとの会長さんからのご挨拶でした。肝心の天候は一面の青空です。
13:04発の嵐山行に乗車しました。帷子ノ辻で北野線に乗り換えて、宇多野を目指します。宇多野~清滝の桜のトンネルが第一撮影地です。

▲ 2008年4月13日の撮影です。狙いは桜吹雪でしたが、強風が吹いて吹雪になっている時には電車が来ません。この日は半日粘りましたが気に入るカットは撮れませんでした。この撮影場所は帷子ノ辻寄りの勝手踏切のような場所で正面から撮影できましたがこの後安全性に問題があったのか閉鎖廃止されました。
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昭和の電車 改訂版(162)ー京王帝都3000系ー

ピクで見た時は驚きました。
「す天ぷら」とはなんぞや?ステンレス車体とプラスチック仮面の造語と分かりましたが、いまでも最初に感じた「す天ぷら」のイメージが浮かびます。

前回の掲載時に寄せられた準特急さんの報告をご覧下さい。
京王帝都電鉄3000系

たまには和歌山に行こう

「たまには和歌山に行こう。」、そんな気持ちで久しぶりの和歌山へ行って参りました。もちろん、寄り道ありです。最短ルートで行くわけがありません。

阪神桜川→南海汐見橋→(南海高野線 汐見橋線)→岸里玉出→羽衣→(高師浜線)→高師浜→(高師浜線)→羽衣→貝塚→(水間鉄道)→水間観音→(水間鉄道)→貝塚→りんくうタウン→日根野→和歌山→貴志→和歌山→和歌山市→なんば

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 宇治で京都市電トーク 改めて奥山先輩をしのぶ

本日、宇治鳳凰ロータリークラブからお招きを受け、例会で卓話(スピーチ)を行いました。このロータリークラブには、二人のクローバー会メンバーがおられます。一人は、「おられました」と言うべきですが、昨年、旅立たれた奥山直秀さん、もう一人は吉田冨夫さんです。その奥山さんから、卓話の依頼を受けたのは、もう一昨年のことになります。当初は昨年3月の予定でしたが、ちょうど、コロナ禍の蔓延がはじまった頃で、集まりも延期、その後、再開の依頼があったものの、再び事態が悪化して再延期となっていました。そんななか、奥山先輩が、9月にお亡くなりになられると言う、信じられないことになりました。直前まで、電話や手紙をいただき、延期になったことを丁重に詫びていただいた矢先のことでした。

そして、ようやく事態も改善の兆しを見せて、今度は吉田先輩のお世話で例会に招いていただき、卓話をすることができました。テーマは“京都市電”として、30分の限られた時間でしたが、カラー写真をご覧いただきながら、皆さんの前で思い出を語りました。宇治市の集まりではありますが、皆さん何かしら京都市電に関わりがあるようで、“北大路テストを受ける時、初めて市電に乗った”とか“運賃は13円やった”など、懐かしい話を聞かせていただきました。吉田先輩には今回お世話になりました。そして、奥山先輩の優しい心遣いを改めて思いました。

奥山さんが2018年のクローバー会写真展に出展された「夏の思い出」、夏空のもと宇治川橋梁を渡っていく103系、本日、奈良線ではまだ103系が頑張っていたが、宇治川橋梁は、複線化の工事が進んでいて、このような風景は過去のものとなった。写真展のキャプションには次のように書かれていた。「真っ青な空、湧き出る雲、清流の宇治川を渡って行く 103 系電車は、宇治の代表的な光景 だった。まもなく見られなくなることを思うと、いっそうの思いが込み上がる。奥山直秀」。

 京都市電と市バスの共存 ④ ~ ここらでバスでもシリーズ

市電と市バスが共存するシーンも、昭和53年の市電全廃で見られなくなります。最終回は、そんな昭和53年まで、市電が毎年のように廃止されていった時代の共存シーンを見ていただきます。市電が廃止されると、市電の系統とほぼ同じルートの代替バスが運転されました。系統番号は、原則として市電系統番号に200を足した番号となり、新しいバス、新しい系統が、市電廃止の翌日から走って、街の風景が一変したことを今でも覚えています。

なかでもインパクトがあったのは、昭和47年1月に廃止になった四条・千本・大宮線の廃止時に、代替バスとして導入された都市型低床の大型バスで、定員86人は市バスで最大。写真は「京22か・387」、昭和47年製のいすゞBU06D、京都市バス用に特注され、首都圏以外では見られない、KH生さんが「みぶ型」と呼んだ独特のスタイルで、三線の廃止時、60両が一挙に製造された。今まで均一区間の「前のり後おり」を改め、このバスから「後のり前おり」に変更した。それを識別できるよう、車体に黄帯、バンパーに赤帯を入れたのも新鮮だった。東山二条(昭和53年9月)

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2021年春 桜前線追っかけ旅 Part2 天竜浜名湖鉄道のしだれ桜を撮る

 

3月20日 6:00
宿泊地『風のマルシェ御前崎』、海から上がる朝日を見るために目覚めました。朝日を探しますが目の前の浜辺方向には見つかりません。場所を間違ったようです。

しばらくして左後方から朝日があがってきました。もっと岬の方まで行かなければ見えなかったのです。。 続きを読む

 あの感動をもう一度 限定 早いもの勝ち!

このたび勘秀峰さんと組んで、高瀬川畔で京都市電の写真展を行うことになりました。その詳細は、先に伝言板で勘秀峰さんからお知らせしたとおりで、期間中、クローバー会行事としてギャラリートークも行います。そして、もうひとつ、期間中に講演会も開催します。講演者は、一昨年のホームカミングデーでお話をしていただいたJR東海相談役の須田寬さんです。須田さんならではの深い知見は、われわれに深い感動を与えてもらいました。このたび、つぎの日程で、再び須田さんからお話を聞く機会を設けました。

「須田寬さまに京都市電の思い出をお聞きする会」

日時 4月10日(土) 12時30分までにご集合ください 14時30分ごろ終了予定

会場 高瀬川・四季AIR (京都市電写真展と同じ会場)

参加費 資料代として500円を徴収させていただきます。

ただ、会場が狭く、ほかの参加希望者もおられますので、クローバー会の枠が3、4名程度しかありません。

心苦しいのですが、ただいま午後0時から先着順で受付いたします。ご希望の場合は、コメントに投稿ではなく、福田まで直接メール dkcwi802@gaia.eonet.ne.jp

でご連絡ください。折返し詳細を連絡します。早いもの勝ちです!

2019年11月ホームカミングデー 須田寬さん講演の様子

 

2021年春 桜前線追っかけ旅 Part1 天浜線へしだれ桜を求めて

2021年、ようやく桜開花となりました。このシーズンは毎年、桜と鉄道を求めて全国各地へと出かけていますが、今年は去年のリベンジがあります。天浜線に咲くしだれ桜です。去年は満開を過ぎて散っていました。今年は是非とも満開時に撮りたいと桜の開花情報を見続けました。そして直前の生情報は現地取材と思い3月16日、掛川市の観光課へ電話問い合わせをしますと観光協会に聞いてくださいです。観光協会に電話しますと近くに事務所がないので分からないとあっさりと、断わられました、
それではと、天竜浜名湖鉄道の営業課へ『毎年桜と鉄道を求めて撮りに参っております。今年も行きたいので開花状況を教えてください。場所は原谷~原田の鉄橋近くに咲くしだれ桜です。』と、問い合わせますと『分かりました。運転手に聞いてみましょう。電話番号を教えてください。分かり次第にご連絡します。』と、願ってもいなかった丁寧なお返事です。

電話を待つと3時間後には『運転手に見てもらいました。現在は5分咲き程度だそうです。気を付けてお越しください。』とのお返事をいただきました。ありがとうございます。
今が5分咲きなら好天が続いていますので3月20日辺りには満開になりそうです。後は、18きっぷを利用していくかマイカーの選択でしたが、3密を防ぐにはコロナ騒動で推奨されているマイカー利用が賢明と選択いたしました。現地までの走行距離は246㌔、所要予想時間は3時間30分です。

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鉄道が出てくる映画、ドラマ  NHK土曜ドラマ「きよしこ」

 映画やテレビドラマを見ていると鉄道がよくでてくる。やはり気になるのはどこの電車なのか、どこの鉄道かということである。また、撮影場所も気になるところである。

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 やっぱり蒸機が好き! 《区名板》で巡る北海道の蒸機 ⑫

室蘭本線 室蘭~岩見沢のC57

前回も記しましたが、室蘭区のC57は、昭和44年10月改正で、全機が岩見沢区へ転属し、活動の場を、室蘭本線の北部、室蘭~苫小牧~岩見沢へ移します。苫小牧までは、札幌へ向かう優等列車に伍しての活躍が見られましたが、優等列車は千歳線に入るため、苫小牧~岩見沢は、当時からもローカル線の雰囲気がありました。ただ当時は、夕張方面からの石炭列車が数多く運転されて、石炭列車の合間を縫ってのC57の活躍が見られました。そんな、室蘭本線北部の活躍を見ていただきます。

爆煙を上げて追分を発車した、岩見沢発室蘭行き232レ C57 57の牽引 まだ室蘭区の時代(昭和43年9月)

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 やっぱり蒸機が好き! 《区名板》で巡る北海道の蒸機 ⑪

室蘭本線のC57

北海道のシリーズの最初に室蘭本線のC55を紹介しましたが、C55の活躍は昭和43年で終わり、私も一度切りの出会いとなりました。代わって活躍を始めたのが、室蘭区のC57でした。昭和44年には12両のC57が室蘭区に配置されて、おもに長万部~東室蘭~室蘭の室蘭本線の西部が働き場所でした。ところが、昭和45年になると、室蘭区は配置はゼロになり、機関区は存続したものの、乗務員のみの区となります。C57は、全機が岩見沢機関区へ転属となりました。運転区間も、長万部への入線はなくなり、室蘭~苫小牧~岩見沢の室蘭本線の北部に限定使用となります。次第にC57は数を減らしますが、この状態が、例の旅客蒸機最後となる、C57135の“さよなら運転”まで続くことになります。

朝の静狩、大カーブを行く243レ C57 197(昭和44年8月)

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江若鉄道開業100年

1921年(大正10年)3月15日江若鉄道の三井寺-叡山間が開通しました。ちょうど100年前の今日のことです。滋賀県の湖西地方に鉄道を建設することは、住民の長年の夢でした。江若鉄道の建設については、その株式を沿線の市町村に割り当て、多くの住民がその株式を購入しました。自分たちの鉄道という意識が強かったのでしょうか、1969年10月31日に廃止となった後も江若鉄道への思慕の思いは強く、その節目ごとに当時をしのぶイベントが開催されています。当会の西村雅幸氏が造られた浜大津、三井寺下、白髭などのジオラマが展示された大津市歴史博物館の特別展などは記憶に新しいことでしょう。一昨年の廃止50年の際にもミニ展示が行われたのですが、残念ながら開業100年に当たる今年はコロナ禍の影響もあるのか、イベントの話は聞いていません。ただ先日会員の方にも協力いただいた旧近江今津駅舎保存運動など、みなさんの記憶にはまだまだ江若鉄道という名前は残っています。私はかろうじて廃止の前年くらいから撮影しただけですが、最初の始発駅であった三井寺駅(大正14年に三井寺下と改名)、三井寺下機関区を撮った写真を載せてみました。

↑ 浜大津側から三井寺下駅ホームを見る。浜大津から来た線路は大きく右にカーブし、ホームの一部はカーブしていました。 続きを読む

 京都市電と市バスの共存 ③ ~ ここらでバスでもシリーズ

河原町線廃止前の市電・市バス

つぎは市電河原町線の廃止(昭和52年9月末)の時に見られた市電・市バスの共存です。(1)(2)の時代と比べると、車掌の乗ったツーマンカーは3つの系統が残るのみで、あとは多区間車にもワンマンカーが占めるようになります。また3両のみですが、市バスにも試作冷房車がお目見えしたのも、この時期です。車両全般のナンバーで言うと、昭和44年5月までの会社ごとの割当式の登録ナンバー車「京2い」バスが次第に少なくなり、以降の届出制の登録ナンバー「京22か」が多数を占めるようになります。

河原町丸太町停留場から北を見る。市電5系統1920号と、市バス200乙系統京都駅前・西大路九条行きワンマン。車両は、「京22か14-55」で、昭和51年式の日野RE100で、前年の市電丸太町・白川・今出川線の廃止時の代替バスとして、大量に製造された大型の低床バス、冷房つきで、方向幕も格段に大きくなった。系統番号の窓は、従来は正面左だったが、よりバス停留場に近い位置のほうが視認しやすいとして、右側に移動された。背後に見える建物は、以前は立命館大学恒心館、当時は救世教の救世会館だったが、1週間ほど前に通ったら、きれいに更地になっていてびっくりした。

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